第四十一話「決定打」
「理由はふたつある。ひとつは彼女を家に迎え入れる理由がないこと」
「あなた……!」
「ソニア。少し冷静になってくれ。感情豊かなのは君の美点だが、今回はそれが悪い方向に作用している」
冷たいように聞こえるが、父の言い分は正しい。
人の口に戸は立てられない。
イグマリート家がセラを養子にすれば、あっという間に噂は広がるだろう。
あの家に頼み込めば子供を養ってくれる。
そんな話がひとたび出回れば、際限なく「家の子を養子にしてくれ」と頼む輩が増えるだろう。
子供一人を賄うだけのお金は用意できる。
しかし、それが十人、二十人となれば?
あっという間にイグマリート家は破綻する。
一度受け入れたものを次に断ると厄介なことになる。
あの子は受け入れたのに、どうしてうちは駄目なんだ。
あの家は受け入れる子供を選別している。
セラの受け入れも、きっとよからぬことを企んでいるからに違いない。
こんな噂が立ってしまうと、信用もあっという間に地に墜ちる。
イグマリート家の繁栄を第一に掲げる父からすれば、セラの養子は受け入れがたい提案だった。
母も薄々は理解していたようで、二の句が継げないでいる。
「……もうひとつの理由は何でしょう」
「彼女がフィンランディ家だったこと、だ」
勘当されていても、セラの中にはフィンランディの血が流れている。
それがいつ本家に利用されるか分からない。
セラがしたことと同じ懸念を、当然のように父も抱いていた。
「彼女の境遇には同情する。だが、それとこれとは話が別だ」
胸元を、とん、と叩く仕草をする父。
「私は家長としてイグマリート家を、何より父としてレイラとソフィーナを守る義務がある。不安要素を抱えた君を家に入れることはできない」
「……はい。ありがとうございます」
父の回答は、セラにとっては良くないものだ。
だというのに、どこか安心したように涙を零した。
「今の言葉を聞いて確信しました。レブロン様は、私のお父様とは違うと」
セラを拒否することは、お姉様(おまけで私)を最優先に考えていることの証左に他ならない。
自分よりもお姉様のことを思うセラにとって、むしろ喜ばしい回答だったんだろう。
「……」
父は意外そうに目を細めた。
家に入れてくれと泣きすがられるのではと警戒でもしていたのだろうか。
「先ほどソニア様からお話を少しだけ伺いました。家で皆さま仲睦まじく過ごされている、と」
「……」
「レブロン様は素敵なお父様ですね。私なんかが言うことではありませんが……レイラのこと、どうか、どうかよろしくお願いいたします」
頬を流れる涙を拭い、それでも気丈にセラは笑った。
「……いいや。君の思っていた通り、私は最低な父親だった」
「だった、でしょう? 今は違います」
「それでも娘と妻を裏切り続けていたことは事実だ」
「間違っていることを認め、改善し、今は素敵な家庭を築いている。それで良いではありませんか」
「……」
父の顔から『公爵家の家長』の仮面がずり落ちそうになっている。
母にあれだけ言いつつ、父も根は情に絆されやすい人間なのだ。
セラにその気は全くないだろうが、父すらも落とせそうだ。
父の許可さえ得れば、晴れてセラはイグマリート家の一員となる。
お姉様を支え、守る頼もしい味方ができる。
そんな明るい未来を予想しかけた矢先――。
「ソフィーナぁぁぁぁぁ! いつまで寝転んでるつもりだ! 僕はもう限界だ!」
私の上で寝転がっていたオズワルドが、突然身を起こした。
▼
「バカ!」
慌てて口を塞ぐが、時既に遅し。
父や母、お姉様にノーラ。そしてセラまで、みんなの視線がこちらに集まっていた。
「……ソフィーナ? そこにいるの?」
「…………」
これ以上、身を隠しておける余地はなさそうだ。
観念して、私は身を起こした。
「どうも。皆さんお揃いで」
「いつからそこにいたの?」
「ついさっきです。道に迷ってて――」
「嘘つけ! ここに隠れましょうって言ってたじゃないか!」
オズワルドが私に指を突きつける。
距離が近すぎて、オズワルドの指が頬にぷすりと突き刺さる。
ついでに、みんなの視線も突き刺さる。
「す、すごく真面目なお話をされていたみたいだったので、私たちが入るとややこしくなるかな、と思いまして……」
即座に誤魔化す方向を修正する。
「……」
「……」
微妙な空気が流れ、とてつもなくいたたまれない気持ちになる。
(せっかく父も絆せそうだったのに……!)
横で呑気にあくびをするオズワルドを心の中で睨み付けながら、戻ろうかと思ったその時。
待ち望んでいた決定打が、目の前に出現した。
『セラを使用人として迎える提案をしますか?』
はい
いいえ
▼
(セラを、使用人に……!?)
そんなことをしたらお姉様と対等な友人にはなれない。
セラも納得しないだろう。
しかし、否定的な考えが頭をよぎったのはほんの一瞬のこと。
セラの元々の立ち位置が高すぎることもあり、まるで選択肢には入っていなかったが。
(存外、いい落としどころなんじゃないか……?)
使用人という体裁にはなるが、家に迎えることはできる。
セラ本人が気にしていた金銭的負担も、本人が働くことで解消できる。
セラを外に出さなければ、迎え入れたという噂も広まりにくい。
フィンランディ家からの干渉も最小限に抑えられるだろう。
さらに、母やお姉様の感情にも寄り添う体裁を取れるため、父としても受け入れやすい。
貴族と使用人という身分差ができてしまうが、それは些細なこと。
私とノーラのように、二人の時だけ身分を気にせず仲良くすればいいだけなのだから。
迷うことなく、私は「はい」を選んだ。
『セラを使用人として迎える提案をしますか?』
→はい
いいえ
「お父様! この件で提案なのですが」
「盗み聞きしていた、ということだな?」
「それは一旦置いておいてください」
刺すような視線をちくちく感じるが、一旦無視して強引に話題を変える。
「セラさんを使用人として雇うのはいかがでしょうか?」
「なに?」
「ちょうど先日、使用人が足りていないって話が出ていたらしくて……ね? ノーラ」
目配せをすると、ノーラはすべてを察したように頷いてくれた。
「はい! 来週、メイド長からレブロン様に報告が上がるかと思いますが、新たに人材募集をしようかという話が出ております」
「……」
父のことだ。
私が考えたメリットがあることはすぐに理解するだろう。
「あなた! 家もあちこち老朽化してきていますし、営繕部に人を回すためにも使用人を増やすことは最善の手だと思います」
「お父様! ソフィーナにだけ専属使用人がいるのはずるいと思っていたんです! 私にも専属使用人を下さいませんか?」
母も何かを察したのか、父にそれっぽく進言してくれる。
お姉様も、ずるいなんて全く思っていないのに、お父様に使用人の必要性を解いてねだる。
言葉にこそ出していないが――イグマリート家の女性陣の心が、一つになっているように感じた。
「……」
「あなた」
「お父様」
「…………君は、いいのか?」
「え? わ、私は…………」
話を振られ、セラは戸惑う様子を見せた。
急展開する話について行けていないようだ。
キョロキョロと視線を彷徨わせた末、私と目が合った。
困惑するセラに、私は片目を閉じた。
「――!」
彼女がそれをどう受け取ったのかは分からないが。
戸惑いの表情が消える。
「私は、レイラの傍に居られるなら、どんな扱いでも構いません」
真っ直ぐに父を見上げ、はっきりとそう宣言した。
「そうか」
父は一度空を見上げて思案したのち、視線をセラに向け、言い放った。
「――」




