第四十五話「モブの出番」
「さてと、準備するか」
自室に戻り、ぽつりと独りごちる。
夜もとっぷりと更けた時間に何を準備するのか。
それはもちろん、作戦会議だ。
今日は満月のようで、カーテンを開くと月明かりが窓から差し込んでいた。
これなら手元を照らすランプは必要なさそうだ。
勉強机からノートを取り出し、窓際を背にして入り口の扉をじっと見つめる。
十分ほど待っていると、扉がそっと開いた。
入ってきたのはもちろんノーラだ。
「ごめんね。待たせちゃった?」
「いいや。さっきまで両親と話してたから」
「ふふ。仲いいね~」
私と両親が話をしていると、彼女はいつも優しく笑う。
私が前世の自分と同じ轍を踏まなかったことが嬉しいんだろう。
他人の幸せを嫉妬するのではなく、自分事のように喜べるところは素直に真似したい。
「誰にも見られてないか?」
「ばっちり。途中で見回りの人と鉢合わせしそうだったけど、うまくやり過ごせたよ。まさか前世で見たメタ○ギアの実況プレイを実演することになるなんてね」
メ○ルギアが何なのかよく分からない――たぶん神の世界で使われている用語だろう――が、とりあえず見つからなくてよかった。
私の専属なので言い訳はいくらでもできるが、あまり素行の悪い素振りは見せたくない。
「今日は作戦と言うより総括だね」
「そうだな」
――ノーラが隣にいれば、どこでだって作戦が立てられる
以前言った通り、ノーラがいればどこであろうとお姉様を救うための作戦基地となる。
石橋の下、自室の中、庭の東屋。
それがたとえ昼であっても、夜であっても。
私がノーラの使用人部屋に行ってもよかったが、あの建物は壁が薄い。
話が丸聞こえという程ではないが、話をしていることは周囲に分かってしまう。
使用人部屋を使うなら、皆が働いている昼のほうがいいだろう。
「それじゃ、始めるか」
▼
入学式イベントから一週間以上が経過した。
お姉様の様子は変化なし。どころか、同い年の友人ができたことで喜んでいる。
「成功したように見えて実は失敗」なんて悪辣なイベントを何度か経験したので、クリア後はしばらく様子を見ることが常となっているが、おそらく今までで一番、状態は良いと言える。
Aルートでは「お姉様が死なないように」という点に主眼を置いていた。
今もそれは変わっていないが、クリアの過程で「現段階よりプラスの状態になれている」。
トゥルーエンドに進んでいる効果か、あるいはオズワルドというストレスの塊を遠ざけているからか。
それとも……。
「ソフィーナ? どうしたの?」
「何でもない。ひとまず今回のイベントはクリアと言っていいだろ」
「うんっ。丸く収まって良かったね」
イベントクリアの方向性として、今回のルートは間違っていない……はずだ。
フィンランディ家との確執は深まったが、あの家は元々ああいう態度だったのでさほどシナリオに影響は無いはず。
それでも失敗と言える要因を無理矢理ひねり出すとすれば、セラだ。
今回のイベントでセラの心に傷が生じたことは間違いない。
体とは違い、心の傷は治らない。
「セラの様子はどうだ?」
「生活がガラッと変わっちゃったけど、それも含めてけっこう楽しんでるみたいだよ。皆と打ち解けるのはちょっと時間かかりそうだけど……そこは私がフォローするから心配しないで」
ぽむ、と自分の胸を叩くノーラ。
仕草こそ頼りなさそうだが、その実、誰よりも頼れることはよく理解している。
「ずっと助けられっぱなしだな」
フィンランディ家への潜入、そして入学式での両親を呼ぶ機転の効かせ方。
私一人でやっていてもいずれは辿り着けただろうが、あと百回はループが必要だっただろう。
事実、ノーラが仲間になってからループの回数は極端に減っている。
本当に優秀で頼れる相棒だ。
本当に……。
「もっと頼ってもいいんだよ? 私はソフィーナの相棒なんだから」
ふん、と得意げに鼻を鳴らすノーラ。
「……そうだな」
「? どうしたの」
私の微妙な声の変化を感じ取ったのか、ノーラが顔を覗き込んでくる。
「なあノーラ。提案なんだが」
「なに?」
「私の代わりにならないか?」
▼
私の提案に、ノーラはきょとんとした目をしていた。
「代わり……って、どういう意味?」
「イベントの主導権をノーラが持たないかって意味だ」
現状、イベントの進行は私が主導している。
どんなルートを進むのか、どんなイベントを起こすのか、あるいは起こさないのか。
そして、どんな選択肢を選ぶのかも。
私が主で、ノーラが副。
この関係を逆転させてはどうだろうか。
選択肢の選択権は譲渡できないが、私が文章を読み、選ぶ先はノーラに決めてもらう。
もちろん、ループのタイミングも彼女に決めてもらう。
「なんでそんなこと言うの?」
「ノーラが先導した方がクリアが早いと思ったんだ」
フィンランディ家の選択肢を感情的な判断で間違え続けた。
そして入学式。私はほとんど介入することなく終わった。
以前からうすうす感じていたが、今回のイベントで確信した。
ノーラは私の補佐に収まる程度の器じゃない。
彼女がこの世界に降りてきたのは偶然らしいが、私はそうは思わない。
ヒロインたる人格と能力を有していたから、降りるべくして降りてきた。
彼女が活躍するはずの舞台の上に、いつまでも私が居座っている。
これでは進む物語も進まない。
「私の出番は終わりにして、裏方に回った方が――っ」
ノーラが私の頬に手を当てた。
ひんやりとした感覚の奥に、暖かな体温を感じる。
その手を、真横にするりと滑らせる。
「……なに、今のは?」
「ビンタ」
「ビンタ?」
「うん。勢い付けたら痛いから」
今のはビンタだったらしい。
別に痛みは感じなかったが、なんとなくノーラが触れた頬に手を当てる。
「ソフィーナ。ずっと、ずーーーっと言ってるけど自己肯定感低すぎ! 自分はすごいんだって自覚持ってよ!」
「でも」
「でももだってもヘチマもないよ!」
ぐい! と前のめりに迫るノーラ。
距離を空けようと後ろに下がるが、ほんの数センチ後ろに下がっただけで窓枠に後頭部がぶつかる。
左右に逃げようとするが、ノーラの両腕がドン! と立てられ、あっさりと退路が塞がれてしまう。
月明かりに照らされ、ノーラの整った顔が視界いっぱいに迫る。
「ノーラ、怒ってるのか?」
「うん。すっごく」
「なんでだよ。私とお前、比べればどちらが優秀かは明白だろ」
掃除もまともにできない奴が主導権をいつまでも握っているなんて、おかしな話だ。
「ソフィーナの言う優秀って何?」
「記憶力が良くて、知識をたくさん持っていて、機転が利いて、判断を間違えなくて……」
「それはソフィーナも持ってるじゃない」
「私は違う」
私がやっているのはたくさんの失敗を積み上げて、消去法で正解を判断するやり方だ。
失敗して、失敗して、失敗して――そのあとようやく正解に辿り着ける。
ノーラはそれらの過程を飛ばして正解だけを選べる。
「今回はたまたま。たまたまうまく行っただけ。それだけで私を過大評価しないでよ」
「けどノーラが手伝うようになってから、ループの回数は激減してる」
これは紛れもない事実だ。
もし最初からループ能力と選択肢能力を持っているのがノーラだったら。
もうとっくにトゥルーエンドに辿り着けているだろう。
「それは私一人の力じゃない。ソフィーナが居てくれたからだよ」
「私が何かしたか?」
選択肢を間違え、感情的に怒り、足を引っ張った記憶しかない。
ノーラは、ふっ、と腕の力を弱め、私の額に自分の額を当てた。
「同じ境遇を共有する仲間がいる。一人じゃない。それだけですごく心強いんだよ」
「――っ」
ノーラの言葉で、はっ、と我に返る。
それは私自身が繰り返し思ってきたことだった。
――同じ視座でイベント攻略をする仲間が居る。
たとえノーラが優秀でなかったとしても、
たったそれだけのことで、とても心強くて、頼もしいと感じた。
ノーラの腕が肩に触れた。
するりと手を滑らせ、そっと、優しく、壊れ物を扱うように、私を抱きしめてくれる。
「私がフィンランディ家で……その、『詰んだ』後、こうして慰めてくれたよね?」
死、という単語を使いたくないのか、ノーラは言葉を濁した。
「ああ」
「ソフィーナが抱きしめてくれなかったら、たぶん私、今も病んでたよ。下手したらそのまま立ち直れなかったかも」
「……そんなことは」
「ある。それくらい怖い出来事だったもん。こうして普通にしていられるのは、ソフィーナのおかげなの」
ノーラは死の恐怖から一日で回復していた。
本人の心が強いからだとばかり思っていたが……私の存在が一助になっていたらしい。
「私はソフィーナにないものを持ってる。けど、ソフィーナも私にないものをたくさん持ってるんだよ。どっちが優れてるとかの話じゃない。適性が違うだけ」
きゅ……と、控えめにノーラが力を込める。
「弱音も愚痴も、いくらでも吐いてもいい。だけど、自信を失わないで。レイラを幸せにできるのはソフィーナだけなんだよ」
「――」
ゆっくりと腕を動かし。
ノーラの背中に手を伸ばす。
彼女と同じくらいの力で、抱きしめ返す。
……暖かい。
体温だけじゃない。
心が、暖かくなる。
「ごめん。勝手に自信喪失して、お前に押しつけようとしてた」
本人は謙遜しているが、ノーラは本当に優秀だ。
彼女のおかげでシナリオは円滑に進むようになったが、その優秀さによって忘れていた私の出来損ないぶりが浮き彫りになった。
その結果、勝手な自己嫌悪に陥った。
……仲間に嫉妬心を抱くなんて、馬鹿か私は。
「分かってくれたならいいよ……あれ?」
腕を解いて離れようとするノーラを、力を強めて逃がさないようにする。
ついでに首筋に顔を埋め、彼女の方から顔が見えないようにする。
「もう少しだけ、こうしててくれ」
「――ふふ。いいよ。いくらでも付き合うから」
ノーラの体温に触れていると心が安らぐ。
お姉様とはまた別種の、なんとも言えない安心感だ。
「ソフィーナもデレ期だね。カッコいいと可愛いの切り替えもいいけれど、そっちのギャップもまた萌え――」
「やかましい」
「!? ソフィーナ! 力強い! 背骨が折れちゃう!」
照れ隠しで力を強めると、ノーラは口から泡を吹いた。




