第四十六話「それどころじゃない」
真っ暗だ。
足裏から地面に触れている感覚もなく、まるで水中を漂っているような感覚。
だけど息苦しいという訳ではない。
空を飛ぶ魔法でも使っているような状態。
すぐにそれが何なのかを悟る。
ああ、ここは夢の中だな。
たまにこういう夢を見ることがある。
ここに来ると過去にも見たことを思い出すが、起きると見ていたこと自体を忘れてしまう。
(ループを発動したときみたいだな)
ループをすると、ほんの一瞬、白い空間を通る。
周辺が白か黒かの違いはあるものの、なんとなく漂っている雰囲気が似ている。
全方位すべてが真っ暗な訳だが、不思議と不安感はない。
(ん?)
ふと、音が鳴ったような気がして、私は振り返った。
真っ暗な空間が広がっている中、一点の光が見えた。
光というか、「白」だ。
周囲が暗いから相対的に光っているように見えるだけの白。
(こんなことは初めてだな)
白に興味を持った私は、それに近付く。
夢の中は体が動かしにくいと言われたりしているが、ことこの空間に限りそんなことはない。
泳ぐ要領で足を動かせば、思った通りに動いてくれる。
白は、窓のようになっていた。
その先に何があるのかと覗き込む。
白の向こう側は、部屋の中らしきものが見えた。
らしきもの……と表現したのは、私が見てきた建築様式とは全く異なっていたからだ。
茶色い床と、真四角の窓。そして白い壁に囲まれている天井の低い部屋。
平民の住居を思わせる狭さだが――その実、使われているものは全く未知の素材ばかり。
陽光よりも明るい照明も。
窓ガラスの透明度も。
巧妙に木を模した床も。
天井付近に取り付けられた長方形の白い箱も、おそらく何かの用途があるのだろう。
この世界にはないものばかりで、どの国の王族であっても真似できない技術の粋がこの小さな部屋に詰まっているのだろうと予見できた。
――神々の世界。
以前はすべてが白だったが、今回は色が付いて解像度が上がっている。
たくさんの管が絡まった机の前で、一人の女性が顔を突っ伏していた。
どうやら先ほど聞こえた音は、彼女から発せられたものらしい。
「……!」
何かをぶつぶつと言っているが、内容までは聞き取れない。
ただ、怒っていることは雰囲気で理解できた。
「……! ……!」
一体、何を見せられているのだろう。
首を傾げていると、ごにょごにょと文句らしきものを垂れている女性の口から、聞き慣れた名前が飛び出した。
「………………レイラ」
(え?)
聞き間違いじゃない。
今、確かにお姉様の名前を口にした。
「……! ……!」
何かのヒントを誰かが与えようとしてくれているのか。
さらに耳を澄ましてみるが、それ以上は何も聞こえない。
やがて急速に「白」が遠ざかっていく。
目覚めの時が近いと直感した。
(待って! もう少――)
▼ ▼ ▼
「んあ……」
鳥のさえずりに耳を刺激され、意識が引き戻される。
布団よりも温かい何かが私の体を包んでいる。
ひょい、と顔を上げると、ノーラの顔がそこにあった。
「……寝てしまったのか」
作戦会議中、凹んでいたところをノーラに慰めてもらった。
いつもより強めに凹んでいたこともあり、長めに慰めてもらっていたが……どうやら、いつの間にか二人とも寝てしまっていたようだ。
夢を見ていたような気がするが、内容までは思い出せない。
「まだ作戦会議の途中だったんだけどな」
お姉様とセラの様子を話しただけで、これからのことを何も話していない。
不安要素はまだまだ多い。
お姉様は魔法科でうまくやって行けるのかとか、大幅なルート変更によるシナリオへの影響をどう考えるかとか。
その辺りに時間を割こうと思っていたのに。
「……まあ、今日も来てもらえばいいだけか」
専属使用人として家に居て貰っているメリットが、はっきりと活きている実感があった。
「すいー」
規則正しい寝息を立てるノーラ。
こうして寝顔を見るのは初めてだ。
ノーラが病みそうになったとき、逆の立場で慰めたことがあった。
あの時は私より後に寝て、先に起きていたので寝顔は見れていない。
「寝顔も可愛いとか反則だろ」
使用人用の寝間着と、セットしておらず乱れた髪。
可愛い要素は皆無なのに、やはりどこか品のようなものを感じる。
恐ろしいのが、この状態でまだ成長途中ということ。
成人した頃にはもっと衆目を集める容姿になるだろう。
美貌に関してお姉様が一目置く理由もよく分かるというものだ。
ふと、ノーラを連れて歩く自分の姿を思い浮かべる。
顔の作りは美形の母を受け継いでいるため、容姿に関してはそれほど後ろ向きには捉えていない。
しかし、それでもノーラと比べると平凡と言わざるを得ない。
美貌の使用人を引き連れた平凡な貴族。
学園の、そういう話が好きな連中からは格好の餌食になりそうな未来が思い浮かんだ。
「……まあ、いいか」
お姉様に迷惑がいくなら考えものだが、私が何か言われる程度なら何も気にしない。
そんなことを考えながら、そろそろ起きようとノーラの体を揺する。
「ほらノーラ。朝――」
同時に、部屋の扉がノックされた。
「ソフィーナ。起きてる?」
▼
「お姉様!? どうしたんですか」
飛び起きて返事をする。
ベッドにはノーラ。
今、入って来られるとまずい。
入学式で少しノーラを見直していたお姉様だったが、こんな場面を見られたら――
『使用人がソフィーナと同じベッドで寝るなんてありえないわ!』
また以前の状態に戻ってしまう。
それは良くない!
「ノーラ、起きろ!」
小声で叫ぶという矛盾する声でノーラを起こす。
「うん……? あれ、ごめん寝ちゃってた」
寝起き特有のむにゅむにゅもなしに、ぱちりと目を開くノーラ。
寝起きは良い方とは聞いていたが、本当らしい。
「緊急事態だ! お姉様が来てる!」
「え!? かかか隠れないと!」
慌てて机の下に潜るノーラだったが、ベッドから回り込めばいとも簡単に発見されてしまう。
「そこはダメだ。すぐにバレる」
人一人が完全に隠れられる場所は箪笥の中か、ベッドの下しかない。
物をあまり置いていないことが裏目に出てしまっていた。
あたふたするノーラと私を余所に、ドアノブがガチャガチャと上下した。
「ソフィーナ? 開けて?」
「はい、すぐに!」
お姉様に返事をしつつ、ノーラの手を掴んだ。
「こっちだ!」
その瞬間、どこからともなく無機質な声がした。
『セーブポイントが更新されました』
「やかましい!」
今それどころじゃないんだ!
ノーラを隠し、何食わぬ顔で入口の鍵を開いた。
「おはようございますお姉様。どうかされたんですか? こんな朝早くに」
「おはよう。少し気になることがあって」
「気になること?」
寝間着姿のお姉様。
いつもの優しい表情ではあったが、どこか疑惑を向けられている気分だった。
「昨日の夜、何をしていたの?」




