表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想戦線異状ナシ  作者: シュトルム3
10/17

熊と戦車と最前線

    

 メルターギの西には、起伏のなだらかな草原地帯が広がっている。

 小さな森が幾つか点在している他は、障害物となりそうなものは何もない。

 その草原の只中にある周りよりも若干高い丘の木立に、数両の戦車と装甲車が潜んでいた。

 

 「クソったれの情勢だな。」


 その中の一両、大型のアンテナを備えた指揮戦車上に一人の獣人の姿があった。

 第一○七装甲師団装甲連隊長、フランツ・ベーア中佐。

 機甲科特有の黒い制服、頭に略帽と無線の受信機を付けたその姿は、灰色熊の獣人としてはかなり小柄だ。

 部下の殆どを占めるゴブリン族と変わらぬ体格の為に侮られることも多いが、見た目とは裏腹に幾つもの激戦を経験している叩き上げの指揮官である。

 部下から"気難し屋"とあだ名されている彼は、戦車のハッチから身を乗り出し、その名の通りに眉間に皺を寄せて双眼鏡越しに広がる光景を睨んでいた。

 無数の戦車や装甲車。

 その全てに遠目で分かる程に派手な白い帯状の紋様が描かれている。

 王国聖教会直属、精鋭として名高い「イレーネ聖女旅団」の部隊章である。

 北部の防衛線を突破した王国軍は、勢いそのままにメルターギを包囲するつもりらしい。

 現状、戦況は連邦軍にとって極めて不利に進んでいた。

 主戦線は大きく押し込まれ、メルターギのみ突出した状態となっている。

 後方との連絡線は幅数キロの回廊のみ。

 それを分かっているからこそ、敵は無茶な突破を試みているのだろう。

 既に何両かの敵戦車が味方の歩兵部隊の守る塹壕線へと突入している。

 陣地前面には三〜四両程の敵戦車がスクラップとなり、巧みに配置された機関銃がキルゾーンを作り無数の敵兵が骸を晒している。しかし、敵との圧倒的な戦力差は変わらず、徐々に敵兵が味方陣地へと浸透しているのが見えた。


 『……方…敵戦車………二十…!』 


 中佐の耳に着けた受信機から、ノイズ混じりの報告が届く。

 彼に迷っている時間は無かった。

 指揮下にあるのは二個中隊の中戦車の他は僅かばかりの擲弾兵と自走砲のみ、敵は少なくとも一個大隊、戦車四十両を基幹とする大部隊である。


 「…丘の影を進み、敵戦車群を側面より攻撃、戦車隊はそのまま突入、他は側面警戒せよ…」


 角張った車体に付けられた追加装甲がエンジンの振動で震える音を聞きながら、ベーア中佐は淡々と指令を下す。

 改修を施したとはいえ、こちらの旧式戦車では攻撃、防御共に敵戦車には劣る。しかし、この程度の戦力差であれば技量で埋めることができる。中佐は自らの部下達を信頼していた。

 勝ったと思い込んでいる連中に地獄を見せてやるのだ。


 「全車両、前進せよ!」




 

 ガン、という鈍い音を響かせ、目前に迫った敵戦車の前面下部に徹甲弾が突き刺さる。

 被弾した戦車はそれでも陣地への突入を試みるが、やがて黒煙を吹き出しながらつんのめる様に停止した。

 命中、撃破、と喜ぶ間もなくすぐさま次の車両が戦塵をかき分け前進してくる。


 「次弾装填!」 


 対戦車砲を指揮するオーク族の伍長が、照準器を覗きつつ、辺りに響く砲撃音に負けじと声を張り上げる。

 彼らの班は満身創痍であった。

 近接戦闘に対応する為、二重構造に造られた防盾は既に無数の弾片と機銃痕によってボロボロになっている。

 あちこちに血痕のある壕内部と背後に積まれた薬莢の山、そして人員は砲手と装填手の最低限しかいないという事実が、二人の置かれた苦境を表していた。

 前面には五両の戦車が擱座しているが、敵の攻撃が衰える様子はない。

 悪態をつきながら、同じくオークである装填手が素早く鎖栓式の閉鎖機を操作する。


 「クソっ!」


 ガチリと嫌な音が響く。

 閉鎖機を開放しても排莢されない。薬莢が焼き付いたのだ。

 ハンマーを、と叫ぶ装填手。しかし敵戦車はもはや目の前であった。

 

 「駄目だ…間に合わん…!」


 閉鎖機を何とかしようと格闘している装填手の襟首を引っ掴み、砲の脇にある退避壕へと飛び込む。

 鉄条網が履帯に絡みついたまま、仲間を屠った憎き対戦車砲を踏み潰そうとする敵戦車。金属が擦れ合い、鉄を捩じ切るような不協和音が辺り一面に響き渡る。

 伍長は装填手を壕の奥に押しやると、近接攻撃用に準備されていた集束手榴弾を手に取る。

 ここまで来てはどうせ助かるまい、どうせ死ぬなら道連れだ、と手榴弾を構えた伍長の目にあるものが飛び込んできた。

 対戦車砲弾の弾薬箱。

 幾つかは空になっているが、まだ数発分は残っている。大型種族用の砲弾の為に、下手な野砲弾より炸薬、装薬量が多い。誘爆させれば撃破出来る筈だ。

 敵戦車はこちらに気がついたようで、砲塔をゆっくりと伍長の方へと向けていた。 

 発火用の紐を手首に巻きつけ、オーク族特有の雄叫びと共に手榴弾が投擲される。

 集束手榴弾が狙い通りの位置に落下するのと、敵戦車の同軸機銃の発砲は殆ど同時であった。

 




 陣地内部へ突入した戦車が誘爆によって吹き飛んだ時、既にベーア中佐率いる部隊は敵側面へと喰らいついていた。

 放たれる砲弾が次々に敵戦車へと命中していく。


 『敵…五両撃破……三両擱座…』


 「まるで演習場だ…敵サン、陣地突破に必死でまだ気づいていないようだな。」


 性能に優れる敵戦車にも、ある弱点があった。

 車長が砲手を兼任している為、連邦の戦車と比べて指揮統率に問題があるのだ。

 奇襲攻撃が成功した時点で、こちらの勝利は確定といえた。

 さすがに数両の敵戦車は反転して迎え撃とうとしていたが、鉄条網と障害物だらけの陣地前面では思うように機動出来ずに撃破されていく。

 この光景に戦意を取り戻した歩兵達も、陣地から火炎瓶や手榴弾を果敢に投げて反撃を始めていた。

 勿論、こちらも無傷とはいかない。

 射撃に夢中となり、擱座した敵からの攻撃で被弾する戦車。煙を上げるハッチから負傷した兵が這い出している。戦場は敵味方の撃破された車両の黒煙で満ちていた。

 それでも全体的な優勢は変わらず、何とか撃退出来そうだと中佐が判断した、その時だった。


 『…敵戦車部隊…接近中…多数……』


 側面警戒の装甲車から警報が届く。

 恐らく戦線突破後の為の第二梯団だろうが、痺れを切らした敵が投入したようだ。

 右手の丘の稜線上には、既に数両の敵戦車が姿を表している。周囲には味方自走砲からの砲撃が炸裂しているが、敵の勢いを削ぐには至っていない。

 陣地前面の敵はあらかた片付いた。挟み打ちの危険があるが、残りは歩兵に任せよう。


 「反転し、新たな敵部隊を迎撃せよ…第二中隊は…」


 中佐の指示は、途中で辺りに突然響き渡った轟音によって遮られる。

 風を鋭く切り裂くような飛翔音と共に、今まさに敵戦車群が下っていた丘の中腹で爆発が起こった。

 先頭の戦車四両は瞬時に消し飛び、後方の数両も衝撃で横転、もしくは空中高く放り投げられている。

 突然の攻撃。

 予期せぬ出来事に混乱する敵部隊だったが、何が起こったのか理解していないのはこちらも同様だった。


 「味方の野戦重砲か…?いや、そんな贅沢なモンは…」

 

 困惑するベーア中佐の耳に独特な重低音が聞こえてきた。

 聞き覚えのあるその音が上から響いていることに気づき、空を見上げた中佐はニヤリと口元を歪ませる。

 彼がこの部隊と共にこの地に着任したとき、護衛で飛んでいた艦。空飛ぶ骨董品などと呼ばれていた旧式の軍艦は、戦塵漂う地上を睥睨するように、悠然と上空を漂っていた。

 装甲艦グライフ! 

 

 「野郎共、戦艦だ!味方の飛行戦艦が来てくれたぞ!」


 各所で歓声が上がる。

 彼は部下を鼓舞する為に"戦艦"と呼んだ。ピンチの時に登場する味方は、実際の戦力よりも兵達の精神に大きく作用する。

 味方にとってはこれ以上ない援軍として、敵にとっては戦闘を放棄するほどの衝撃として。

 まさに福音であった。前線へと目を向けると、敵はこのような攻撃は予想していなかったのであろう、反撃の砲火もそこそこに恐慌状態となり、我先にと退却していた。

 後退の混乱で密集した敵兵の中心に、飛行戦艦の副砲と自走砲、戦車からの砲撃が集中する。

 着弾地点はまるで地獄の釜の様に沸き立っていた。


 「明日は分からんが、どうやら今日は勝ったようだな。」


 部下に追撃を指示しつつ、ベーア中佐はほっと胸を撫で下ろす。

 こうして、メルターギの細い命綱は何とか死守されたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ