プロローグ
プロローグ
数千万年前、表面積の八割を海で満たされた惑星があった。
その唯一の超大陸の地上に、複数の知的種族が誕生した。
"複数"と表現すると、やや語弊があるかも知れない。
厳密には遺伝子的に同じ系統であり、進化の過程で外見・能力的に差異が生じていたとはいえ、分類上は同一種族である。
生物としての知性を獲得するまでの長い、長い道程に比べれば、彼らの"種族的差異"が発生し、発達した期間はほんの一瞬であった、とも言えるだろう。
彼らにとっての最初の不幸は、生息圏に大きな偏りがあった、ということである。
大陸西部で特に栄華を極めたのは、森人…俗に"エルフ"とも呼ばれる、長命長寿の穏やかな種族であった。
彼らは、魔法―――"魔力"と呼ばれる物質を触媒として、現実に何かしらの物理的影響を発生させる技術―――に長け、オークやゴブリン、リザードマンといった他の種族に対して圧倒的に優位であった。しかし、争いを好まない彼らは他種族を力で支配するという選択肢を持ち合わせておらず(勿論、利害の不一致による小規模な衝突は多少あったが)、多くの種族はエルフ族との共存を望み、やがてエルフ族を指導者とする都市国家群…"帝国"として統一された。
繁栄を極めた帝国は、やがて内陸へと視線を向けた。大陸中央部に広がる巨大な内海の更に果てには、古代種族達が築いた黄金の都がある…。
古代より伝わる神話伝承は、統一を果たした国家にとって、領土拡張という野心と、本能的な好奇心を満たす絶好の獲物であった。未知の荒野はもはや恐怖の対象足り得ず、多くの資源が眠る宝の山に見えたのである。
「東へ!更に東へ!」
力を持て余した戦士や、儲けの匂いを嗅ぎ付けた商人、情熱と探求心に溢れた探検家達が黄金郷の伝説を追って大陸の奥地深くへと活動範囲を拡げていった。
数十年後、大陸中央海の東岸に広がる深い森の中に開拓地が作られ始めた頃、それは起こった。
最初は単なる噂であった。
エルフに似た種族の一団を見た、森の先の平原に何条かの煙が上がっていた、挙げ句、鎧姿の幾人かに追いかけられた、という報告まで上がり始めた。
"高度に発達した文明がある"
そう確信した帝国上層部は、新たな種族との出会いに期待を寄せて、捜索と使者を兼ねた幾つかの部隊を送ったが……誰一人として帰って来なかった。
西方と同時期に、大陸東方でも知的生命体が誕生していた。外観こそエルフによく似ていたが、その性質は正反対であり、繁殖力に優れ、短命で、そして非常に好戦的であった。
西方と異なり、資源や魔力に乏しく、痩せた土地が大部分を占める東方では、食糧をめぐる争いは常態化していた。幾度もの勢力が戦争と内乱を繰り返していくうちに、無数にあった小国はだんだんと淘汰されていき、最後にはそれらを武力で纏めた強権的な統一国家…"王国"が成立したのである。
王国にとって、西方とは薄暗い森の広がる辺境であった。森の先には内海が広がり、軍事的な脅威と言えば魔物ぐらい。
豊富にある森林資源の産出地という他は、対して特筆することもない土地であった。
そこに魔物とも違う、知性を持ったなにかが居るということに気付いた時、王国は折悪く東部の沿岸諸国と戦争中であり、軍の大部分をそちらに差し向けていた。
未知の勢力が後背に、しかも既に橋頭堡が幾つか造られているらしいという報告は、指導部にとって悪夢であった。
彼らは、その者達と友好関係を結べるなどとは微塵も考えなかった。
両勢力の初の接触は悲惨であった。帝国側の使者は切り捨てられ、自警団しか持たない開拓地は全て王国の騎士団によって焼き払われた。薪作りや狩り、地図作成などの為居住地を離れていた一握りの幸運な者達の他は生き残りは居らず、王国は勝利を盛んに喧伝した。
後に"オストエンデの虐殺"として、帝国国民に深く消えない傷を残したこの事件が、両勢力最初の接触であった。
以降の両勢力の歴史は、即ち戦史となった。帝国では"祖国防衛戦"、王国では"西方大征伐"と呼ばれる戦争が二百年以上に渡って続き、そして始まりと同様に突然終結した。帝国の最高権力者である皇帝(王国側からは魔王と呼ばれた)が、城に潜入してきた暗殺者によって討ち取られてしまったのである。指導者である皇帝が倒された衝撃は大きく、ほどなくして戦争は終結、講和会議が開かれた。講和内容は帝国の解体と、それによってできる国家群の合併禁止、旧帝国資産を賠償金替わりに接収、その代わり各国家は自治権が認められるというものであった。こうして大陸全土は一世紀ぶりに平和な時代が訪れたのである。
というのは遠い遠い過去のお話。
帝国解体後、暫くは平穏な時が流れたが、長くは続かなかった。
名ばかりの自治権と王国の圧政、魔族やエルフの人身売買、希少資源たる魔鉱石の買い占めと、それによる金流入からの経済破綻によって、旧帝国領は荒廃の一途を辿っていた。やがて各地で蜂起が始まり、鎮圧に失敗した王国騎士団は撤退、そして帝国解体から僅か10年後には旧帝国首都を中心とする"連邦"として一つにまとまり、王国に宣戦布告したのである。
それから約五百年…。
だらだらと続く戦争は終息の気配を全く見せず、両陣営ともただ徒に膨大な戦死者を戦場に積み上げるだけであった。しかし、それと引き換えに著しい科学技術の発達と技術革新を手に入れ、革新的な兵器が幾つも開発された。もはや術者の身体と精神に負担をかける攻撃魔法は無用の長物となり、歩兵の主装備は槍や剣、弓矢から小銃に、魔装騎兵は戦車や装甲車に、飛竜騎兵は戦闘機に、戦列艦は戦艦へと進化し、戦場を更に無慈悲に、救いようのないものへと変化させていった。
これは、そんな時代の、そんな世界の物語。