第四十話「終わっていない」
「なら話は早いわね」
セラの手を握り返しながら、お姉様はより力強く頷いた。
「セラ。お友達になりましょう」
「!」
はっと息を呑むセラ。
彼女にとってお姉様は、想像の中でしか友情を結べなかった相手。
そんな相手に、ずっと欲しかった言葉をもらえたのだ。
まるで女神の天啓を受けたかのように、感激で打ち震えている様子が見て取れた。
「あなたの身に起きたことは、あなたにとってはとても悲しいことだと思うわ。けれど、そのおかげでこうして本音を話せるようになった」
以前のループの中で、お姉様はこう言っていた。
――私はイグマリート家。セラはフィンランディ家。この事実がある限り、彼女とは友達になれないわ
逆に言うと、セラがフィンランディ家でなかったら、この前提は崩れる。
……あの時は聞きそびれてしまったが、本当はお姉様もセラのことが気になっていたのではないだろうか。
「お友達になって、家でいろいろお話しましょう。ずっと機会がなかったから、聞きたいことがたくさんあるの」
セラと顔を合わせることは何度かあったが、本音で話す機会は一度たりともなかった。
今なら、何のしがらみもなく楽しい話ができるだろう。
セラもそんな様子を想像したのか、口角が上がっている。
「ありがとうレイラ。本当に、とても嬉しいわ……」
喜色で彩られていたセラの顔に、湿っぽいものが混ざっていく。
困っているような、泣き笑いのような、なんとも言えない表情を作りながら、ゆっくりとお姉様を握る手を解いていく。
「………………でも、その申し出は受けられない」
長い沈黙と葛藤を挟んで、セラは完全に手を離した。
「理由はさっき言った通りよ。私はイグマリート家に……いえ、あなたに迷惑をかけたくない」
「……セラ」
「そんな顔しないで。『お友達になりましょう』って言われて、私、本当に心が救われたの。この言葉があれば、どこでだってやっていけるわ」
宝物がその手に収まっているかのように、両手を胸に抱くセラ。
一歩、二歩と後ろに下がり、お姉様たちから距離を取る。
これで話は終わりだ、と言外に伝えているようにも見えた。
▼
ここまでのやり取りで、セラの勘違いは解消された。
親善試合でお姉様を攻撃するようなことはもう起こさないだろう。
セラの表情は悲しみを称えつつも晴れやかというか、すっきりと憑き物が落ちたようになっている。
詳細は違うが、国外追放を受けたエレナを思い出させる。
(イベントクリア……なのか?)
親善試合イベントはクリアできただろう。
ただ、これがトゥルーエンドに通じる『正解』なのだろうか。
一抹の疑問が残る。
「ありがとう。レイラ、ソニア様。それに、使用人のあなたも……あれ?」
セラの困惑した声で、思考を現実に戻す。
(あれ? ノーラはどこだ)
いつの間にか、ノーラの姿が無くなっている。
「さっきまでここにいたのに……」
お姉様と母も困惑した様子で周囲を見渡す。
「オズワルド様。ノーラがどこに行ったか見てましたか?」
「さっき向こうの方に走ってったぞ」
私の体の上でつまらなさそうに肘をつく態勢で、通りの向こう側を指差すオズワルド。
「――すみませぇぇぇぇん!」
まさにオズワルドが指差したと同時に、一人の男を連れてノーラが戻ってきた。
彼をここに呼ぶためにいなくなっていたのだと、遅まきに理解する。
ノーラが連れてきた人物。
イグマリート家当主であり、セラの進退を決定する鍵を握る人物――父だ。
まだ、イベントは終わっていない。
▼
「ノーラ。そんなに急がないでくれ……最近運動不足なんだ……」
「申し訳ありません。ですがもうレイラ様の試合まで時間が……!」
お姉様の親善試合にはまだ時間はある。
ノーラはそれを建前として、父を走らせたようだ。
「はぁ……はぁ……ようやく着い……あれ?」
両膝に手をついて肩を上下させていた父が、顔を上げた拍子に固まっているお姉様たちに気が付いた。
「こんなところで立ち止まってどうしたんだ二人とも。親善試合は……? ッ」
遅れてセラの存在に気付き、やや表情を強張らせる。
「こほん」
咳払いをきっかけに、すぐさま『対公爵家用の顔』に切り替える父。
公爵家当主としての自信と威圧感を膨らませ、にじみ出る敵意をすっぽりと隠す。
「君はたしか……セラ・フィンランディ、だったね」
「はい。正しくはセラ・フィンランディでした」
「でした?」
妙な返答に、わずかに眉をひそめて訝しむ父。
前提を知らない彼にとっては、セラが言葉遊びをしているようにも思えるだろう。
「今はただのセラです」
「はっきりしない物言いは好かんな。あまり大人をからかわないでくれ」
「あなた、少しお時間いいですか? ご相談があるんです」
さりげなく離れようとしていたセラの両肩を掴み、父の元へぐいっと押す母。
相談内容に関して主語が無かったが、それで父は内容を察したようだ。
「……その前に、ひとついいか?」
「なんでしょう」
「レイラの親善試合、時間は大丈夫なのか?」
「? ええ、まだまだ余裕はありますけど」
「そうか。まだまだ余裕があるのか」
父が無言でノーラを見やる。
言葉にこそ出していないが、目線の中に咎めるような意思が込められていた。
ノーラは父の動きに連動するように明後日の方向を向き、吹けない口笛を吹いていた。
……後でフォローを入れるとしよう。
「こほん」
父は咳払いをひとつしてから、母に向き直った。
「聞かせてもらおうか」
▼
「なるほど。事情は理解した」
母の説明を聞き、父は頷きをひとつ返した。
「お願いしますあなた。どうかこの子をうちに迎えては下さいませんか」
「お父様。私からもお願いします」
お姉様と母、二人から懇願される。
セラはと言うと、沙汰を待つ罪人のような居心地の悪い表情をしていた。
話をしている間に時間は進み、親善試合もそろそろ始まるかという頃合いになっていた。
「時間も限られている。率直に結論から言おう」
そう前置きしてから、父がセラに言い放つ。
「駄目だ」




