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1.薬師の娘シェリー

新連載です!よろしくお願いします!

 “聖女シェリー”

 それが神殿(ここ)での私の呼び名。

 …でも、そんなモノとも今日でお別れ。


 ――真夜中。

 月光が優しくこの地を照らし、神殿が、町が寝静まる。その静寂に包まれた神殿内の豪華な一室で、一人の少女が準備をしていた。空に輝く月のように淡いプラチナブロンドの髪を隠すように、見た者を包み込むような優しい光を湛えた薄いバラ色の瞳を隠すように、濃灰色の地味なローブを羽織り、フードを深く被った少女―――シェリー・テライルは、カバン一つだけを肩から斜めに掛けてゆっくりと深呼吸をする。


「…よし」


 …そう、シェリーは今からこの神殿を脱走しようとしているのだ。


◇◇◇◇◇◇


 彼女がヴァムリア帝国のレノディア大聖堂へ連れてこられたのは今から約5年前の10歳の時。

 シェリーの故郷は帝国の片田舎にある小さな農村で、家族3人平和に暮らしていた。この農村では主に自給自足が中心。時折麓の町まで下りて作った野菜などを売りに出かけたり、行商の立ち寄りで服や時折嗜好品の類を買うこともあったが、村人同士での物々交換のほうが多かった。

決して豊かであるとは言えない生活であったが、優しい両親がいて、家族みたいな村人たちとの暮らしがシェリーは大好きだった。


 シェリーには、母から口酸っぱく言い含められていたことがある。


「この“癒しの力”のことは誰にも言ってはいけないわ」


 それはシェリーが5歳の時だった。

 夕飯の支度をしていた母が、包丁で指を切ってしまったのだ。「いたっ」と小さく顔をゆがめる彼女を見たとき、シェリーはすぐに母親の手を握った。


「だいじょーぶ?」

「ええ。薬を塗ればすぐ治わ」

「んー、いたいのいたいの、とんでけー」


 それは、母親がよくシェリーにやってくれたおまじないで、ただ純粋に、早く治ってくれればいいなという、それだけのことだった。

 しかしシェリーがその言葉を口にした瞬間、彼女の手からは温かな光が広がった。


「ひゃっ」


 シェリーは驚いてしりもちをついてしまう。ただ治ってほしくておまじないをしただけなのに。何が何だかわからなくて呆然と母親を見上げると、先ほどまで血を流していた彼女の指には傷跡ひとつなかったのだ。何なら、水仕事でできていたあかぎれまできれいに治っているではないか。


「おかあさ…」

「シェリー、あなた…」

「ゆび、いたくない?」

「……ええ、痛くないわ。シェリーのおかげよ、ありがとう」


 そう言った母は笑っていた。でも、どこか悲しそうで…。なんとなくいつもと違う母の様子に首をこてんと傾げると、母がぎゅっと手を握ってきた。


「…シェリー、このことはお父さんとお母さん以外、誰にも言っちゃだめよ」

「どうして?」

「…あなたが笑顔でいるために、どうしても」

「? どうしても?」

「ええ。…約束できる?」

「うん、わかった!」


 そう伝えた時の母の泣きそうな笑顔を、私は一生忘れることはないだろう。


 この答えは、それから5年後、最悪な形で知ることとなる。




◇◇◇◇◇◇◇◇


 5年後――――。


【女神ルミーナ様のご神託により、聖女様のお力が顕現されたと判明された。癒しの力を持つ者、直ちに神殿へと報告せよ】


 このお触れは国中に出された。もちろん、シェリーの住む、片田舎の小さな農村にまでそれは届いた。

 ヴァムリア帝国は、初代国王スヴェンが流れの一族の長であったとき、女神ルミーナの啓示と導きによって建国したとされる帝国だ。女神ルミーナとは“破壊”と“再生”を司る神。それまでヴァムリア帝国の地に蔓延っていた悪を“破壊”し、豊かな自然の恵みを“再生”してくださったといわれている。

 そのため、ヴァムリア帝国はルミーナ教を国教とする一神教国であるし、国一番の聖バマルク大聖堂はルミーナ教の総本山でもあるのだ。


 そして、国が探している“聖女”とは、女神の力を受け継ぐ者。女神ルミーナは、“ヴァムリア帝国に”祝福をくださった。そのため、女神の力を受け継ぐ者はヴァムリア帝国民の血が流れていることが条件で、時折平民や孤児も聖女に選ばれることもある。

しかし時が経つにつれて“破壊”の力を受け継ぐ者はいなくなってしまった。現代の聖女の力は主に“再生”。別名、“癒しの力”と呼ばれている。魔力量によって規模は違うものの、大方治癒の力を持つ者が“聖女”として認定されてきた。


 この国は、建国史も相まって“聖女至上主義”。

 聖女の素質がある―――つまり、癒しの力を持つ者は幼子でも親元から引き離され、丁重に神殿へと保護された。


 とはいうものの、聖女の数はそれほど多いものではない。5年~10年に1人2人発見される程度。しかも高齢になれば力は衰えてくるし、“奉仕活動”として多額の寄付金を収めた貴族への治療や、戦時中は“回復要員”として騎士団に同行することもある。

 そのため、通常10~15人ほど神殿にいる聖女たちは、時に数が変動する。また、女神の御力を授かれるかは“女神ルミーナの御心次第”。

 なので、神殿―――帝国は是が非でも、聖女を確保しておきたいのだ。


 ………まあ、要は「聖女はたくさんいたほうが儲かる!国民、周辺諸国にもルミーナ教の力、延いては帝国の影響力をアピールできて万々歳!だから聖女カモン!」―――である。




◇◇◇◇◇◇



 シェリーは10歳になった。今日の彼女の仕事は、森に木の実と薬草を採りに行くことだ。母から貰った首飾りを首にかけ、薬草を探した。


 紅、紺、白の三色で編まれた紐の先には、ひし形の小さな飾りがついている。

 この首飾りは、“癒しの力”が発言したときに母から贈られたものだった。いつも、母が毎朝自分の首から下げていたことを知っていたので、そんな大事なものをもらっていいのかと聞いた。すると母は、シェリーの頭を優しく撫でながら、笑ってこう言った。


『きっと今度は貴女を守ってくれるわ』


シェリーは首を傾げるが、母の手を気持ちよさそうに受け入れた。それからこの首飾りをシェリーは毎日首から下げている。



「ミレノア草にノエギ草…あ、ゼルトーネがある!」


 摘んだものはどんどん背負ったかごの中に放り込んでいく。

 彼女の母親が薬師を営んでいるのだ。何やら昔に偉い人のところで薬師をやっていたらしいのだが…あまりシェリーはよくわからなかった。ただ分かるのは、母がすごい薬師であるということ。

 シェリーは5歳の時に癒しの力を顕現させてから、両親にその力を使うなと言われてきた。でも、“ケガが治る様子”というのは彼女にとって非常に興味を抱かせることだったのだ。そのため、それからも時々魔法をこっそり使っていたら母親にバレて大層怒られた。

 で、その時母に言われたのだ。


「あなたのその魔法は素敵よ。きっとあなたの大事な人を守ってくれるわ。…でも、この国ではあなたの身は守れても、笑顔は守れないかもしれない。…ねえ、お母さんのお仕事に興味はある?これもあなたの魔法と同じくらい素敵なものなんだけど」


 それから、シェリーは薬師の仕事にのめりこんだ。

 薬草の種類、見分け方、それぞれの薬草に合わせたすり潰し方、薬効を高める組み合わせ、逆に絶対やってはいけない組み合わせ―――…。

 たくさん覚えることがあり、何度も母に叱られた。一歩間違えれば良薬は劇薬になってしまう可能性を常にはらんでいる。母は根気強く教えたし、シェリーは泣きながらも食らいついた。

 “癒しの魔法”は確かにどんなケガも一瞬で治ってしまう。でも全員が使えるわけではない。一人でも多くの人に薬を届けたい。それができるこの仕事は私の誇りだと、母はよくシェリーに語った。

 そんな母がかっこよかったのだ。そして、薬を受け取る村の人たちも、いつも母にありがとうと感謝の言葉を伝えたり、野菜のおすそ分けをしてくれる人もいた。


 みんなを笑顔にする母も、そんな母を見る父の優しい眼差しも、シェリーは大好きだった。


面白かった!続きが気になる!という、お優しいそこのあなた!!

☆☆☆☆☆を押してくださると泣いて喜びます!!

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