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ペトリコール

作者: 群青カオル

 インスタグラムで和佳奈の結婚を知ってしまった今、僕は心の乱れを隠すことはできなかった。和佳奈は「運命の人」ではなかったのか。「運命の人」について描いた歌や映画、あれらは全部嘘だったのか。「運命の人」に裏切られたこの気持ちを一体どうすれば鎮めることができるのか。


 和佳奈と出逢ったのは4年前。僕が高校2年の時だった。和佳奈は成績も優秀で、運動もできた。学校のマラソン大会では優勝以外したことがなかった。学校で和佳奈のことを知らない人はおらず、いつでも誰かが周りにいるような典型的な人気者だった。僕も例に漏れず和佳奈に視線を投げる大勢の男子の中にいた。有象無象の中にいた僕が和佳奈と少しだけお近づきになれたのは、ある大雨の日だった。

 あの日、日本列島全体を秋雨前線が覆って、不安定な天気だった。高校を出た時には曇り空であったはずだが、自宅最寄駅に着いた時には前も見えないほどの大雨になっていた。駅舎から出られず、灰色の空を眺めながら、僕は雨が弱まるのを待つことにした。20分ほど待ったが、雨は一向に弱まる気配がなかった。ベンチに座って携帯をいじっていたら、目の前で見覚えのある女性が同じように携帯をいじっていたのに気がついた。それが和佳奈だった。僕は息を呑んだ。こんなにも近くで和佳奈を見たことは今までなかったからだ。僕は軽く会釈すると、和佳奈も会釈してくれた。

「迎え待ちですか?」

せっかくなので僕は思い切って和佳奈に話しかけてみた。こんな機会そうそうない。

「ええ、まあ。バスが来ないから」

和佳奈の不審げな顔。それもそうだ。いきなり知らない男に話しかけられたのだから。

「私とどこかで会いましたっけ?ああ、同じ高校の人か」

同じエンブレムの制服を着ているということで和佳奈は不審感を徐々に消してくれた。ちょっと待っててと言い、和佳奈が自動販売機でカフェオレを2本買ってきてくれた。

「今何年生?」

「2年です」

和佳奈は僕の隣に座った。僕は胸のときめきを抑えることができなかった。和佳奈がこんなにフレンドリーな人だとは知らなかった。もっとお高く止まっている人だと勝手に思い込んでいた。そういえば、和佳奈は陸上部の部長と付き合っているという噂を聞いたことがある。こんな風に隣に座って和佳奈と話して、明日怒られるなんてことはないだろうか。夜になってようやく雨が上がった。2人はようやく駅舎を出ることができた。街は湿気に覆われ、じめっとした空気が僕と和佳奈を取り巻いた。

「涼介くん、ペトリコールって知ってる?」

「ペトリコールって何ですか?」

「雨上がりの匂いのこと。私、この匂いが好きなの。じゃあね。また明日、学校で」

僕は和佳奈の後ろ姿を見送るので精一杯だった。僕は興奮していた。今すぐにでもこのことを学校全員に自慢してやりたい。そうすれば、生徒だけではなく、先生までもが僕のことを羨ましがるだろう。だが、それはやめたほうがいいだろう。そうすれば、生徒だけではなく、先生までもが僕のことを妬ましく思うだろうから。

この日をきっかけに僕たちは時々一緒に下校するようになった。話を聞いてみると、和佳奈も僕も一人っ子であったり、和佳奈のお母さんと僕の母親が高校の同級生であったり、共通の友人がいたり、2人を繋ぐものが次々と出てきた。僕たちは先輩と後輩でありながらも、どこか幼馴染のような関係性になった。2人の時は敬語使わなくていいよ、と言われて以降、僕たちの中は余計に縮まった気がする。

僕にとって夢のような時間はあっという間に過ぎていった。卒業式の前日の夜、僕を和佳奈に卒業式の準備が整った薄暗いの体育館の真ん中に呼び出された。和佳奈は僕に1枚のCDをくれた。

「これ、私が1番好きなCDなの。今私が1番好きな人に聴いてほしくて」

ビニールに包まれた新品のCDはGOOD ON THE REELの『6番線の箱舟』だった。ジャケットに描かれた人混みに1人傘をさした青年に僕の今が重なった。僕だけが特殊な世界にいた、とふと思った。。

「ありがとう。聴くよ」

そして、僕たちは初めてキスをした。

 卒業式当日、和佳奈は思った通り大勢の同級生と後輩に囲まれ、一緒に写真を撮ったり、卒業アルバムにサインしたりと僕が入り込める余地はなかった。でも、それで良かった気がする。和佳奈の横にはやはり陸上部の部長がいたから。


 和佳奈は卒業してすぐ東京に行ってしまったが、僕たちはLINEで繋がっていた。時に和佳奈はLINEの返信が遅く、心配になる日もあったが、それでも返信が来るといつも僕はにやけてしまった。

僕が社会人1年目の冬、仕事の関係で4週間東京に行くことになった。就職も地元で済ましてしまった僕にとって東京は未知なる世界に突入するようなものだった。ただ、東京には和佳奈がいる。その安心感が僕にはあった。和佳奈も仕事で忙しかった。上京した当日に会えるはずもなく、1週間程してようやく和佳奈が僕の研修寮に来てくれた。6畳の狭い部屋に都会的雰囲気を纏った和佳奈は場違いだった。

「久しぶりだね」

約1年半ぶりの再会だった。元々細い人ではあったが、さらに痩せた気がする。それでもスタイルの良さは相変わらずだった。デパ地下で買ってきてくれたお惣菜を2人で食べた。仕事の話をしている時の和佳奈は生き生きしていて楽しそうだった。こんな楽しそうな和佳奈を見るのは初めてだった。

「ねえ、涼介くん。これから毎晩ここに来てもいい?会えなかった1年半分きみに会いたい」

断る理由はなかった。僕は平日17時まで研修を受け、スーパーに寄って寮に戻り夕食の準備に取り掛かった。和佳奈はいつも20時頃やって来る。仕事中はポニーテールらしいが、寮に着くと髪留めを取り、胸ほどまである艶やかな黒髪を下ろした。普段は「先生」と呼ばれる仕事をしている和佳奈が1人の女性に戻る瞬間だった。僕はこの瞬間を独り占めできた。話が弾んでしまった夜には和佳奈は寮に泊まって、ここから仕事場に行くこともあった。

 僕たちの時間は煌めきの中で過ぎて行った。いつまでもこのような日々が続けばいいと思ったが、4週経ったら僕は帰らなければならなかった。このまま東京に残ってもいいかも、と少しづつ思い始めていた矢先の3週目の木曜日、和佳奈は、来なかった。連絡しても繋がらなかった。突然襲われた不安と動揺。でも、心のどこかで思っていた。いつかこんな日はくるだろうと。ただ、まさかこんな早く来るとは。

連絡が繋がらないまま、僕は東京から帰ることになってしまった。電車の窓にもたれながら、和佳奈のことを考えていた。和佳奈はどこに行ってしまったのだろうか。降りしきる雨が電車の窓を打ち、景色は雨つぶの中に埋もれていった。

 僕はなんだかんだで和佳奈とは結婚するだろうと思っていた。そう思っているのは僕だけかもしれない。だが、和佳奈もわずかながら同じことを思っていたと信じたい。今思えば夢のようなあの数日の中で、和佳奈が1度だけあどけない笑顔と純な瞳で僕を見つめた夜があった。あの時、僕は2人の間に「運命」という名の糸が繋がっていると確信していた。あの時の思いは間違いだったというのか。

僕の心にやまない雨が降り始めた。


 それから1年の月日が流れていく中でも和佳奈は僕の頭の中のどこかに住み着いていた。そんな僕に会社で出逢った千洋が告白してきた。それはちょうど和佳奈のことを考え続けるのは馬鹿馬鹿しいと少しずつ思い初めてきた頃だった。千洋も詳しくは話さないが、きちんと付き合った男は僕が初めてなようだ。

 千洋は休みが重なる度にどこかへ行きたいと言った。明日も千洋と出かける。駅に集合して、それからどこに行こうか。USJに期間限定で新しいアトラクションができたらしい。そこに行ってもいいか。スマホでおすすめデートスポットを見ていたら、時計が1時55分を指していた。僕は急いでラジオをつけた。日曜の午後2時からFMで放送されている音楽番組を聴くのが僕の楽しみだった。この番組のDJは面白い選曲をする人で、昔のそれこそ誰も知らないような洋楽をかけるかと思えば、デビューしてまだ日の浅い新人の曲をかけることもある。一体どの年代をターゲットとしているのだろうかと疑問に思うこともあったが、音楽だけが趣味の僕にとって、この番組は打って付けだった。ただ、今日の放送ほど穏やかでいられない放送回はなかった。午後2時32分にかかったGOOD ON THE REELの『水中都市』。GOOD ON THE REEL史上最高傑作の1曲で和佳奈がくれた『6番線の箱舟』の1曲目。なぜ、この曲をかけるのか。1番聴きたい曲であると同時に、1番聴きたくない曲だった。忘れたかった曲だった。

 その夜、僕は眠れなかった。『水中都市』が頭の中で鳴り続けていたからだ。和佳奈のことなんて忘れていたはずなのに。忘れたかったのに。教科書で勉強したことはすぐに忘れてしまうのに、どうして恋の思い出だけは忘れられないのか。心で記憶したことが削除困難になるように設定された人間の不都合な設計を恨むしかなかった。僕は枕元で充電していたスマホを開いた。インスタグラムのストーリーでも見れば気を紛らせられるだろうか。誰がどこで何を食べたなど、さしてどうでもいいことがストーリーで次々と流れていた。しかし、その中に決して見逃すことのできないストーリーがあった。僕は息を呑んだ。スマホの画面に映っていたのは純白のドレスに身を包んだ和佳奈だった。世界中のありとあらゆる凄惨な映像が陳腐なものに見えるほど、僕にとって最も見たくない姿だった。和佳奈のインスタは消したはずだったが、まだ残っていたのは未練のせいとでも言うのだろうか。和佳奈は自分からはほとんどインスタを更新する人ではなかったから、わからなかった。消したものだと思い込んでいた。あのストーリーのせいで僕の心が正調を保てなくなっているのを自覚した。僕の心に浮かんだ言葉、「裏切り」、「憎しみ」、「恨み」。負の感情が一通り出尽くした後、僕の本心がひょっこり顔を出した。どうせ結婚してしまうなら、最後にもう1度会いたい。僕は馬鹿な人間だ。まだ、和佳奈に対して希望を抱いている。感情を制御するためにも温かい蕎麦茶を入れてみたが、かつて和佳奈と寝る前に蕎麦茶を飲みながら語り合った夜のことを思い出してしまい、1口飲んで、マグカップを机の上に置いてしまった。黄砂が街を覆うように、知らぬ間に僕の心は塵1粒に至るまで和佳奈に埋め尽くされていた。良心は千洋の名を呼ぶ。混沌とはまさにこのことだった。僕はベッドを出て、ソファに座り、虚空を「睨んだ」。窓に静かに雨が打ちつけていた。明日もきっと雨なのだろう。


 屋根に叩きつける激しい雨の音で千洋は目が覚めた。まだアラームが鳴るまで30分ほどある。もう少し眠れるかもしれないが、今寝てしまうと間違いなく寝坊する。今日みたいな日に寝坊はできない。千洋はベッドから出て、テレビをつけた。天気予報を観ると、今日は1日中雨のようだ。こんな日に頑張って髪をセットして、化粧してもどうせすぐ崩れてしまう。しかし、こんな日こそ頑張って身支度するというのが大切だと雑誌で読んだ。中途半端な自分を涼介に見せる訳にはいかなかった。

 駅には11時に集合予定だった。5分早く着いてしまった。まだ涼介は来ていないようだ。涼介の家は駅のすぐ近くだから、おそらくギリギリに家を出て時間ぴったりにここに来るだろう。しかし、5分経っても、10分経っても涼介は現れなかった。何度電話しても繋がらない。LINEの画面に応答なしという言葉だけが並んでいった。雨はさらに激しくなっていった。雨は屋根を無視して平気で吹き込んできた。千洋はだんだんどうしていいかわからなくなってきた。千洋はとりあえず博美に電話をかけることにした。博美は千洋と高校時代からの親友で口は悪いが、姉御肌で、何か問題が発生した時に1番頼りになる存在だった。

「何、どうしたの?私、夜勤明けなんだけど」

博美の声は夜勤明け独特のハスキーボイスになっていた。電話の声から察するに、昨夜は結構忙しかったのだろう。

「涼介が、涼介が、駅に来ない」

千洋の声は震えていた。

「は?待ち合わせに来ないってこと?それは私じゃなくて、涼介くんに電話しなさいよ」

「何度もしたよ・・・。でも、電話にも出ない。LINEの既読もつかないし・・・。警察に捜索願とか出した方がいいのかな」

「バカ言うんじゃないよ。とりあえず、今からそっち行くから。待ってて」

博美はすぐに車で駆けつけてくれた。

「とりあえず乗りな」

せっかくオシャレしたのに、スカートの裾が雨で濡れてしまった。

「化粧もボロボロじゃない。まさか、私が来るまでの間、雨の中泣いてたんじゃないでしょうね?」

千洋は鼻をすすった。

「まったく」

博美はタオルを千洋に渡した。ちゃんとタオルを用意してくれていたのだから博美は優しい。

「ごめん、夜勤明けなのに」

「いいよ別に。困ってる時はお互い様だから。ところで、どこにいるとか検討はついてるの?」

「何も・・・」

博美はため息をついた。

「まったく。あのさ、千洋、涼介くんの彼女でしょ?だったら行動パターンくらい把握しておきなさいよ」

なるほど、これが長続きの秘訣なのだろうか。こんな博美にも5、6年付き合っている彼氏がいる。長続きには軽い束縛が必要なのだろうか。そうすると、私は甘すぎた?と千洋は思った。

「とりあえず、家行ってみる?」

涼介のアパートの前に車を停めて、インターホンを押してみた。思った通り返事はなかった。

「部屋行ってみよう」

博美は千洋にカバンから合鍵を出させると、先頭切ってアパートの中に入った。

「203号室だよ」

千洋は恐る恐る後ろからついて行くしかなかった。階段を上がって、203号室の前に着いた。

「開けるよ」

博美がそっと鍵を回した。いつもなら何も感じないガチャンという音が、今だけは妙に重々しく聞こえた。

 部屋は寒かった。誰かがいるような暖かさがない。飲みかけの蕎麦茶が冷めていた。

「出かけたことは出かけたみたいね」

博美は部屋の中を見回して、綺麗に整理された本棚を飛び出して1枚だけ乱雑に机に置かれたCDを見つけた。

「ねえ、こんなに綺麗にCD並んでるのに何でこれだけここにあるの?これって千洋があげたの?」

「何でだろ?涼介って綺麗好きだからこんなことする人じゃないのに。しかも大切なCDなら余計に。GOOD ON THE REEL、聴いたことないバンドだね」

『6番線の箱舟』と言う名のCDを博美は机の上に置いた。

「ねえ、変なこと聞いていい?涼介くんから昔の話って聞いたことある?」

「昔の話って?過去の彼女ってこと?」

「そう」

「聞いたことない」

「私は涼介くんのことほとんど知らないから何とも言えないけど、男が何か衝動的に動く時って大抵の場合、女が絡んでるものよ」

「そうなの?」

「そうよ。あんたはもっと男のこと勉強しなきゃだめね」

涼介の行方に関してほとんど情報を得られないまま2人は車に戻った。

「手がかりなかったね。せっかくだし、このままどこかでランチしようか。久しぶりに会ったし」

「いいの博美?夜勤明けで疲れてるはずなのに」

「眠気は飛んじゃったし、いいよ。そうだ、うちの近くに新しくできたカフェ行ってみない?」

博美は車を出した。光る雨つぶに千洋はやっと手に入れた涼介との出逢いのあっけない終了と化粧の崩れてボロボロの顔になった自分を見ていた。

 カフェに着くと、博美はまず千洋をトイレに行かせ、化粧を直させた。博美とのランチはいつどのような状況で行ったとしても楽しい。博美が教えてくれた新しいカフェは雰囲気が良く、料理もおいしかった。博美は少し前から同棲を始め、次の記念日にもしかしたらプロポーズされるかもしれないと話した。それが羨ましくもあり、同時に焦る気持ちもあった。涼介・・・。

店を出ても雨は降り続けていた。

「よく降るね。私、夜勤明けに快晴なのが好きなのに」

雨の中、店から車まで走って、急いで乗り込むと、

「千洋の家の周りって一方通行多いんだね。1回駅の方に出てから家に行った方が賢いかな」

と言って、先ほど来た道を戻ろうと博美が駅方面へハンドルを切った。駅を横目に見ながら通過していた、その時だった。向こうから見覚えのある黒い服を着た男がこちらに歩いてくるではないか。

「あ!涼介!停めて!停めて!」

千洋の指差す方向を見ると、さすがの博美も驚きを隠せなかった。千洋は窓から顔を出し、

「りょうすけー!」

と叫んだ。涼介は見つかってしまったという顔をした。博美が車を立ちすくんでいる涼介の隣につけると同時に、千洋がドス黒い雨が降る中、車から飛び出した。

「もう、どこ行ってたの!」

せっかく直した化粧が雨と涙とともに流れていった。傘をさす心の余裕はなかった。博美は車の窓を開け、

「ちょっと涼介くん!千洋がどんだけ心配したと思ってるの!まったく、もっと千洋のこと考えなさい!」

そう叫んだかと思うと、そのまま車を出した。博美の赤い車が雨と車の群れに紛れて見えなくなった。


 こういう気持ちは、しくったと表現するのが正しいのだろうか。僕はたしか、和佳奈に会いに行こうと思って駅に行こうと家を出たはずだった。えーと、それから、何してたっけ?

 千洋が僕の胸に顔を埋めて泣き叫んでいる。あれ、おかしい。その波動で僕の心に築かれていた石の壁がゆっくりと崩れていく・・・。やっと過去の呪縛から解放され、素直になれそうな気がした。

「千洋、千洋、僕が悪かった。ごめん、好きだよ」

千洋はうんうんと頷いて、ゆっくりと僕のことを見つめると、そっとキスしてきた。千洋からキスされるのは初めての経験だった。

 2人は歩き出せた。胸のつかえもなくなり、僕はやっと心から千洋を好きだと思えるようになった。駅に先ほどはなかった人だかりができていた。駅に置かれたストリートピアノで誰かが演奏しているようだ。YouTubeで人気のピアニストらしいが、千洋も僕も名前さえ知らなかった。何曲か演奏が終わると、聴いたことのある暗くて重苦しいピアノの旋律が聴こえてきた。『FOREVER MINE』。達郎らしくない曲だと思って覚えていた。ピアノが奏でる旋律とともに歌詞が自然と脳裏に蘇った。この曲を横に千洋がいる状況で聴いていてふと思う。和佳奈を想っていた時間を運命と思っていたが、千洋に想われる今の時間こそが運命なのだ、と。雨が上がった。

(ペトリコール)。

「ペトリコール」という言葉を使いたくて書き始めたら、こんなもの出来上がりました。

本作は群青カオル流の純愛ラブストーリーです。そして、今の自分を反映させた作品でもあります。

そういうこともあってか、自分の作品を初めて好きになりました。


【今作のテーマ曲】

『テキーラを飲みほして』(中島みゆき 1983年『予感』)

『水中都市』(GOOD ON THE REEL 2014年『6番線の箱舟』)

『終楽章』(竹内まりや 2007年『Denim』)

『FOREVER MINE』(山下達郎 2005年『SONORITE』)


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