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11/11

コミカライズ記念SS『かけがえのない宝物』

結婚式直前のお話です。

10/4(金)からコミックシーモア、めちゃコミックにてコミカライズが先行配信されます。明日はムーンライトの方でも番外編を投稿予定ですので、大人の方だけそちらもどうぞ(^^)



「改まって女同士で話し合いたいって言われたけど、なんの話かしら」



私は今、ジュリアンの実家であるネイビス侯爵家へと馬車を走らせている。


侯爵家の次男であるジュリアンとの婚約が決まり、間近に迫る結婚式の準備に追われている頃、義母になる予定のネイビス侯爵夫人──ミレイ様からお茶会の誘いを受けた。


彼女は私の母の親友で、幼い頃から娘同然に可愛がってもらっていたらしい。


でも覚えていないのでどういう立ち位置で接していいのか掴めないでいる。ミレイ様も私が記憶を失くしていることは知っているらしく、何も気にしないでいいとジュリアンは言っていたけど……


それでも、二人だけで会うのは今回が初めてなので少し緊張していた。


(ミレイ様に限って嫁いびりはないだろうけど……)


ちなみに今日のジュリアンは人脈作りのために侯爵と一緒に紳士クラブに顔を出しているため、留守にしている。


そこで私の父とも合流して、バーンズ公爵家の婿として紹介されるそうだ。


高位貴族では初めての女公爵となる私を支えるため、敵情視察に行ってくると不適な笑みを浮かべていたジュリアン。


(ちょっとかっこいいとか思ってしまったじゃない)


父もそんな腹黒ジュリアンを気に入ったようで、「では当日私のブラックリストに載っている奴らを教えてやろう」と悪役顔負けの笑顔を浮かべていた。



そんなことを考えているうちに邸に到着し、馬車を降りる。



(ここがネイビス侯爵邸……)


バーンズ公爵家と引けを取らない立派な邸だ。


マシュー殿下の婚約者に選ばれるまでは、何度も訪れていたらしい。でもやっぱり何も思い出せない。魔女の毒で記憶を消したのだから、ただの記憶喪失ではないとわかっているのに、思い出せないことに気持ちが沈んでしまう。


(今の私にとっては、初めて訪れる場所だわ……)



失くした記憶は仕方ないと割り切っていても、時折こうして胸がチクリと痛むのは、ジュリアンとの思い出が恋しいからなのだろう。


(マシュー殿下の記憶はなくてもいいけど、ジュリーのことは覚えていたかったわ……)


小さく息を吐いて足を踏み出すと、ふいに玄関が開き、ネイビス侯爵夫人が姿を現した。


「セイラちゃん! 待ってたわ。よく来たわね!」


「今日はお招きいただきありがとうございます」


「もうっ、そんな堅苦しい挨拶はなしなし! やっとセイラちゃんが娘になってくれるんだもの。私のことは今まで通りミレイと呼んでちょうだい」


「わかりました、ミレイ様」


いつも明るく朗らかなミレイ様に、先程まで抱えていた緊張感がほぐれ、クスクスと笑みが溢れてしまう。


「さあさ、庭にお茶を用意しているからそちらへ向かいましょう」



案内された先は、見事な庭園が広がっていた。


彼女はガーデニングが趣味らしく、自分の花壇を持っていて、好きな花を育てているらしい。


「今、薔薇の品種改良に挑戦していてね、グラデーションの薔薇を育てているの」


「まあ! もしかしてこのピンクと白の薔薇がそうなんですか? 先程からとても珍しい花びらで気になっていたのです」



お茶がセッティングされているテーブルの中央には、ピンクと白のグラデーションの薔薇が綺麗に生けられている。


「そうなの! 最近やっと成功したのよ。でもまだ生産が安定していないから、今はその問題を解消するのが当面の課題かしら。庭師とあーでもない、こーでもないと議論していると時間を忘れちゃってね。旦那様と息子たちに呆れられてるわ。一日中、土いじりしてスカートの裾を汚している侯爵夫人は私くらいだって。失礼しちゃうわよね」


「ふふっ、趣味に没頭できるのは良いことですわ。それにこの薔薇、もし市場に出回れば女性にとても好まれると思うのです。侯爵家の新たな事業になるのではないでしょうか? ぜひ私たちの結婚式の髪飾りとブーケに使いたいほど素敵ですわ。」


「まあ!それは素敵ね!ぜひ使ってちょうだい!極上の薔薇を用意するわ!」


それからも会話がはずみ、心地よい日差しの中で和やかにお茶を飲んでいると、彼女がふいに、庭園を眺めながら語り出す。


その横顔は、懐かしむような優しい表情だった。


「子供の頃ね、よくこの庭でジュリアンと貴女は遊んでいたのよ。一度は離れ離れになってしまった二人が、またこうして一緒になって結婚できるなんて、こんなに嬉しいことはないわ。今のジュリアンはとても幸せそうだもの。あの子を受け入れてくれてありがとうね、セイラちゃん」


「ミレイ様……」


目に薄っすら涙を浮かべて礼を言う彼女に、私まで胸が詰まってしまう。


そして、ジュリアンと過ごしたという華々しい庭園を眺めた。でも、やっぱり何も思い出せない。



「ここで私とジュリアンは、どうやって過ごしていたんですか?」


「そうね。追いかけっこやかくれんぼをしたり、花冠を作ったり、その手前の木の下で二人で本を読んだり、いつも楽しそうだったわ」


「……そうですか」


懐かしそうに話す彼女とは反対に、私の気持ちは沈んでいく。


「──ねえ、セイラちゃん。私ね、今日は貴女にプレゼントしたいものがあって呼んだのよ。だから受け取ってくれるかしら?」







◇◇◇


「これは……すごいですね。美術館みたい」


「ふふっ、私、絵画も好きでね。画商から買ったり、画家を呼んで家族の絵を定期的に描いてもらってるのよ」



ミレイ様に通された部屋の壁一面には、いろいろ絵画が飾られている。その中にはネイビス家の肖像画もあった。


「これはお孫さんの肖像画ですか?」


目の前には一歳くらいの双子の赤ちゃんの絵がある。


「そうよ。ダニエルの子供たち。領地にいるから、なかなか会えないでしょう? だから社交であの子たちが王都に来た時に描いてもらったの」


ダニエルはネイビス侯爵家の嫡男で、今はネイビス領で領主の仕事をしている。もうすぐ結婚式に参加するために王都に来てくれる予定だ。



そのまま絵を鑑賞していると、今より少し幼い、制服姿のジュリアンの肖像画があった。


「これはジュリアンの入学した時の絵ね。仏頂面してるでしょう? これくらいの年になると恥ずかしいのか、全然描かせてくれなくってね。入学記念だから!って説き伏せるの大変だったのよ〜。最終的に旦那様に泣きついて父の威厳を振りかざしてもらったの」


ミレイ様がクスクスと笑いながら当時のことを語る。その時のジュリアンの様子が容易に想像できてしまい、ムスッとした顔の肖像画を見て思わず笑ってしまった。


(ウチも家族仲は良い方だと思うけど、ネイビス家は息子が二人だからとても賑やかね)


過去のジュリアンの様子が聞けて、沈んでいた気持ちが浮上する。



「お話し中、失礼します。奥様、例の物をお持ちしました」


「ありがとう」


不意に布に巻かれた何かを抱えた執事が現れ、ローテーブルの上にそれを置いた。


「セイラちゃん、ちょっといいかしら?」


「はい」



ソファへと促され、彼女の対面に座る。すると彼女はテーブルの上に置かれた布を広げた。


それを見た私は驚きで言葉を失う。


「この絵をセイラちゃんに受け取ってほしいの。私から貴女へのプレゼントよ」


「……っ」



広げられた布の中には、二枚の絵画があった。


1枚目は、二人の赤ちゃんが寄り添って寝ている絵。二枚目は、先程の庭園にあった大きな木の下に寄りかかって眠る幼い二人の絵。


「これ……もしかして……」


絵画に触れる手が震える。


「そうよ。ジュリアンとセイラちゃんの絵よ。可愛いから描いてもらっていたの」


「私と……ジュリアン」



幼児期の絵を手に取り、その優しい世界観に引き込まれる。


子供の私がジュリアンの肩に頭を乗せ、ジュリアンも私に頬を寄せて、二人仲良く眠っている。


それはとても穏やかで、幸せそうな光景で、涙が滲んだ。


いつも口頭でしか聞けなかった、失った記憶のカケラ。


聞いても情報としてインプットされていくだけで、なんの光景も浮かばなかった。



でもこれを見ればわかる。子供の頃の私は、確かにジュリアンが好きだった。


この頃は幼すぎて、恋なんてわからなかっただろう。でも幼馴染として、私はきっとジュリアンが大好きだった。


(だって私の寝顔、すごく安心しきって、幸せそうだもの)





覚えていなくても、この絵が愛しい。


かなりの時が経っても色褪せることのない優しい色彩。見ただけで大事に保管されていたのがわかる。


「本当に、これを私がもらってもいいのですか?」


「いいのよ。セイラちゃんがもらってくれた方がジュリアンも喜ぶわ。だって貴女たちの大切な思い出でしょう?」


「あ、ありがとうございます。大事にします。ミレイ様」


私が大事に胸に抱えると、ミレイ様はとても優しい笑みを浮かべて頷いた。


そして、扉がノックされる。



「セイラ、母上、ただいま戻り──……セイラ!? なんで泣いているんだ!?」


「ジュリー」


部屋に飛び込んできたジュリアンが、血相を変えて私を抱きしめ、ミレイ様を睨んだ。


「母上、セイラに何を言ったんですか?」


「まあ! 帰ってくるなり母に対してなんですか、その態度は! あ〜やだやだ。やっぱりこういう時に持つべきは娘よね。娘がいたら絶対私の味方してくれるはずだもの!」


「はあ? 一体何を言って──」


「ジュリー、ミレイ様は私にプレゼントをくれただけよ。何もされていないわ。むしろ娘として歓迎してもらって、私、とっても嬉しいのよ」


「そうよそうよ! 私は無実よ、バカ息子!」


ぷんすかと怒り出すミレイ様と、笑顔の私を見て、ジュリアンが戸惑いの表情を浮かべる。


「プレゼント?」


「そう、これ」


「この絵……」


私が抱えている絵を見て、ジュリアンが目を見開く。


「私とジュリアンの思い出をもらえたの。とても大事なものだから、結婚したら夫婦の部屋に飾るわ」


嬉しい気持ちを伝えると、ジュリアンは泣き出しそうな笑顔で私を抱きしめた。



「あらあら。私はお邪魔のようだから消えますわね。どうぞごゆっくり〜」


抱き合う私たちを見てそう言い残し、ニヤニヤしながらミレイ様が部屋を出て行った。


(は、恥ずかしい)


抱きしめる手が緩み、見上げた先には同じく顔を真っ赤にしたジュリアンがいた。


「わ、悪い……親の前なのに。つい嬉しくて抱きしめてしまった」


「嬉しい?」


「ああ」


ジュリアンが手を伸ばし、私が持っている絵を愛おしそうに撫でた。


「これは俺の宝物だったから、何度もこの絵を眺めていたよ。その大事な絵を、セイラも大事だと言ってくれたから、嬉しくて」


「大事よ。当たり前でしょう? ずっと欲しかった好きな人との思い出だもの」


「セイラ……」


ジュリアンの手が頬に触れる。

私を見つめる瞳に熱がこもり、揺れている。


「マシュー殿下の記憶は失くしてもなんとも思わない。でもジュリーとの思い出は消えてほしくなかったわ。自分で魔女の毒を飲んだから、自業自得なのはわかっているけど……」


「こら、そうやってすぐ自分を責めるのはセイラの悪いクセだぞ。セイラが記憶をなくしたから、俺たちは一緒になることを許された。セイラの選んだ行動は、俺に幸せをくれたんだ。だからもう過去は見ないでくれ。セイラの今と、この先にある未来の時間を全部俺にちょうだい」


そう言って顔を近づけ、軽く口付ける。

私に優しく触れる唇から、想いが伝わる。


「ええ、貴方にあげる。私の身も心も、これからの時間も、私の全てを貴方にあげるわ」


私の言葉に頬を真っ赤に染めるジュリアンが愛しくて、自分からもう一度唇を重ねる。すると合わせた唇から唸り声が聞こえた。


驚いて体を離そうとすると、逆に強く引き寄せられ、深く唇が合わさる。彼の熱い舌に翻弄され、腰が砕けそうになったところでやっと解放された。


ジュリアンが私の肩に頭を乗せてブツブツと何か呟いているけど、酸素不足で息切れしている私には聞き取れない。


「その気もないくせに無自覚に煽ってくるの、ホント勘弁してくれ。あ〜……早く結婚したい……鎮まれ、俺の煩悩……」


「え? 何、ジュリー。小さくて聞こえなかった」


「なんでもない」



そのあと私たちは庭園に戻り、プレゼントされた絵を見ながら、当時の私たちの話を聞いた。


ここに来る前に感じていた暗い気持ちは、もうどこにもなかった。


「今日は有意義な一日だったわ。ジュリーの子供時代の姿が見れてとても嬉しかった」


「俺の子供時代の姿? なんでそんなもの……」


「過去の私と一緒にいた頃のジュリーを見てみたかったの。話を聞くだけじゃなくて、この目で見たら何か思い出すかもって……結局思い出せなかったけどね。でも素敵なプレゼントをもらえたから、もういいわ」


貴方が言ってくれたように、これからは貴方と過ごせる今と、未来を大事にしていこう。



記憶をなくしたことに、罪悪感など感じなくていい。記憶がないからこそ、私たちは結婚を許された。


貴方がそう言ってくれるなら、私もそう思うことにする。もう過去はこうして手の内にあるのだから。


振り返りたければいつでも見ることができるのだ。


(どこに飾ろうかしら)


絵を眺めながら、どんな額縁にしようか考えていると、髪の毛に触れられる感触がした。


視線を移すと、私の髪をひと束掬い上げたジュリアンが、私を見つめながら髪に口付けを落とす。


その視線が色っぽくて、突然のジュリアンの行動に心拍数が急上昇した。


「じゅ、ジュリー?」


「そんなに俺の子供時代の姿が見たいならさ、セイラが俺にそっくりな息子を産めば毎日見られるよ」


「え!?」


「大丈夫。俺が叶えてあげるから任せてよ。楽しみだなぁ、セイラとの蜜月」



間近に迫る結婚式。


意味を理解した私は、恥ずかしすぎて真っ赤な顔を上げられなかった。




そして結婚後、ジュリアンは宣言通り、彼にそっくりな息子を私に授けてくれた。














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『私の愛する人は、私ではない人を愛しています』

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挿絵(By みてみん)



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