7.シェリーの決意と”破壊”の魔術
言葉にしてしまい、余計に後悔した。
彼を思い出すと心配と寂しい気持ちが胸の中にどろどろと嫌な感じに広がる。思わずぎゅっと目を瞑ったその時、ファルマがおもむろに手を伸ばしてシェリーの手を固く握った。
「それを、探りに行くのよ」
「…え」
「っていうのは建前ね。…いい?これが最後のチャンスなの。貴女はここに来てから多くのことを学んだわね。聖女教育はもちろんだけど、私からの課題もちゃんとこなしてきた」
「ファルマ様…」
「本来ならもっと早くにこれを渡してあげたかったわ。大切な家族や友達とのつながりですもの。…でも、この国の聖女教育は、帝国に縛り付けるためのものよ。…わかるでしょう?」
セントネラ王国の説明ひとつをとってもそうだ。聖女を自国にとって都合の良い傀儡とするため、帝国にとっての不都合なことは教えない。聖女教育は大体は貴族の御令嬢が行うこととほぼ同じだ。ただ、ルミーナ教の総本山ということもあって各国の要人が儀式や参拝に訪れることもある。そのため政治経済にも少し触れるが、その国でのルミーナ教の重要度によって説明の仕方が変わる。因みにセントネラ王国は多神教国家。何を信仰するのも自由である。ルミーナ教を利用して覇権を広げたいヴァムリア帝国にとっては、多神教というのは中々に御し難い国の一つであるのだ。
…それも、ファルマが“課題”を出してくれなければ分からなかっただろう。
「拠り所がなくなれば、神殿…いえ、帝国に縋るしかなくなるでしょう?……まあ、私が言えることではないかもしれないけどね」
周りを疑え、心を見せるな、隙を作るなとファルマはいつもシェリーに言ってきた。そして、自分はあなたの心を守れるからと、自分にだけ目を向けるような言動を取ってきたことは自覚している。だから、シェリーに責められても罵られても、ファルマはすべてを受け入れるつもりでずっといた。
寂しげに微笑むファルマを、シェリーは悲痛な面持ちで見つめた。
…そして、もう一度姿勢を正し、彼女をじっと真正面から見つめる。
「…なぜ、ここまでしてくださるのですか?」
シェリーはずっと不思議だったのだ。ファルマは完全に神殿側―――帝国側の人間ではないと思っている。外界との接触を断ち、ぬるま湯に浸からせて傀儡にしようとする帝国の意図と反して、知恵を与え、思考し、判断することの重要性を教えた。何より、母の形見を、ウィルとの思い出の品をずっと大事に持っていてくれたのだ。ことの重大さゆえに捨てられなかったのかもしれないが……。
「私が…そうしてほしかったから、かしらね」
「……」
「本当は逃げたかったのよ。でも周りは敵だらけ。運命を受け入れてから、いろいろと学びだしたわ。でも、ここを出るにはもう手遅れだった。…だから、私は、全員は無理でも自分と似たような思考の持ち主には手助けしてあげようと思ったの」
「ファルマ様…」
「まあ、ただえり好みしていると言われても仕方ないわね。でも、貴女は間に合うわ。だから、逃げなさい、シェリー。この鳥かごを出て、自由に生きるのよ。もちろん、簡単ではないわ。ここ以上に大変な目に遭うかもしれない。…でも、ここ以上に自分の心は解放されると思うのよ」
シェリーは、ファルマの話をじっと聞いていた。今までこの選択肢は考えたことが無かったわけではない。知らず知らずのうちに、諦めていたのかもしれない。
…だが。
「わかりました。私、ここを出ます」
「シェリー…!」
「正直、ファルマ様の誘いじゃなければ、騙されている可能性は捨てきれなかったと思うの。…でも、私がここを出て一番大変なのは、ファルマ様でしょう?」
「……」
「今まで私が肩代わり出来ていた分が、また全てファルマ様に向かうのですから。それに、私がここを出て一番に疑いの目が向くのはファルマ様でしょう。…それでも私の自由を守ろうとしてくださる貴女様を、私は信じます」
「シェリー………」
「ま、これで騙されたら今度こそ諦めるわ。…チャンスをくれて、ありがとう」
照れくさそうにシェリーがはにかんでお礼を言うと、ファルマは目を潤ませて席を立ち、シェリーをぎゅっと抱きしめた。
「…ありがとう、私を信じてくれて。貴女をずっと愛しているわ」
「ふふ、私もよ。ファルマ様」
◇◇◇◇◇◇
そして、とうとうこの神殿を出る日がやってきた。
その日はいつもと変わらない一日を過ごした。朝起きて女神ルミーナへ祈りを捧げ、聖女教育を受け、花壇に水をやり、“理想の聖女”として振舞う。
“理想の聖女”の振る舞いの効果を改めて実感する。変わらない日常を過ごしている効果かもしれないが、みんな“聖女”に対する警戒心が薄すぎやしないだろうか。だからこそ、誰にも怪しまれずに準備することができたのだが。
決行は今日の真夜中。皆が寝静まった頃に行う。警備の巡回ルート、この神殿の結界などに関してはファルマから情報を貰っていたが、シェリー自身でも情報収集は怠らなかった。ファルマに言われていたのだ。身内の中にも敵はいる。相手を信用していても、自分から思考することを放棄してはいけない、と。
シェリーは結界を張ることができる。“破壊”の力を認識阻害として使うことで、周りに自分の姿を映すことなく移動できるのだ。
これは、ファルマの“情報”の授業の中で盗聴型の魔道具について教えてもらっていた頃のことだった。その日の授業を終え、部屋でダラダラする前に“課題”をしようと思ったのだ。
今回の課題は「盗聴器を見つけること」。
もちろん見つからないことが一番だが、万が一もあるでしょう、ということで探してみていた。机の下、ベッドの裏、本棚の間など―――。
専用の捜索棒を持ってうろうろしていたが、まあ、見つからない。肩透かしを食らったような、でももちろんほっと一息ついたその時、事件は起こった。
探索棒が今、チカッと光ったのだ。
この探索棒は、対象物に近づくほど光が点滅して教えてくれる。
……シェリーは、少々へっぴり腰になりながら盗聴器を探した。別に不審者がいるわけではない(と思う)のだが、やっぱり怖いものは怖いので…。
そうして辿り着いた先は、まさかの浴室!!!
ここまでくると怖いとかそんなこと言ってられない。この時の私、絶対に目が座っていたと思う。
―――そして、出ましたありました。
脱衣所にはバスタオルがストックしてある棚が置いてあるのだが、丁度その壁と棚の間!棚に張り付けてあったのだ。
そして、怒りが最高潮に達したシェリーは、気づいたら盗聴器を自身の“破壊”の魔力で粉砕していた。
「……………」
手の中でボロボロになった盗聴器を見てほんの少し落ち着いたシェリーは、それを丁寧にハンカチで包んでファルマの元へ行った。
その時に、破壊の魔力の使い方も、聖女教育の中でこっそり教えてもらうことになったのだ。
……ちなみに、この犯人は参拝に来ていたヴァムリア帝国の内の領主だった。金を積んで侍女を脅して設置させたらしい。
侍女はもちろんクビになったが、領主は……それ相応の処罰が下されたという…。
ひとつ言っておくとすれば、ディーマンとファルマが一番静かに怒っていて、一番妥協せずに制裁していたらしい………。
また、この事件のあとから、“破壊”と“再生”の魔術に関してはこの二つがトリガーワードになって発動できるようになっていた。
………シェリーとファルマは、二人で顔を見合わせて何とも言えない顔をしたのは言うまででもない。
面白かった!続きが気になる!という、お優しいそこのあなた!!
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