第三十七話「そこの子供」
「言葉が過ぎるぞ、セラ」
静かに、しかし嗜める意味を含んだウェルギリウスの声。
「私はただ、同じ魔法を学ぶ先達者として指導してあげなさいと言っただけだ」
「言ってもいないことを深読みするなんて、本当に頭が悪い子ね……誰に似たのかしら」
ウェルギリウスに追随するように、ローラもセラをなじる。
セラの後ろに付いている使用人は、何をするでもなく成り行きを見守っている。
下手に干渉すれば後でどんな目に遭うかを考えれば、賢い選択だ。
「お父様は……レイラの才能を恐れているのですか?」
学園は王国に住む貴族であれば誰もが入れるため、入学試験というものが存在しない。
一応テストはあるが、それは現在の能力を測るためのもので、たとえそれが微妙な点数であっても入学はできる。
テストの点数は公開はされないが、その点数でクラスが振り分けられるので、おおよそは予想できる。
お姉様とセラの魔法は同じクラスに振り分けられている。
つまり、学園側はお姉様とセラが同程度だと判断している。
「私が、万が一にもレイラに成績を抜かれるようなことがあればフィンランディ家の面目は丸潰れ。それを見越して、先に手を打っておけと仰っているのでしょう?」
セラは自分の胸に手を置いた。
彼女にしては珍しく、感情のこもった声で、
「そのような卑怯な手を使わず、共に魔法を高め合うライバルとして居たいんです。真に魔法の極致を目指すのなら――」
「もう一度言ってみろ」
ウェルギリウスが、はっきりと不快を露わにした。
まるで仇敵を射殺すかのような鋭い目で、とてもではないが娘に向ける視線ではない。
それでも、セラは怯まなかった。
「――真に魔法の極致を目指すのなら、排他的な考えのままではいずれ衰退します。魔法も、フィンランディ家も」
少しだけ声は震えていたが、しかしはっきりとそう言い切った。
「これが、私が自分で考えて出した答えです。何がフィンランディ家にとって最良なのか、どうかご再考を」
「世間知らずの小娘が知ったような口を叩くな。試練も超えられない臆病者が」
「確かに私は臆病者です。今でも、そしてこれからも、人を殺すことはできないと思います」
セラは前を向き、はっきりとした声で言い放った。
「ですがフィンランディ家の一員として、何が家にとって――ひいては魔法にとって良いのかは分かっているつもりです」
「……」
「レイラとは正々堂々、戦うつもりです。親善試合はもちろん、その後も」
「なんて子なの! 私たちの言うことが聞けないなんて――」
「ローラ。もういい」
物凄い形相でまくしたてようとしたローラを、ウェルギリウスが遮る。
「そこまで言うのなら無理強いはしない」
「お父様……! ご理解くださり――」
「お前には失望したぞ。セラ」
「……え」
「いや。期待していた私の方が愚かだったのかもな」
ウェルギリウスが、ため息混じりに吐き出す。
ざわざわし始める胸中を歯を食いしばって耐え、聞き役に徹する。
「セラ。お前は今後一切、当家に関わることを禁ずる。学園寮に移り住み、家の敷居を跨ぐことも許さん」
「お、お父様……そんな……」
「親の言うことを聞けない子など不要だ。お前はもう、フィンランディ家の人間ではない」
――。
セラの表情から、ぽろりと何かが抜け落ちた。
それをあえて言葉で表現するのなら、生気だろうか。
感情を失わないように感情を押し殺して、必死に耐えて、耐えて、耐えてきた最後の何かが決壊した壁の一部。
人は本当の絶望を味わうと、涙も出なくなる。
十三歳という年齢で、親に実質的な勘当を言い渡された。
子供にとってこれほどの絶望は無いだろう。
「お父様、お母様……!」
「それが嫌なら――分かるわよね?」
ローラが助け船とばかりに、再度強要する。
「調子に乗っているイグマリートの娘を、少し指導してあげるだけでいいの。そんなこともできないからこの人はあなたに失望しているのよ? なら、あなたがやることは一つよね?」
「…………」
(これが真相だったのか)
セラは両親の言うことに従うだろう。
彼女の意思が弱いとかではなく、人間はそういうものだ。
受けた絶望が大きすぎると思考能力を奪われ、何も考えられなくなる。
そういう状態の頭に、誰かの言葉は驚くほどすんなりと浸透する。
善悪がどうだったとしても、言うことを聞いた方が楽になれると縋りたくなるもの。
セラが頷いても、彼女を救うという指針に変化は――。
「……で、き、ません」
え?
私は思わず顔を上げた。
「なんですって?」
「できません」
セラははっきりと、否を突きつけた。
両親から突き放されたのに。
絶望を叩きつけられたのに。
それでも彼女は、お姉様を優先した。
「私の考えは……変わりません。レイラは同じ魔法を学ぶ徒……仲間です」
「――――――――」
ウェルギリウスは何か言いたげに目を閉じ――大きく、息を吸った。
「――ローラ。行くぞ」
「あなた。いいんですか!?」
「良い。これ以上、そこの子供に時間を使っても無駄だ」
踵を返し、その場を立ち去るウェルギリウス。
彼は残酷なほどにあっさりと、自分の娘を切り捨てた。
「……! この、役立たず!」
ローラも舌打ちを残して、ウェルギリウスの後を追いかけた。
一人残ったセラは、ぽつんと立ち尽くす。
▼
セラは親に見放されることよりも、お姉様を守ることを選んだ。
絶望で何も考えられない状態にまで追い詰められたにも関わらず。
私の予想は良い意味で外れていたが、それが次の展開に繋がる。
セラはこのあと、お姉様を見つけて声をかける。
自分の立場を捨ててでも守った、自分と同じ境遇にあるはずのお姉様と。
そこで彼女は、勘違いであったと知る。
その時の絶望は両親に見捨てられた時よりも深かっただろう。
もちろんお姉様は何もしていない。
何の罪もない。
セラも理解していただろう。
しかし、それを受け止められるほどの心を持っていなかった。
大人びた態度をしているが、やはりまだ子供なのだ。
(見えてきたぞ)
親善試合の全貌と、それを阻止する術を。
さっきの会話を途中で遮れば、お姉様と両親の仲が良好でもセラが絶望しなくなるかもしれない。
「もがもが!」
「あ、すみません」
ずっと組み敷いていたオズワルドのことをすっかり忘れていた。
「いきなりのしかかってきて何なんだよ! 重たいじゃないか!」
失礼なことを言いつつ怒るオズワルド。
いつもならイラッとするところだが、大人しくしてくれていたおかげで色々と話も聞けた。
今回ばかりは素直に感謝しておこう。
「ありがとうございますオズワルド様。やっぱり頼りになります」
「? おお、そうかそうか、そうだろう!」
よく分かっていないながらも褒められていることだけは理解したようで、えへんと胸を張るオズワルド。
素直にこうしていてくれたらまだ可愛いんだがな。
(さて。一旦、この情報を持ち帰ってノーラと相談するか)
戻ろうかと思ったその時、セラの前に立つ人物に気がつく。
(ノーラとお姉様……それに、お母様?)




