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最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います  作者: 八緒あいら(nns)
第六章 入学編

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第三十八話「過去の自分」

 お姉様とノーラがいることは分かる。

 しかし母は、父と一緒に遅れて来ると聞いていた。


(どうしてお母様が……?)


 ループで同じルートを辿っても、全員が同じ動きをする訳ではない。

 人間というものは案外、すべての行動にしっかりとした意思を持っていないものだ。

 そういう「なんとなく」な行動には揺らぎが発生する。


 逆に、意思を持った行動はループしても大きく変わることはない。

 母は、父を何よりも優先するという「意思」を持って行動している。

 だから父を放って自分が先に来るとは考えにくい。


 何らかの、別の意思が介入した……?


(考えられる理由は二つ)


 ひとつ、選択肢の影響。

 オズワルドを組み敷くことがどうして母に影響するのかは分からないが……ごく稀に、何の関係もないことが影響を与え合うことが起こる。


 ふたつ。ノーラが行動を変えた。

 朝に別れたあと、ノーラが何かしたなら。

 母がここにいることも、ひとつめの理由よりは説明がつく。


(何かしたのか? ノーラ)


 茂みからノーラの様子を伺う。

 向こうはこちらに気付いていないようで、お姉様と母から半歩後ろに下がった位置で両手を前に重ねている。

 お姉様も認めるほど美形のはずだが、ここからだとどこか影が薄い印象を受けた。

 自己主張することなく、必要なとき以外は置物のように傍に控える。

 理想の使用人然とした佇まいだ。


 だが……よく見ると緊張で肩がわずかに持ち上がっている。

 長く接している私だけしか分からない程度に、だが。


 私も出て話に加わるべきだろうか。

 ……いや。オズワルドもいる状態で参加しても邪魔になるだけだ。


(もう少し様子を見るか)


 なんて考えていたら、オズワルドがもぞもぞとし始める。


「ソフィーナ。ここは飽きた! そろそろ他の場所に行くぞ!」

「もう少し。もう少しだけゆっくりしていきませんか?」


 イベントの進退が決まるかもしれない瀬戸際だが、オズワルドがそんなことを察せるはずがない。

 このままここに居たら、また私たちの存在がバレてしまう。


「嫌だ! もう飽きた!」

「――! 待ってッ」


 立ち上がろうとするオズワルドの裾を強めに掴むと、バランスを崩して私の方に倒れ込んでくる。

 さっき組み敷いていた時とは立場が逆になった格好だ。


「何をする! この――」


(騒ぐな騒ぐな騒ぐな――!)


「むぐ」


 騒ぐオズワルドの口を、頭を胸に押しつけるような形で塞ぐ。


「お願いします。もう少しだけ、ここで静かにしていてください。オズワルド様だけが頼りなんです」

「…………」


 しばらくジタバタしていたが、耳元でそう囁くと、オズワルドの手足から力が抜けていく。


「……わかった。そこまで言うなら、もう少しだけ付き合ってやる」

「ありがとうございます」


 姿勢は窮屈だが、これでイベントを見守れる。

 私は寝転がった状態のまま、お姉様達の方向に顔を向けた。



 ▼


 母は扇子を広げて顔を半分隠し、目線だけで鋭くセラを捉えている。

 ここ最近はめっきり見なくなった「機嫌が悪いサイン」だ。


「イグマリート家の皆さま。何か用でしょうか」


 セラは髪をかき上げながら、お姉様たちに向き直った。

 端から見れば優雅に尋ねているように見えるが、どこか威嚇しているような印象を受ける。

 たぶん、それは気のせいではない。


 母がいるせいだろう。

 セラにとって母はイグマリート家の夫人であり、何よりお姉様を虐める嫌な奴。

 要するに敵だ。

 敵の前でお姉様に縋るような真似をすれば、お姉様に迷惑がかかる。


 だから、あえてフィンランディ家の娘として、わずかな敵意を滲ませるような言い方にした。

 ……どこまでいってもお姉様本位な考え方で、逆に親近感が沸いた。


「……」


 お姉様はやや顔を伏せ気味に、小さく答えた。


「ごめんなさい。今の話……聞こえてしまって」

「……何の話かしら」


 セラは首を傾げてとぼけた。

 お姉様を痛めつけてやれ、なんて話をしていたことを認めてしまえば、フィンランディ家に迷惑がかかる。

 あれだけ罵倒されながら、まだ彼女は両親を庇おうとしていた。


「ご両親に親善試合で私に怪我をさせようと命令されたこと。それを断ったこと。勘当されたこと。全部、聞いたわ」

「知らない知らない。変な妄想はやめて頂戴」

「レイラの話が妄想だとしたら妙ね。私も全く同じ話に聞こえたけれど」


 母が前に出た。

 扇子は相変わらず不機嫌を示している。


「あなたもそうでしょう? ノーラ」

「……はい。確かに聞きました」


 一人ならいくらでも誤魔化せるが、三対一ではさすがに分が悪い。

 このままだと認めざるを得なくなると判断したのか、セラは会話の方向を切り替えた。


「ソニア様。イグマリート家では他人の話を盗み聞きしろと教育なさっているのですか。公爵家として……いえ人として恥ずべき行為です!」

「時と場合によるわね。例えば……公然の場で愛娘に怪我をさせる相談をしていた、なんて場合は」

「そんな話はしていないと何度言えば――」


 強引に誤魔化そうとしたところで、ふとセラの動きが止まる。


「愛、娘……?」

「そうよ。可愛い可愛い子供なんだから、愛娘と呼ぶのが当然でしょう」

「お、お母様。苦しいです」


 扇子を持っていない方の手で、お姉様を、ぎゅっ、と抱きしめる母。

 お姉様は恥ずかしさも相まって文句を言いつつも、どこか嬉しそうにそれを受け入れる。


「嘘……」


 先ほどまでの毅然とした態度はどこへやら、セラは感情の抜け落ちた表情と声で虚ろにお姉様を差した。


「だって、あなた、初めて会ったとき、私と同じ、だったはず」


 セラの顔が、絶望に染まった表情に塗りつぶされていく。

 お姉様を攻撃した時と同じ、あの顔だ。


「あなたはサナで。私はセリーヌ。だったはず。なのに。私。私の、勘違、い……?」


 ――マズいぞ。

 冷や汗が一筋、私の頬を伝う。


「勘違いじゃないわ」

「……え?」


 絶望の重さで垂れ下がっていくセラの頭上から、母が言葉を投げた。

 顔を上げるセラと母の視線が合致する。


「私はレイラを利用しようとていた。レブロンさんの都合の良いように育てて――自分が愛されるために」


 不機嫌なポーズのままだが、その目線は逆。

 まるで罪を吐露する罪人のような、神妙な面持ちだった。


「それが間違いだと分かったのはつい先日のこと」

「……」


 母は、ちらり、と私とオズワルドがいる方向に視線を向けた。

 一瞬バレたのかと思ったが、そうではない。


 セラの両親が去って行った方向を見ただけのようだ。


「私も、レイラにかなりの理不尽を強いたわ。それでもこの子は泣き言も言わず、私を信じてくれていた」

「……」

「あなたが私たちに抱いた印象は何も間違っていないわ。私は、自分の都合で娘を利用していた最低な母親よ」


 セラが、すとん、と膝を落とした。

 表情こそ呆然としたものだったが、目の奥に見えた黒い衝動は消えていた。



 ▼


「私は、自分がいかに身勝手だったか、いかに間違っていたか、いかにレイラを傷つけていたかを理解しているつもりよ」

「お母様……」

「――だからこそ、かしら」


 母が扇子をひらりと扇いだ。


「私、どうしようもなくムカついているわ」


 母はコツリと靴音を鳴らし、膝をつくセラに近づいていく。


「私は、自分の子供にあんな暴言を吐く奴らが許せない。傷ついて膝をつくあなたを放置したことも許せない」


 母はセラの目の前にやってきてから、膝をつき、セラの高さにまで目線を落とした。

 ぼんやりとしたセラに、手を伸ばす。


「セラ。良かったらイグマリート家に来ない?」

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