2.ウィルとの出会い
※流血表現があります。
※前話のシェリーのファーストネームを追加してあります。シェリー・テライルです。
※お母さんから首飾りをもらっていた描写を前回書き忘れていたので追加してあります!
森に行く場面に付け足してあります。忘れものが多くてすみません!
それは、ちょうど大分籠がいっぱいになってきた頃だった。ふっと前のほうを見ると、木の幹に凭れ掛かるようにして座り込んでいる人影が見えたのだ。このあたりの森に入るのはそれこそ村人くらいしかいない。だから、シェリーは慌てて駆け寄った。
「ねえ大丈夫!?」
そこにいたのは、自分よりも少し大きい男の子だった。フードを深く被っているせいで顔はよく見えなかったのだが、青みがかったシルバーの髪の間からこちらを射抜くように見つめる鋭い黄金に輝く瞳にシェリーは見とれてしまった。
「…きれい」
「…は?」
更に眉根を寄せて低い声で発されたその言葉に、シェリーはパッと両手で口を覆う。
…しばらくその状態で見つめ合っていた二人だったが、男の子がため息をつくと同時に小さなうめき声を上げた。よく見ると、彼の服は脇腹あたりが赤く染まっていたのだ。シェリーは背負っていた籠を地面に下ろし、籠の底のほうに埋まっていた簡易擦り鉢と木皿を取り出した。目を瞑って、ひとつ、大きな深呼吸をする。次に目を開けた彼女はもう、“薬師シェリー”だった。シェリーの雰囲気が変わったことは彼にもすぐわかった。少々警戒しながらも訝しげにこちらを見てくる少年に話しかける。
「これどうしたの」
「お前には関係ない」
「治療は」
「だからほっとけ」
「ほっとけるか!」
あまりにもつんけんした態度をとり続ける彼に、シェリーは思わず声を荒げてしまった。
「何病人が意地張ってるのよ」
「なっ!俺は別に病人じゃねえ!」
「あんた馬鹿なの?ちょっと服脱いで」
「はあ!?」
そんなやり取りをしながらも、シェリーの手は止まらない。
傷薬と化膿止めが必要?消毒用の水…は、デラの実で大丈夫でしょう。ああもしかして縫わなきゃいけない?そうなったら家まで連れて行けばいいし…
「お、おい、お前何してるんだよ」
「薬の準備。いいから早く脱いで」
「薬って…」
「早く脱いで!」
そんなシェリーの剣幕に押された男の子が渋々と上着を脱ぎだす。
「シャツも、に決まってるでしょう。何を恥ずかしがってるの」
「う、うるせーなっ」
そうして上半身が露わになった彼の脇腹は、案の定傷口が開いているし、止血代わりに使っていたであろう布も血まみれでひどい有様だった。
「…よくこんなになって無事だったわね」
「………」
「何があったかは聞かないから安心して。とりあえず応急処置だけするから」
「なあ、お前はいったい…」
シェリーはそんな彼の戸惑いに耳を傾けず、手元で薬草を擦り始める。まず、デラの実という、9割水分でできている果物の果汁を使って患部の消毒をする。これは近くに水がないときの代替品だ。旅人の水分補給にも使われることがある。そして、流れ出す血を拭ったら、ミレノア草とノエギ草を混ぜ合わせたものを止血用の布に塗り込んで、患部を圧迫止血する。
…うん、これ以上はお母さんに頼むべきだな。あ、一応痛み止め用の錠剤も作るか。
シェリーは手元でまた薬草を混ぜ合わせながら彼に言った。
「一応これは超簡単な応急処置だから。帰ったらお母さんにもう一回ちゃんと診てもらうから安心して」
彼はまだ何か言いたそうにしていたが、それ以上シェリーが答える気がないことが分かったからか大人しく待っていた。
シェリーがこんなにも手馴れているのは、村の男たちが狩りに出かけて帰って来た時、彼らの処置をするのは大体シェリーの母だったからだ。シェリーも助手として貴重な戦力だったので、実地で様々なことを学んできた。もちろん、難しい調合や本格的な処置はまだまださせてもらえなかったが、基本的な対処はシェリーでも出来るものは多かったのだ。
「はい、これ痛み止め。今一応飲んどいて」
「…」
そうシェリーから言われたものの、彼の手には全体から青々しい、とても苦そうな雰囲気のある薬だ。思わず眉根を寄せた彼がシェリーの方を見ると、シェリーもむすっとしている。
「それ苦くないよ?」
「…ウソだろ」
「ほんと!早く!」
シェリーに急かされた彼は、意を決して薬を飲みこんでデラの実の果汁で流し込んだ。
……だが、少年が想像していたような苦みや青臭さは一向にやってこない。目をまん丸くしている彼を見て、シェリーは得意げに胸を張った。
「どう?」
「…苦くない」
「でしょ?」
「何ならもう早速痛みが引いてる気が…」
その時だった。
遠くの方で何かが思い切り崩れるような音がした。
その音の方をにハッと振り返ると、丁度それは村のある方向で。炎が燃え盛っていたのだ。
「………な、に、あれ………」
火柱が高く上がり、黒煙がとどまることを知らない。もう夕方になるというのに一際不自然に輝くそこを、シェリーは大きく目を見開いて凝視していた。
なんで?村の方?どうしたの?何か攻めてきた?でもそんなことが?今まで全くなかったのに。それよりみんな大丈夫なの?お母さんは?お父さんは?まさかもうだめなんてことは――――――
「おい!」
「っ!」
彼は、思考の渦に飲み込まれたままふらふらと走り出そうとしたシェリーの手首をぎゅっと掴んだ。見上げるようにして彼女と向き合う。
「おい、一回落ち着け」
「落ち着けるわけないじゃない!だって、お母さんが、お父さんが、村のみんなが…!」
涙がこぼれて止まらないシェリーは、手首を掴んで離そうとしない彼の手を振り払おうとする。だが、逆に腕を引かれて倒れこむと、彼にぎゅっと抱きしめられたのだ。そして、彼に優しく頭を撫でられる。だんだんと呼吸が落ち着いてくると、今度は取り乱した自分が恥ずかしくなってくる。
「…ごめん」
「いや…。落ち着いたか?」
「…ん。ありがと」
シェリーが小さく鼻をすすると、彼が彼女の両腕を掴んで体から離した。互いの瞳をじっと覗き込むと、彼がゆっくりと口を開く。
「あそこにはお前の住む村があって、今火が上がっている理由はわからない。そうだな?」
「う、うん」
彼は視線をふっと下げ、何かを考えこむように口元に手を当てる。シェリーはそんな彼のことを不安げに見ていたが、スッと彼が瞳を見据えてきた。
「…あれはおそらく」
「ウィル!!」
その時、ガサガサガサ、という音と共に、草木をかき分けて森の奥から一人の騎士が姿を現した。彼は頭に葉っぱをつけ、傷だらけの状態でこちらに向かってくる。シェリーは驚いて、思わず彼の胸元をぎゅっと握る。彼もシェリーを守るようにして抱き寄せ、こちらに向かってくる騎士を凝視する。
だんだんと近づいてきたその騎士の、泥で汚れて木漏れ日に照らされた顔が、歪んだ。
「ウィル!ウィル…!」
「…ノーラン?」
「よかった…無事だったんだな…!!」
その言葉と共に、騎士は男の子をぎゅっと抱きしめた。男の子が「ぐえっ」と変な声を出していたが、一緒に抱きしめられたシェリーも苦しさに呻きそうになっていた。
そんな二人の様子に慌てて離れたノーランは、少々照れくさそうにしている。のろのろと顔を上げた先には…
「…ノーラン」
「あぁ!」
「そうか…そうか!よかった……!!」
ノーランの抱擁に合わせて、ウィルも彼を抱きしめる。その声はどこか震えていて。そばにいたシェリーは、感動の再会に思わず眉根を寄せてしまった。
…だって、今この間も、炎の勢いがとどまることはないどころか、ますます強くなるばかりなのだから。
シェリーは一人、立ち上がる。
「あの…ウィル?でいいのかな。私、村の方を見てくるね」
その声にハッとして顔をシェリーへ向けたウィルは、すっと立ち上がる。
「俺も行く」
「だめよ」
「行く」
「重病人は連れていけない」
シェリーの言葉に、ウィルはグッと顔を顰めた。
…本当は怖い。できるなら一緒に来てほしい。ついてきてほしい。でも彼はまだ完治したわけじゃない。しかも私のつたない応急処置だけだ。一刻も早くちゃんとした病院で診てもらわなきゃ。
「ちゃんとお医者さんに診てもらってね。ノーランさん、あとはよろしくお願いします」
「…ああ。共に行けなくてすまない」
「いえ」
「ま…待て!」
ウィルは手首につけていた紐を取り外し、シェリーの手首に巻き付けた。
「それ、持ってけ。おまもりだ」
「…ありがとう。じゃあ」
「あ!の、」
シェリーがもう一度振り返ると、拳をぎゅっと握ったウィルが彼女をじっと見つめていた。そんな彼の瞳には不安な色が隠しきれていなくて。優しいなぁと思うと小さく笑みが零れていた。
「…気を付けて。あと…治療、ありがとう」
「どういたしまして。…お大事に」
シェリーは後ろ髪を引かれる思いを無理矢理胸に仕舞い込み、薬草の入った籠を背負い、未だ不自然に明るくなっている村の方へと走り出した。
面白かった!続きが気になる!という、お優しいそこのあなた!!
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