今日で貴方を忘れます。だからどうぞお幸せに。
ムーンライトで連載していたものを、なろう版(R15)に改稿したものです。
「卒業したら君と結婚する。だから、卒業の日まで恋をする事を許して欲しい」
私の最愛の婚約者は、とても辛そうな顔をして私に告げた。
まるで私との結婚が不幸の始まりみたいな顔ね。
本当に愛してるのは彼女なんでしょう?
それでも国のために、この国に住まう民の為に、自分達の愛を犠牲にして、貴方は私との結婚を選んだ。
まるで、私が2人を引き裂く悪者みたいね。
いいのよ。
そんな苦しそうな顔しないで。
いいの。私から解放してあげるから。
だからそんな悲しそうな顔しないで。
貴方が辛いと私も辛い。
だから、愛する人を諦めなくていいわ。
私が貴方を諦めるから。
だから貴方は、幸せになって。
愛する人と、どうか幸せに───。
***********
耳を疑った。
聞こえてくる女の嬌声。
男の切ない声と吐息。
そして、愛を囁き合う声が部屋の中から聞こえる。
学園の王族専用サロンの扉の前で、
私は立ち尽くしていた──。
最終学年に進級して最初の生徒会の仕事である入学式の進行について、最終確認を殿下にお願いしようと放課後サロンに来たけど、
───来なければ良かった。
ああ・・・2人はついに一線を越えてしまったのね。
私は公爵令嬢で、この国の王太子の婚約者。
婚約したのは7歳の時。
初めての顔合わせで、私の一目惚れだった。
艶のある銀髪に、透き通った蒼い瞳。
とても綺麗な顔立ちをした王子様。
殿下は私の手を握って王宮庭園に連れて行ってくれた。そして言ってくれたの。
『僕、この前のお茶会でセイラを見かけてからずっと会いたかったんだ。ありがとう。僕の婚約者になってくれて。これからよろしくね。セイラ』
『はい。よろしくお願いします。第一王子殿下』
『殿下じゃなくて、マシューって名前で呼んで』
『マ…マシュー様』
『本当に可愛い。セイラ。好きだよ』
優しい笑顔に私は釘付けになった。
貴方がそう言うから、ずっと好きでいた。
10年間、ずっと貴方だけを見て来た。
でも貴方は、違う人を愛してしまった───。
誰もいない廊下を一人で歩く。
夕焼けのオレンジ色の光が辺りを照らしていて、
それがとても綺麗で、切なくて───、
「セイラ!」
ふいに呼ばれた声に振り返る。
そこにいたのは、もう一人の幼馴染。
息を切らして、走ってきたみたい。
どうしたのかしら。
「ジュリアン様・・・?」
「・・・っ、セイラ・・・」
振り返った私を見て、ジュリアン様の顔が悲しそうに歪む。
そして私に近づき、頬に触れて何かを拭った。
「・・・サロンに行ったのか」
ビクッと肩を揺らした事で、肯定してしまった。
「泣くなら・・・ちゃんと泣け。俺が誰にも見られないように顔隠してやるから」
「え・・・、私・・・泣いてた?」
言われて自分の頬に触れてみる。
そしたら頬全体が濡れていた。
「あれ・・・?」
だって。私は殿下の恋を応援するって決めたの。
殿下を愛してるから、幸せになってほしくて。
もう、あんな辛い顔してほしくなくて。
自分の人生を犠牲にしてほしくなくて。
だから私が身を引くって決めたの。
なのに涙は次から次へと流れて、止まらなくて、
胸が苦しくて、息がうまく吸えない。
「ふっ、・・・うぅっ」
「セイラ」
ジュリアン様が私の頭を抱きしめて、
顔を隠してくれる。
「これで誰にも見えない」
優しい声が頭上に降ってきて、
私は堰を切ったように、泣いた───。
「ありがとう。ジュリアン様」
そして、ごめんなさい。
弱い私を、許して───。
***********
「ケイト、今日はもういいわ。ありがとう」
「わかりました。おやすみなさいませ。お嬢様」
「おやすみ」
早めに侍女を部屋から出して、
机の引き出しを開けて小瓶を取り出す。
今日の為に用意した、魔女の毒薬。
北の森に住む魔女の薬剤店に行って、
記憶を消す毒を買った。
最愛の人を忘れる毒を。
殿下の恋を応援する気持ちは嘘じゃない。
本当に彼を愛してるから、幸せになってほしい。
彼の幸せの邪魔をしたくない。
そんなの耐えられない。
だから、殿下には愛する人と結ばれて欲しい。
でもごめんなさい。
私は、他の人を愛する貴方と
結婚できません。
彼女を愛する貴方と結婚して、国母になって、
民を守る大役をこなすなんて、無理です。
だから、忘れさせてください。
貴方達の愛を壊さないかわりに、
貴方を忘れさせてください。
「さようなら、殿下。どうか愛する人とお幸せに」