第六話「協力者」
自分で行う選択と、こうして表示される選択肢。
どちらも選ぶのは私自身だが、決定的に違うところがある。
選択肢は神々が用意した分岐点。
つまり、私が考えもしない道であることが多い。
今回の選択肢もそうだ。
オズワルドに協力を求めるなんて、思いつくことさえなかった。
お姉様のためにいつかは協力してもらわなければならないが、今のどうしようもないこいつに協力を頼んだところで意味はない。
そうと決めつけていた。
(いや、待てよ)
例えどんなくだらない内容だったとしても、選択肢である以上は選ばなければならない。
私は表示された透明な板をまじまじと見ながら、オズワルドに協力してもらうことによる効果を考えた。
今のオズワルドにできる協力……。
一緒にお姉様を監視……なんてことは頼めない。
私が勉強に参加しているかのように振る舞ってもらう、くらいだろうか。
勉強会は家庭教師とオズワルドの三人で行っている。
そして、家庭教師はこいつに逆らえない。
……あれ。
意外といけるのでは?
「どうしたソフィーナ。そんなにまじまじと僕のことを見つめて」
選択肢の向こう側にいるオズワルドが、少しだけ頬を赤くさせる。
この透明な板は私にしか見えないので、オズワルドの視点では私が彼を見つめているように思えたのだろう。
「分かった! 僕があまりに格好良いから見蕩れているんだな!」
「……あ、はい。ソウデス」
血筋がそうさせるのか、王族はみな容姿に恵まれている。
オズワルドも例外ではない。
白い肌に大きな瞳、整った鼻梁。少し癖のある金髪。
顔だけは兄アレックスと同等レベルだ。
顔以外は雲泥の差だが。
「家に帰るならこの馬車で送ってやろう! 僕に感謝するんだな!」
オズワルドは私の手をしっかりと握り、馬車の中へと引っ張った。
脇道に逸れた思考を元に戻し、私は選択肢を選んだ。
(――ものは試しだ)
『オズワルドに協力を要請しますか?』
→はい
いいえ
「ここに座るんだ! 王族専用馬車の座り心地は最高――」
「ねぇ、オズワルド様ぁ」
「はふっ」
オズワルドの真横に座ると同時に、私はオズワルドにしなだれかかった。
自分でも鳥肌が立つような猫撫で声だが、オズワルドに対して効果は抜群だった。
「折り入ってお願いしたいことがあるんですけど……聞いてくれますかぁ?」
▼
「勉強会に参加しているフリをしてほしい……?」
細かい事情を全て省き、簡潔にして欲しいことだけを告げる。
内容は理解してくれたようだが、返事は私が期待していたモノとは違っていた。
「嫌だ!」
「は?」
思わず素の返事と表情になってしまう。
オイ選択肢、話が違うじゃないか。
「参加するフリをするということは、ソフィーナは来ないということだろう?」
「そうですね」
「なら嫌だ! 会う時間が減るじゃないか!」
……まさかそんな乙女な理由で断られるとは。
つい先日まで私のことを嫌っていたくせに。
こめかみをグリグリしたくなる欲求を抑えつつ、私は努めて可愛い声を作った。
「今だけ。今だけでいいんですぅ」
「嫌だ!」
「ご迷惑はかけません」
「嫌! だ!」
「……」
イヤイヤ状態になってしまった。
一度こうなってしまうと、言うことを聞かせるのは至難の業となる。
(……仕方ない、秘策を使うか)
伊達に何年もこいつを籠絡してきていない。
どういう状態のオズワルドだろうと、言うことを聞かせる術は心得ている。
「オズワルド様。ぎゅー」
「……ぁふ」
腕を組んでそっぽを向いたまま固まるオズワルドに、私は両手を広げた。
彼の頭を胸に引き寄せ、さらさらした金髪を撫でてやると、強ばっていた肩があっさりと緩む。
そのまま子供に言い聞かせるように――実際、子供だが――、普段よりもゆっくりと語りかける。
「オズワルド様に会えないことは……私にとっても、とても辛いです」
「なら、フリではなく参加すればいいじゃないか!」
「できればそうしたいのですが……できない理由があるんです」
「それは何だ!?」
「すみません。詳細はまだお話できません」
話さない、ではなく、まだ話せない。
話を先送りにして、この場ではとりあえず納得してもらう作戦だ。
身体を密着させた時点で既に勝負はついていると思うが、念のため。
「お話できるようになればすぐにお話します。だから今は――」
「ダメだ!」
――あれ?
対オズワルド用の猫撫で声、抱きしめからの頭なでなで。
すべてを総動員しているのに、オズワルドは首を縦に振らない。
(――って、そうか)
私が相手をしていたオズワルドは、今よりももっと大人の状態だ。
成人後のオズワルドになら通じる作戦だったが、子供のオズワルドには通じない――ということだろう。
成長しても変化がないので同じやり方でいけると思っていたが……変わっている部分もあるんだな。
妙なところに感心しながら、私は慌てず、次の作戦に移行する。
「これはイグマリート家の家訓に関わるものなんです」
貴族には独特の家訓があることが多い。
中には眉をひそめるような内容のものもあり、それは家族以外には秘匿する風習があった。
私の家は至極真っ当な家訓――子供が研鑽を積む機会を奪わないこと――だが、オズワルドはそれを知らない。
話の分かる相手なら、相手の事情を鑑みてこれで引き下がってくれる。
「僕は王族だぞ! 僕より優先することなんてないだろう!?」
オズワルドは話の分かる相手ではなかった。
目に涙まで浮かべ、地団駄を踏み始める。
「……」
誘拐の時に十分思い知ったはずだが、私は改めて頭を抱えた。
まさか――ここまで話が通じないとは。
いい加減イライラしてきたが、ここでブチ切れる訳にもいかない。
……いや、どうせ戻るつもりなんだからそれでもいいのか?
溜まりに溜まった鬱憤を晴らすいい機会かもしれない――なんて、危ない方向に思考が寄り始める。
やや拳を強めに握りながら、私は別の提案をした。
「でしたら、お願いを聞いてくれたら何でも言うことを聞きます」
「……なんでも?」
オズワルドの涙がぴたりと止まる。
馬車の中なのに窮屈さを感じさせない広々とした床で地団駄を踏んでいた身体を跳ね起きさせ、私の両手を握り締めた。
「本当になんでも聞くか?」
「はい。女に二言はありません」
「言ったな? 確かに聞いたぞ? 後から無理って言っても聞かないからな?」
「大丈夫です。どんなことでもどんとこい! です」
「……わかった。婚約者のため、一肌脱いでやろう!」
ぬふふ……と笑うオズワルド。
一体何をさせるつもりなのだろう。
藪蛇になりそうなので、あえて私は聞かなかった。
「それでは明日からよろしくお願いします。送っていただいてありがとうございます」
「うむ! 大船に乗ったつもりで僕に任せろ!」
本当に安心できるかは未知数だが、これが上手くいけばずっとお姉様に張り付いていられる。
もし駄目だったら、元々の作戦に戻せばいい。
まだ解決の糸口すら掴めていない状態だが……少しずつ、前に進めている。
歩みを止めさえしなければ、必ず活路は開ける。
(待っていてくださいね、お姉様)




