彼女の中から僕が消えた side マシュー
僕には、7歳の時からの婚約者がいる。
初めて彼女を見たのは年の近い貴族の子供を集めたお茶会で、側近候補のジュリアンと一緒にいるセイラを見て、体が硬直した。
ジュリアンの隣で、ビュッフェメニューのケーキを食べながら幸せそうに笑うセイラを見て、僕は彼女に一目惚れしたんだ。
そのお茶会の後すぐに、王である父上にセイラを婚約者にしたいとお願いした。
だって僕はすぐにわかったんだ。
ジュリアンもセイラの事が好きだって。
あまり笑わないジュリアンが、セイラを見て優しい顔で笑っていた。
5才くらいから彼と一緒にいるけど、そんな笑顔一度も見たことない。
だから、ジュリアンに取られる前にセイラを僕の婚約者にした。
婚約者になったセイラはやっぱりとても可愛くて、
僕が好きだと言うと、いつも顔を真っ赤にして「私もです」って言うんだ。
それがまた可愛くて、嬉しくて、抱きしめちゃったりして。
母上に「貴方達にはまだ早いです」ってよく引き離された。
それくらい、大好きだったんだ。
でも妃教育が始まって、僕も王太子教育が始まって、お互い忙しくなってセイラと会う時間が減ってしまった。
あまりの指導の厳しさに、最初の頃は泣いてるセイラを慰めたりして、お互い支え合って勉強を頑張っていたけど、いつしかセイラは教師達に絶賛されるほどの令嬢になっていた。
彼女が死に物狂いで努力していたのは知っている。
僕の隣に立つのに恥ずかしくない自分になりたいと、セイラが貴族令嬢の仮面ではない、心からの笑顔でそう言ってくれたから、僕も彼女に相応しい男でありたいと、努力しつづけたんだ。
そうやって、10年の時を一緒に過ごして、僕はそれが当たり前になってしまったんだろう。
君が隣にいることに慣れ過ぎて、君の大切さを見失ってしまったんだ。
いつも隣で僕に愛を伝えてくれるから、それが当たり前で、永遠に変わらないと思っていた。
それがどんなに傲慢か気づきもしないで、僕は新しい刺激に夢中になった。
学園の入学式で出会った男爵令嬢に、僕は惹かれてしまった。
セイラとは違う、人懐っこい笑顔にくるくる変わるその表情。貴族特有の腹芸など一切なくて、素直に自分の感情を、言葉でも態度でも相手に伝える。
そんな純粋なマリアが可愛くて可愛くて、僕は好きになってしまった。
セイラを嫌いになったわけじゃない。
ただ僕が、マリアに2度目の恋をしてしまっただけだ。
セイラと婚約解消するつもりなんてなかった。
僕の希望で叶った婚約だったけど、王家と公爵家の政略的な意味も持っているから親も反対しなかった。
セイラと結婚する事は僕の中では決定事項だ。
ただ、卒業したらもうマリアと会えないと思うと、とても辛かった。
期間限定の恋。
マリアも自分の立場を理解していて、卒業の日まででいいから僕の側にいたいと言ってくれた。
その時の顔がとても切なくて、
可哀そうで、堪らなくなって、
だからセイラにお願いしたんだ。
卒業の日まで、マリアと恋する事を許してほしいと。卒業したらセイラと絶対に結婚するからと。
セイラは困ったように笑って、ただ一言。
「承知しました」
──と、小さく呟いた。
それから僕は箍が外れたようにマリアと2人で過ごした。想い合っている男女が2人で会えば、どうしたって体に触れたくなる。
マリアと一線を越えるのに、そんなに時間はかからなかった。
ただそれを、
セイラに聞かれるなんて夢にも思わず。
本当に、卒業の日までで良かったんだ。
卒業したら忘れるつもりだったんだ。
セイラと結婚して、後の王と、王妃として、
国を支えていく覚悟はできていたのに。
それなのに、
───セイラは毒を飲んだ。
そして、
彼女の中から僕が消えた。