第三十六話「おかしなフラグ」
武術館は私たちが今いる舞踏館からそれほど離れていない。
歩けば五分とかからないが、それはあくまで一人の場合。
オズワルドを連れているため、到着まで倍ほどの時間を要した。
「こんなところに面白そうなものがあるのか?」
「ええ。確かこの辺りに……」
オズワルドの要望に答えるかのようにしながら、その実セラを探す。
(いた)
新入生が大勢居る中だったが、あっさり見つけることができた。
公爵家は自然と周囲の注目を集めてしまう――私自身はお姉様の影に隠れて目立たなかったので、それを実感したことはないが――とのことだが、確かにセラはその他の新入生と比べると目立っていた。
セラの隣には執事――たぶん今日だけの専属使用人だろう――と、対面には彼女の両親もいた。
(……ん?)
彼女たちの様子に違和感を覚える。
ここから見えるセラの横顔。
それが何だか強張っているように見えた。
ノーラに「セラは感情表現が苦手」と聞いていなかったら見逃していたかもしれないほどの、小さな小さな違和感。
一体、何を話しているのだろうか。
(ここからだと聞こえないな)
「オズワルド様。あっちに行ってみましょう」
「何だ。面白そうなものがあるのか?」
「いいからいいから」
オズワルドの手を引き、茂みに身を隠す。
セラからこちらは見えず、こちらからは話が聞こえる。
そのギリギリを攻める。
「――もう一度言ってみろ」
セラの父・ウェルギリウス。
見かけこそ普通に話をしているように見えたが、声に静かな怒気が宿っていた。
……説教だろうか。
「自分で――です。何がフィンランディ家にとって――」
位置関係のせいでセラの声がよく聞こえない。
もっと耳を済ませようとしたとき、目の前に透明な窓が出現する。
(選択肢だ!)
まさかこんなタイミングで来るとは。
急ぎ文面に目を通し、
「は?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
出現した選択肢の内容は、こうだ。
『オズワルドを組み敷きますか?』
はい
いいえ
オズワルドを?
今?
どうして?
選択肢の意図を考えるよりも早く、先に手が動いていた。
『オズワルドを組み敷きますか?』
はい
→いいえ
呼吸をするのが当たり前であるかのように、「いいえ」を選ぶ。
選択肢が示した道といえど、さすがに嫌だと心が叫んでいた。ような気がする。
選択肢の出現と、内容の突飛さに気を取られている間にも、セラたちの会話は進んでいた。
「――お前には失望したぞ。セラ」
ウェルギリウスが、ため息混じりに吐き出す。
その声音に、じわりと胸の奥がざわついた。
まだループする前。
出来損ない時代の私に向けられた父の言い方にそっくりだった。
「お父様、お母様……!」
「失望されたくないなら、分かるわよね?」
セラの母、ローラもウェルギリウスに同調してセラを責める。
一体何の話をしているのだろうか。
聞き漏らすまいと耳をさらに傾けたその時、隣のオズワルドが叫んだ。
「ソフィーナー! 面白いものはどこにあるんだ!」
「バカ!」
咄嗟に口を塞ぐが、もう遅い。
おそるおそるセラたちの方を見ると、目が合ってしまった。
「――誰だ」
「誰だとは何だ! この僕に向かって!」
オズワルドが茂みから立ち上がり、ウェルギリウスを睨みつける。
私はしゃがんだ状態で頭を抱えた。
「これはこれはオズワルド殿下。……もう一人、そこにいらっしゃいますね?」
さっきオズワルドが叫んだことを、彼はしっかりと聞き取っていた。
「いるぞ! ソフィーナ、いつまでも隠れてるな!」
「…………はぁ」
台無しだ。
私はのろのろと立ち上がる。
「二人とも。そこで何をしていたのかね?」
「探検だ! ソフィーナがここに連れてきた!」
「なるほど。ソフィーナ嬢が」
ウェルギリウスの視線が私を捉えた。
「何か面白いものは見れたかね?」
彼の年齢は四十後半くらいだったか。笑みを浮かべると、目尻の端に年齢相応のシワが見えた。
一見すると優しく気品溢れる妙齢の男性。
――ただ、目がまったく笑っていない。
「楽しそうにお話されているなぁ。と思いまして」
「ああ。私たち家族はみな仲が良いからね」
「素敵なご家族ですね! ……ところで、何のお話をされていたんですか?」
「なに。うちの愛娘が親善試合前で緊張していてね。世間話をしてそれを解していたところだ」
ぽん、とセラの肩に手を置くウェルギリウス。
「なあ、セラ?」
「はい」
セラの表情からは何も読み取れなかったが、言葉通りの会話をしていたようには到底思えなかった。
セラは私を嫌っている。
私がどれほど上手に会話を誘導しても、さっきの話を聞き出すことは叶わないだろう。
そしてあの会話は、聞き逃してはいけない内容だった。
そう教えられた訳ではないが、長年の直感が『詰み』と叫んでいた。
逆に考えれば、あの会話を聞けばさらにイベントを進められる可能性がある。
すぐに戻ろうとしたが、せっかくローラと会えたんだ。
どうせなら言いたいことを言ってから戻ろう。
「セラさん。緊張されているんですか」
「あなたには関係のないことよ」
「セラ。イグマリート家の次女様に向かってそんな口の利き方はいけないわ」
ローラが白々しくセラを嗜める。
「私たち公爵家はクレフェルト王国の中核を成す重要な家なのよ。仲良くなさい」
「思ってもいないことを言うな。この泥棒猫」
私が放った暴言に、ローラの表情が強ばる。
まるで本当に凍り付いたように硬直した後、眉間を中心にひび割れていく。
「な――何ですってぇ!?」
「お前がそこのおっさんを横取りしたせいで、こっちは大迷惑したんだぞ」
ローラが横恋慕しなければ、彼女の位置にスイレンがいたはずだ。
それはそれで大変そうだが……少なくとも、直接お姉様に危害を加えるような存在にはならなかったはず。
「口の利き方がなっていないわね。ご両親からどういう教育を受けているのかしら!?」
返事の代わりに舌を出すと、ローラの奥歯が軋む音がした。
「この件は、家を通じて直接抗議させてもらうわ! 子供だからといって許されると――」
「『戻れ』」
その単語を口にした瞬間、ローラの金切り声も、呆気にとられたセラの顔も、すべてがぐにゃりと歪んだ。
▼ ▼ ▼
戻ってからノーラに情報を共有する。
「そっか。セラはお父さん達と話をしてたんだね」
「ああ。あくまで私の勘だが、それがセラの行動に何か影響を与えているような気がするんだ」
「私もそう思う」
神妙な顔で、ノーラ。
もしかしたら何かヒントを持っているのではと、追加で尋ねてみる。
「ノーラが潜入していた時、セラと両親はどんな話をしていた?」
「なにも」
「なにも?」
「会話らしい会話なんてなかったよ。セラは色々話かけていたけど、ウェルギリウスもローラも、素っ気ないというか」
「『臆病者』だからか」
自らを高位の存在だと自覚させるため、彼らは『儀式』と称して使用人を殺させる。
セラはそれをしなかった。
だからフィンランディ家の中では、まだ家族として認められていない。
「私から見たら、あの二人とセラが会話していること自体が違和感だよ」
「……ますます気になるな」
「けど、どうやって話を聞くの? 私がオズワルドの面倒を見てようか?」
まるで子供の相手をしようかと問う母親のような言い方に、思わず笑ってしまった。
「いや。それには及ばない」
オズワルドを黙らせる方法。
嫌々ながら、そのやり方はもう思いついていた。
▼
しばらく時間を進める。
必要なイベントをこなしつつ、迎えた入学式。
(いよいよか)
もし、セラ親子の会話を聞けたことでイベントを先に進められることができたら。
お姉様も、セラも、ノーラも同時に救えるはずだ。
……今度は間違えない。
ぐ、と手を握りしめると、目の前でじたばたともがく何かが見えた。
「聞いているのかソフィーナ!」
「……へ?」
オズワルドと共に移動中の馬車で、彼が親指で自分の服を指した。
「だ! か! ら! 今日のために新調したとっておきだ! 何か言うことがあるだろう!」
「……あー」
そうだ。
洋服を褒めることを忘れていた。
面倒くさ。
「えーと」
いつもなら自然と浮かんでくる褒め言葉が、うまく浮かばない。
別のことに思考を奪われすぎていたせいだ。
何か。
何か、褒め言葉を。
「オズワルド様自身が素敵なので、何を着てもお変わりないと思いますよ。今の服も、普段の服も、どちらも素敵です」
「……っ」
オズワルドが、ぐっ、と後ろに引いた。
(しまった。適当すぎたか)
褒め方を間違えたかと身を固めるが、やや間を置いてから、オズワルドはすとんとソファに腰を下ろした。
「……そうか」
「オズワルド様?」
「なんでもない。あっち向いてろ!」
そっぽを向くオズワルド。
好感度を下げてしまっただろうか。
(いや。このくらいなら大丈夫なはず)
今まで頑張って上げていた分、多少下がっても影響は出ないだろう。
会話の無いまま学園に到着すると、オズワルドがおもむろに手を出した。
「ん」
「?」
「察しが悪いな。手を貸せ!」
手を伸ばすと、オズワルドが私の手を、ぎゅ、と握った。
「人が多いからな。お前はフラフラして迷子になるだろうから、こうして僕が繋いでおいてやる!」
オズワルドとの仲をアピールしておきたかったので、こちらとしてもありがたいが……どういう風の吹き回しだろうか。
まさに今、イベント攻略の肝となる(と、予想している)部分を調べている最中なので、少しの変化にも敏感になってしまう。
単なる気まぐれか。
それとも、おかしなフラグが立ってしまっているのか。
「なんだ。嬉しくないのか!」
返事をしない私に痺れを切らしたのか、オズワルドがぷりぷりと怒り出し、手の力を緩める。
私はそれを握り返し、オズワルドの肩に頭を寄せた。
「いえ。オズワルド様からお気遣いいただいて、感激していたんです」
「……そうかそうか! もっと喜びを噛み締めろ!」
ぱぁ! とオズワルドの表情が明るくなる。
「さ、行きましょうか」
「うむ!」
▼
入学式が終わり、探検と称して武術館の正面に移動する。
前回と同じく、セラ親子の姿が見えた。
「オズワルド様。あっちに行ってみましょう」
「何だ。面白そうなものがあるのか?」
「いいからいいから」
茂みに移動して待っていると、例の選択肢が出現した。
本能的に「いいえ」を押したくなる気持ちを抑えて「はい」を選択する。
『オズワルドを組み敷きますか?』
→はい
いいえ
「オズワルド様っ」
「うおっ」
オズワルドの手を引いて転ばせ、その上に四つん這いになる。
選択肢が示す通り「組み敷いた」状態だ。
「ソフィーナ。何を――」
「しっ。静かにしてください」
「むぐぅ」
オズワルドの口を塞ぐ。
暴れられるかと思ったが、存外素直に従ってくれた。
よしよし。
これで会話に集中できる。
(さて。聞かせてもらおうか)
耳を澄ました瞬間に飛び込んできたのは、悲痛な、けれど決意に満ちたセラの言葉だった。
「できません。親善試合でレイラにわざと怪我を負わせるなんて!」




