失った愛 side マシュー
学園に行く前に父上に呼び出され、
信じられない事を聞いた。
「お前とセイラの婚約は解消された。来月から妃候補の令嬢達と見合いをさせるからその中から好きな女を選べ」
───────は?
僕は父上の言葉に目を見開いたまま言葉を紡げなかった。
「ああ、それから今お前がのぼせ上がっている男爵令嬢は許さんぞ。側に置きたいなら妾にしろ。それも次の婚約者が許した場合のみとする」
「!?」
マリアの存在を知られている!?
もしかして婚約解消の話はそのせいか?
「ちょっ、ちょっと待って下さい父上!僕は婚約解消の話なんて知りません!了承もしていない!僕の妃になるのはセイラだけです!マリアの事は学生のうちだけの期間限定で・・・っ」
「黙りなさい。愚か者が」
地を這うような声が僕に向けられ、恐怖でヒュッと喉が鳴った。
声の方に視線を向けると、いつも優しかった母上が、まるで虫ケラを見るような目で僕を見ていた。
なんでそんな・・・
どうして・・・?
「だって・・・、だってセイラは了承してくれたんです!卒業までなら、マリアを愛していいって・・・」
「そのセイラが、卒業までと言わず、永遠にマリアを愛していいと許可を出していますよ。良かったわね。健気な事に、あなたの幸せの為に身を引くそうです」
セイラが身を引く!?
「どうしてっ、そんな!」
「当たり前ではなくて?私でも今の貴方と結婚するなんてまっぴらゴメンです。まだ結婚もしていないのに、面と向かって他の女と恋をするのを許せといい、公然と他の女を側に置き、昼間から他の女と情事に耽る男と結婚したい女なんかいるもんですか」
「なぜそれを・・・っ、まさかセイラが?」
「はあ・・・本当に愚かね。勉強が出来ても馬鹿だって事がよく分かったわ。セイラが私達にそんな事言うわけないでしょう?貴方は王太子なのよ。いつ危険が及んでもすぐに守れるように影が常についてるの。貴方の学園での振る舞いなど、セイラよりも影と私達の方が詳しいわ」
影が・・・!?
じゃあ・・・僕が学園に入学してからのマリアとの逢瀬を、父上達は全て知っているという事か?
冷や汗が背中を流れる。
「学園内での事は王家はなるべく立ち入らないことになっている。それは王族として次代を担う貴族の令息令嬢達を導く力を養う為だ。学園内の秩序を正せない者が、王として国を導けるわけがないからな」
「まさか貴方が先陣を切って秩序と風紀を乱すとはね。ずっと目が覚めるのを待っていたけど、私達もダメな親ね。対応をずるずる引き伸ばして、セイラの気持ちに甘えて、追い詰めてしまったわ・・・っ」
「お前が了承しようがしてなかろうが、セイラとの婚約解消は覆らない。これは王である私と公爵で決めた事だ。破棄にならなかっただけでも有難いと思え!馬鹿者が!」
「嫌です!僕はセイラと結婚する!10年間その為に2人で頑張ってきたんだ!」
「それを裏切って台無しにしたのがお前なのよ!ふざけた事を言わないで!」
「セイラともう一度話をします!本人達だけでもう一度話をさせて下さいっ。セイラならきっと分かってくれる」
「無理だ」
父上が冷めた目で僕を捉える。
瞳の奥に今まで向けられた事のない軽蔑と怒りの色が見えた。──父上が本気で怒っている。
「セイラは毒を飲んで死んだ」
「────え・・・?」
───死んだ・・・?
───誰が?
「正確には命に別状はない。だがこの10年王家で過ごしたセイラは死んでいなくなった。マシューの事も、私や王妃の事も、お前の側近達の事も、妃教育の事も、お前に関する全ての記憶を毒で消した。もう、セイラはお前を、私達の事を覚えていない」
「可哀想に・・・っ、あの子は本当に、この10年お前の事を愛していたのに・・・、何故何も悪くないあの子をズタズタに傷つけたの!王太子が色事に我を忘れるなど、恥を知りなさい!」
いつも何に対しても動じない母上が、ここまで声を荒げている所を初めて見た。嗚咽を零して涙を流し、僕を憎々しげに見ている。
セイラが、毒を飲んだ・・・?
毒で・・・僕の事を忘れた?
──────どうしてそんな事。
「貴方のせいよ。セイラが毒を飲んだ日、入学式の進行についての打ち合わせの為に、あの子は貴方に会いに王族専用のサロンに向かったそうよ」
王族専用サロンにセイラが・・・。
僕に会いに──。
その時僕は何をしていた?
「・・・・・・・・・っ!!」
体が震えて血の気が引く。
指先からどんどん体温が奪われて、
感覚が無くなる。
冷や汗が止まらない。
その時何をしていたかなんて、思い返さなくてもすぐに分かる。
だって毎日同じ事をしていたんだ。
僕は毎日あのサロンで、
マリアを抱いていた────。
「うあああああああああああっっ!!」
アレを見られたのか?
だからセイラは毒を飲んだのか?
僕を記憶から消したくなるほどに、
彼女を傷つけたのか。
「もうセイラの事は忘れろ」
──セイラを忘れる?
──僕が?
無理だ。
「学園まで送っていけ」
床に蹲って泣きじゃくる僕を、父上が護衛に命じて退出させる。
部屋を出る直前、
「それからジュリアンは昨日付けでお前の側近から外れた。惜しい者を手放したな。あの者だけはお前に正しい道を説いていたというのに」
父上の声が聞こえた。
ジュリアン───。
ずっとマリアを側に置くのを反対していた。
セイラを大事にしろとマリアの前で何度も咎めてきた。
だから、配置を変えて遠ざけたんだ。
マリアとの時間を邪魔されたくなかったから。
ああ、そうだ。
何で今まで忘れていたんだろう。
アイツはずっとセイラの事が好きだったじゃないか。僕よりもずっと前からセイラの事を──。
嫌だよセイラ。
僕以外の男のモノにならないで。