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第10話:悪役令嬢はひとときの幸せを得る


 不意に止まった手の動きを怪訝に思い、そっとアシュレイを伺えば彼は小さく船をこいでいた。


 カインの言動に悩まされ、昨晩は眠れなかったのだろうと察し、私は苦笑しながらそっと身体を起こす。

 あわせて傾いた彼の体をそっと抱き寄せ横たえると、逞しい腕が私の身体に優しく絡みついた。


「ギーザ……」


 無駄に甘い声で名を呼ばれ、ついドキッとしてしまう。

 でも私の反応などつゆ知らず、彼は気持ちよさそうな寝息をこぼしていた。


「ちょっと油断しすぎじゃない?」


 セシリアの奇襲にはあれほど素早く反応していた癖に、私が触ってもアシュレイは起きない。

 それどころか猫のようにすり寄ってきて、それが何だか愛らしくて、つい私の方も身を寄せてしまう。


 そうしていると、彼と二人で病院のベッドで眠った頃の事を思い出す。

 前世のアシュレイはお金とコネがあり、それを駆使して手に入れた特別室で私達は最後の時を一緒に過ごした。


 一緒にゲームをしたり、ピクシブを眺めたり、通販で買った薄い本を読むとき、私達はいつも同じベッドの上にいた。

 私が眠ると彼は離れてしまうけれど、彼が先に寝たときはこうしてこっそりとくっついたものだ。

 そうすると彼が無意識に身を寄せてくれるのが嬉しくて、どんなに眠くても私は彼が寝るのを待った。


「寝顔、あんまり変わらないな」


 元々アシュレイに似ていたイケメンだったからか、彼の寝顔は変わらない。

 目を閉じていていると際立つ整った面立ちも、そこに浮かぶ子供っぽい寝顔も昔のままだ。


 私の大好きな、夫の寝顔がいまもそこにある事が嬉しくて、同時に切ない。


「ねえ、なんでよりにもよってアシュレイに転生しちゃったの?」


 小声で尋ねながら、アシュレイの頬にそっと指を乗せる。


 彼じゃなかったら、もう一度恋人同士になれたかも知れないのに。

 彼じゃなかったら、今度こそ「あなたが好きです」と告白できたのに。


 そんなことを思いながら、私はそっと彼の頬を撫でる。

 途端に頬が緩み、情けない笑顔がこぼれるのも前世のままだ。


 見ていたら辛くなると分かっていたのに、私はいつまでも彼の寝顔から目を離すことが出来なかった。

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