第四十四話「ルームツアー」
あっという間に一週間が経過した。
その間、私たちは何事もなく日々を過ごしていた。
離れの掃除も終わったので、お姉様を初めて中に招いた。
「それでは、これからお姉様の研究棟ルームツアーを行います」
「ふふ。案内よろしくね」
私が大仰にそう言うと、お姉様はくすっと微笑んだ。
ルームツアー参加者はお姉様だけじゃない。すぐ後ろにはセラも控えている。
まだ立場的には客人のはずだが、既に立ち位置が使用人のそれになっていた。
「はい。ではこちらへどうぞ」
私が目配せをすると、離れの前で待機していたノーラが扉を開いてくれる。
掃除中はギギギッと耳障りな音を立てていたが、蝶番に油を差したおかげで引っかかりもなくするりと開いてくれる。
油を差してくれたのはノーラだ。
「わぁ……」
中に足を踏み入れるなり、お姉様は声を弾ませた。
「小さい頃から外観は見ていたけれど、中はこんな風になっていたのね」
「古いですけど、造りはしっかりしてますよ」
石造りの壁をぺちぺちと叩きながら、頑丈さをアピールする。
私が使用していた頃も、うっかり魔法で建物にダメージを与えても易々と壊れはしなかった。
お姉様にそれがそのまま適応できるかはかなり疑問だが……それでも本家の部屋よりは余程安全だろう。
「ここは広いのでメインの作業場にするといいかと思います」
離れの構造は単純で、たった二部屋しかない。
私はそれらを大部屋と小部屋と呼称していた。
「そっちの部屋は小さいですが音が響きにくいので、ベッドを置いて仮眠室に適してます」
「みんなでお菓子を持ち寄ってお茶会とかもできそうね。ここに常備もできそうだし」
「あー……食べ物は持ち込まない方がいいですよ。今はそうでもないですが、夏になるとけっこう虫が入って来ますから」
周囲を木々に囲まれている関係上、どうしても家より虫の出現率が高くなる。
一時期はここで食事を摂っていたこともあるが、虫問題により断念した過去を思い出す。
「……ここでのお茶会はやめておくわ」
その様子を想像したのか、お姉様が顔を青ざめさせる。
「その方がいいですね――そうそう。ここ、地下室があるんですよ」
「地下室?」
「見てください」
壁に打ち付けられた本棚を押すと、その一部が前に浮き上がる。
床との接地面に施された滑る仕掛けが作動し、横に引っ張ると扉のようにズレていく。
その先に見えるのは剥き出しの岩肌と、地下に通じる階段だ。
「……すご」
「足下、気を付けてください。あと七段目だけ天井が低くなっているので頭をぶつけないように」
「ソフィーナ、詳しいわね」
「はい。掃除のときに隅々まで見て回りましたから」
地下室への扉を開くと、大部屋と小部屋の中間くらいの広さの部屋が現れる。
私は作戦会議室とか呼んでいたが、もうその呼称は意味を成さない。
さしずめ中部屋とでも呼称すべきか。
「ここは何に使えばいいかしら」
「情報漏洩させたくないものを保管したり、とかですかね。隠し扉に開閉が分かる仕掛けをしておけば誰が開いたかも分かりやすくなります。あとはそうですね……考え事に耽ったりもできますよ。完全無音なので集中しやすいです」
地下なので湿気対策が必要だが、水魔法の使い手であるお姉様なら心配はないだろう。
「ソフィーナ。離れの中に入ったのは掃除の時が初めて?」
「そうですが。どうしてそんなことを聞くんです?」
「まるで実際に使っていたみたいに言うから、入ったことがあるのかと思って」
ぶっ、と吹き出しかけたところを気合いで押さえ込む。
「……私ならそう使うかなって想像しただけですよ」
「夏に虫が入りやすいことはどうして知ってたの? 今は春だけど」
「…………庭師のオットーさんがそんなことを言っていました」
初老の庭師を引き合いに出す。
彼は既に引退しているので、情報の確認は不可能だ。
「そういえばあの人、ソフィーナのこと可愛がってたわね」
「はい。掃除をしていたら、ふと思い出しまして」
「なるほど」
納得してくれたのか、お姉様は私から視線を外した。
こっそりと胸を撫で下ろす。
……探偵の追求から逃れる犯人はこういう気分なのだろうな、なんて場違いな感想が浮かんだ。
「まあ私が言ったのはあくまで一例です。建物はもうお姉様のものですし、お姉様が自由にお考えください」
「そうね。けどその前に」
「?」
「ありがとうソフィーナ。掃除お疲れ様」
お姉様は両手を広げ、優しく抱きしめてくれた。
たったそれだけで、掃除の疲れがどこかへと吹き飛んでいく。
「セラも手伝ってくれたのよね」
「お礼を言われることじゃないわ。何かしていないと居心地が悪かっただけだし……」
「それでもありがとう。魔法のこともいろいろ教えてね」
「……! ええ、もちろんよ」
強い頷きを返すセラ。
使用人としても、友人としても、そして魔法使いの徒としてもセラは心強い味方になってくれるだろう。
その後、お姉様はノーラにもねぎらいの言葉をかけた。
「……一応、あなたにもお礼を言っておくわ。ありがとう」
「もったいないお言葉です」
入学式の一件でノーラを見直したのか、彼女への態度が少しだけ軟化している。
深そうに見えたヒロインと悪役令嬢の溝だが、それが埋まる日も遠くないのかもしれない。
▼
翌日。
セラは正式にお姉様の専属使用人となった。
見習いということもあり、しばらくは家の中限定ではあるが。
彼女を使用人にしたということは、フィンランディ家が何かしてくる可能性はないと父は判断したんだろう。
そのことを尋ねると、やや疲れた様子で父は頷いた。
……この一週間、私たちは何事もなく日々を過ごしていたが、父はそうではなかったらしい。
「王宮で会ったときにそれとなく探りを入れたが、長女はリネア嬢ということになっていた」
「……そうですか」
もはや存在すらしていない人物、ということにされていたらしい。
セラを迎え入れても問題ないということだが、素直に喜んで良いかはかなり微妙だ。
実の両親に一切の情の欠片もなく切り捨てられた、ということに他ならないのだから。
「私が言えたことじゃないけれど、良い気分はしないわね」
母が顔をしかめると、父が母をなだめるように抱き寄せた。
「ソニア。君はもう前を向いているんだ。必要以上に自分を罰するものではない」
「けど……」
「君の、そして私のこれからの行動は娘たちが見ている。それを忘れないようにしよう」
「……そうね」
母は一度だけ鼻をすすり、父に体を預けた。
「あの子も合間を見て甘やかしてあげないとね」
「そうだな」
「お父様、お母様。今回は色々とありがとうございました」
「なに。レイラのためだ」
「そうそう。こういう時のために私たち大人がいるのよ」
……二人からまさかこんな言葉を聞ける日が来るとは。
「あなた。今日は夜更かししたい気分ね」
「そうだな。久しぶりに一緒に寝よう」
「はい……♡」
「それでは私はこれで。おやすみなさい」
二人だけの空間に押し出されるように、私は両親の前から退散した。




