私は今日も、幸せです。
「おめでとうございます!セイラ様!」
「おめでとうジュリアン!」
「ありがとう、みんな」
どこまでも続く、雲一つない青空の下、
色とりどりのフラワーシャワーと、
沢山の祝福と笑顔が私達2人を取り囲む。
私とジュリアンは、
今日、結婚式を迎えた。
記憶を失ったあの日から、毎日のようにジュリアンは私の側にいてくれて、毎日顔を真っ赤にして、時折しくじって言葉を噛みながらも、私への愛を伝えてくれた。
そんな一生懸命な彼を、
愛さないなんて無理でしょう。
可愛い彼を、私もいつのまにか同じ熱量で愛するようになった。そうして一つずつ、ジュリアンと想いを重ね合わせて、
──ある日彼にプロポーズされたの。
『学園卒業と同時に俺と結婚して欲しい』
『え?卒業?もう3か月後だけど?』
『急なのはわかってる。でもセイラを誰にも取られたくないんだ!子供の頃からずっとセイラの事が好きだった。もう少ししたら告白しようなんて悠長に構えてたらセイラはマシュー殿下と婚約してしまって、それから10年もセイラを取られた!もうあんな思いしたくないんだ』
『ジュリアン・・・』
挙句に私は、記憶喪失になって貴方を忘れてしまったものね。未だ失った記憶は戻っていないし、きっと、貴方をすごく傷つけたのでしょうね。
『たくさん・・・セイラに縁談の話が来てるのも知ってるんだ。だからお願いだよセイラ。俺を選んで。誰よりも幸せにするから。死ぬまで大事にするから。お願い、俺と結婚して。俺はセイラじゃなきゃダメなんだ。ずっとセイラの事だけを愛してるんだ』
私を誰にも取られたくないと、泣き縋るように私を抱きしめる彼が愛しくてたまらない。ムードも何もないけど、強く私を抱きしめる逞しい腕から沢山の愛情を感じる。
『ジュリアンは私がいないと生きていけないのね』
『ああ。そうだ』
『仕方のない人。わかったわ。一生、死ぬまで側にいてあげる』
『本当に!?』
『ええ。だって私もジュリアンを愛してるもの。だから私と結婚して?ジュリー』
初めて彼を愛称で呼んでみた。
そしたら彼は滂沱の涙を流して『記憶が戻ったのか!?』なんて聞かれたけど、何のことか分からなかった。
『だってそれ・・・セイラがマシュー殿下と婚約するまで、ずっとセイラが呼んでくれてた俺の愛称』
『そうなの!?ごめんなさい。全然思い出せない』
『いいんだ。これから沢山呼んでくれるなら』
『ええ。これからずっと呼び続けるわ。大好きよジュリー』
『俺も。愛してる』
彼のプロポーズを受けた事を両親に報告したら、
涙を流して喜んでくれた。
母がジュリアンに『10年以上拗らせた初恋が実って良かったわね!流石ミレイの息子だわっ』と背中をバンバン叩いていて、母が子供の頃からの彼の想いに気づいていた事に驚いた。
母曰く、子供の頃のジュリアンは誰が見ても私を好きな事がバレバレだったらしい。
物心ついた頃から私への独占欲を露わにしていて、ミレイ様が『息子がヤンデレになったらどうしよう』と当時心配していたのだとか。
でもマシュー殿下との婚約話が王家との間で立ち上がり、とりあえず未定のまま顔合わせで相性を見ましょう。と結論を出さず濁していたら、私が殿下に一目惚れをしてしまってジュリアンの失恋が決定したのだとか。
当時のジュリアンの憔悴ぶりは痛ましかったらしい。
殿下とのエピソードは未だに何も思い出せないけど、子供の頃からジュリアンを傷つけていたのだと思うと胸が苦しくなった。
そしたらジュリアンが私の手を握って、
『昔の事はいいんだ。今はこうして、セイラが俺に振り向いてくれた。そしてセイラと結婚できるんだ。俺今すごい幸せだよ』
そう言って本当に幸せそうに笑うから、だから私は、死ぬまで彼の側にいて、幸せにしてあげようと誓ったの。
貴方を愛しているから──。
***************
お互いの吐息が、部屋に溶けていく。
結婚式の夜、ジュリアンの激しい愛情をこの身に受けた。
もう夜空が白み始めたというのに、夫になったばかりの彼は未だに私を解放してくれない。
初めて一つになった時なんかは、彼は感極まったらしく泣き出した。
「セイラ…俺のセイラ…、やっと俺のになった、やっと…っ」
私を想い続けてくれたという彼の長すぎる時間を思うと、切なくなる。
それからずっと、「好きだ」「愛してる」と繰り返し囁きながら、日付けが変わっても彼は私を抱き続けた。
初夜なのよ?私初めてだったのよ?
手加減なしに全力で愛をぶつけてくる彼に私はもう疲労困憊で、流石にちょっと愛が重くないかしら?
でも、彼が涙目で、しかも上目遣いでお願いされると、私は弱くて許してしまう。
結局私も、彼に溺れているのだ。
結婚式から5年。
私は初夜から続いた1週間の彼との蜜月で子供を授かり、翌年には彼によく似た長男を出産。
その2年後に私とそっくりの娘を産んで、そして今、3人目がお腹の中にいる。
結婚後ジュリアンは公爵家に婿入りし、私が公爵位を継いで2人で領地改革に努め、無事発展を遂げている。
お父様とお母様は引退後も離れに住んで、子育てや領地運営の補佐をしてくれている。
元婚約者のマシュー殿下は、実はジュリアンとの結婚前に一度だけ復縁を迫られた。
今までの事を泣いて謝罪され、懇願されたけれど、私が殿下を愛していた時の記憶は戻ってないから謝られても困るのよね。覚えてないんだもの。
この頃には記憶を失った原因が、ケガではなく私の意志で毒を飲んだのだと、記憶をなくす前の私が書いた手紙で知っていたのだけど、やっぱりどこか他人事で。
もうあの時の私ではないから殿下の気持ちには応えられない。
───それに私は、
ジュリアンの愛を知ってしまったから。
ジュリアンならきっと、私以外の女性に触れたりしない。そういう愛があるって知ってしまったから。
だから殿下にいくら愛してると言われても、
まったく響かないのよね。
だって浮気しちゃってるんだもの。
そういう線を越えちゃう人です。って自分で証明しちゃってるんですもの。
だからはっきりとお断りしたの。
ジュリアンを愛してるからって。
殿下の元を去った後、不安そうに涙目で私を待っていたジュリアンを抱きしめて「愛してるわ」と告げると、「俺も愛してる」と涙を流しながら私を抱きしめ返した。
ジュリアンは本当に、私の事となるとすぐ泣くのよ。最近は娘にちょっと冷たくされただけでも泣いてるけど。
そして復縁を断った後のマシュー殿下は、私達の結婚後すぐに王太子の地位を返上して第二王子に譲り、他国の王女と結婚して国を出た。
風の噂だと先日初めての子供が産まれたと聞いた。
彼とは未来が交わらなかったけど、何も恨んではいない。裏切られた記憶はないし。
だから私の事は忘れて、どうか愛する人達と幸せに暮らして欲しい。
ただただ、彼の幸せを願うだけ。
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「セイラ」
大好きな旦那様が後ろから私をそっと抱きしめる。
「庭にいたんだね。視察から帰ったらいないから邸中探してしまったよ」
「まあ、また私の名を叫びながら邸中を走り回ったんじゃないでしょうね?」
「・・・・・・・・・」
「まったく、仕方のない人ね。どうせ子供達にも呆れられたんでしょう」
「うっ・・・、だってセイラの姿が見えないと不安になってしま──」
ジュリアンの言葉を遮り、彼に口付けを贈る。
不安になどならなくていいのよ。
私はもう、頼まれたって貴方から離れる気はないのだから。
「愛してるわ。ジュリー。一生、死ぬまで大好きよ。私の愛も重たいの。そろそろ愛されてるって自覚してね」
私が愛を告げると、結婚してもう5年も経つというのに、ジュリアンは耳まで顔を真っ赤にして私の肩に顔を埋める。
「幸せすぎて死にそう」
「ダメよ死んだら。子供にも私にも会えないわよ」
「それはイヤ。絶対死なない」
そして今日も私は、
この可愛い人を抱きしめるの。
「あー!父上ズルい!」
「おとーちゃま、ズリゅい!」
後ろから子供達も私に抱っこをねだり、こちらに駆けてくる。
私は今日も、幸せです。