第三十三話「信用なし」
翌日。
朝食の後、ノーラを部屋に呼んだ。
したいと思ったらすぐに作戦会議ができる。
離れて暮らしていた頃では考えられないスピード感だ。
ノーラを使用人に迎えて本当に良かった。
「一旦、整理しよう」
ノートに調べたこと・判明したことを思いつくままに書き記す。
・セラはフィンランディ家の思想に染まっていない
・フィンランディ家の試練をクリアしておらず、家族から孤立している
・セラはお姉様と友達になりたい
・セラはお姉様と両親の関係がうまくいっていないと思い込んでいる
(自分と同じ境遇だと強いシンパシーを感じている)
・入学式でそれが勘違いと分かるとお姉様への感情が反転し、殺意に変わる
……全然まとまりがないが、これは考えをまとめるためのものだ。
文章の綺麗さは置いておき、思いつくままに書き続ける。
・お姉様はセラ本人に思うところはない(好きでも嫌いでもない)
・しかし、家の事情で友達になることはできない
・父もそれを許可しない
・父はフィンランディ家の思想に染まっていないなら同情はすると言っていた
「こんなところか」
「あっ」
「何だ。何か抜けてたか?」
ノーラにペンを渡すと、私の箇条書きにサラサラと付け加える。
・セヴェリウスはセラに人を殺させて家族の一員にしたがっている
・セラはセヴェリウスを恐れている
「……」
セヴェリウス。
その名前を見た途端、眉間にシワが寄ってしまう。
拳を握っていないと、怒りで身体が震えそうになる。
ノーラに躊躇なく死の魔法を放った外道。
「ソフィーナ。どうかしたの? 顔が怖いけど」
「……いや、何でもない。他にはあるか?」
「うーんとね。あ、そうそう」
・セラは苦いものと辛いものが好き
・話し下手、感情表現が苦手。だけど優しい子
「……」
必要な情報だろうか……? と一瞬思ったが、ノーラの考えや発想に助けられたことは一度や二度じゃない。
私一人だと、どうしても独りよがりで狭い考えに陥ってしまう。
その割にポンコツなのだから、本当にどうしようもない。
「立ちはだかる敵は殺せばいい」なんて、その極致だろう。
解決策を見極めるためにも、ノーラの意見も積極的に汲んだ方が良さそうだ。
フィンランディ家へ実際に潜入したのもノーラだし、今回は特に。
「こんなところかな?」
「どうすれば友達にできるんだろうな」
箇条書きを俯瞰しながら、ぽつりと口にする。
父が協力的であればお姉様も説得できそうだったが……今のところ、父の考えを変えることはできなさそうだ。
従属させた状態ならあるいは……だったが、今はそういう方法は取りたくない。
「じゃあ……関わらせない方向にするのはどうかな? 例えば、レイラを魔法科に進ませないとか」
「それはダメだ」
ただでさえ三年も魔法を我慢させられているのだ。
ここで魔法を学ばせないなんてすれば、ショックで寝込んでしまう。
寝込むくらいならまだいいが、それがストレスの引き金になるかもしれない。
せっかく好きなものに打ち込めるルートに入っているのだ。
そこを曲げるようなことはさせたくない。
「なら、セラのショックを和らげる方法はどうかな」
「和らげるって、どうするんだ?」
「いきなり家族仲が良いことを知ったからショックを受けたんでしょ? なら、前もって教えておけばいいんだよ」
セラがあそこまでショックを受けたのは、知らなかったからだ。
知ってされいれば、凶行に及ぶほどではなくなる。
「……なるほど」
現状取れる中では割と現実的な方法だ。
露店で会った時、お姉様と両親の仲が良いことを伝えておく。
友達にはなれないが、入学式の凶行は防ぐことはできそうだ。
「分かった。その方法を試してみよう」
「うんっ」
作戦会議が終わった丁度その時、扉がコンコンとノックされた。
「ソフィーナ。入るわ……よ」
部屋に入ると、お姉様はしかめっ面を作った。
不機嫌そうなその瞳が、ノーラを捉えている。
「どうしてあなたがここにいるの」
「どうして……と言われましても。私はソフィーナお嬢様の専属なので……」
「…………」
その一言で、お姉様は黙ってしまった。
ぐうの音も出ないほどの正論だからだ。
ただ、不満があるらしい。
ぷくぅ、と膨れた頬が、雄弁にそれを物語っていた。
「――思い出したわ。あなたを探していたの」
お姉様はノーラの腕を、がしっ、と掴んだ。
「入学式で確認したいことがあるの。来て」
「ええ? 先ほどソフィーナお嬢様に用事があるって……」
「いいからっ。ソフィーナ、ちょっとこの子を借りるわよ」
「はい、どうぞ」
……たぶん、入学式に確認したいことなんて無いだろう。
私とノーラが二人きりで話をしているのが「なんとなくモヤモヤする」。
だから理由を付けて、私たちを引き離したい。
要は可愛らしい嫉妬のようなものだ。
ノーラも同じ結論に達しているようで、さっきから表情が崩れている。
「何をヘラヘラしているの!?」
「あ、いえ……何でもありません……えへへ」
ノーラはそのまま、お姉様にずるずると引っ張られていった。
▼
数日後、私はノーラを連れて露店に赴いた。
杖に必要な鉱石を買ってもらっている間に、端でうずくまっておく。
例に漏れず、セラの馬車が私の前に停まった。
「まったく……よりによってあなたと会うなんて」
「……」
相変わらずな悪態をつくセラに、にこにこ笑顔を返す。
人の対応は何度かループすると変化することが多いが、セラは全く変わらない。
ノーラが言っていた通り、本当に私は嫌われているらしい。
「わざわざ自分でこんなところに買い物なんて。イグマリート家の使用人たちはみんな忙しいのね?」
「はい。入学前なので、みんなお姉様にかかりきりです」
「……ふーん」
「お父様もお母様もなんだかそわそわしているんですよね。愛娘の初めての入学だからでしょうか」
「あなた……本当にそんな風に思っているの?」
眉をひそめながら、セラは長い髪の毛をさらりと手で流した。
「その年で貴族のなんたるかを理解していないようね?」
「どういう意味でしょうか?」
「はっきり言ってあげるわ。貴族にとって娘は家の繁栄を広げるための道具でしかないのよ。本心では愛娘だなんて思ってなんかいないわ」
私の鼻の先に指を突きつけながら、セラは言い放った。
「お父様もお母様もそんな風には思っていませんよ。お姉様をちゃんと愛してくれています」
「本当に呆れるわね。それはあなたの目が節穴なだけ」
「そうじゃなくて。本当に仲良しなんです。毎日お話しているし、一緒にお茶会も――」
「……はぁ」
手で目元を覆うセラ。
次の瞬間、私を見る目が変化していた。
好意的に変わった――とかではない。
まるで可哀想なものを見るような目だ。
「――そうね。あなたがそう思うのならそうなんでしょうね」
先ほどのトゲトゲしい声とは打って変わり、優しく諭すような声。
「セラさん。話を聞いて下さい。お姉様と両親は本当に――」
「ええ、ええ。そうね。仲良しこよしで良かったわね? それじゃ、私は用があるからこれで失礼するわ」
「あ、ちょっと――!」
セラはにこやかにその場を後にした。
完全に「これ以上こいつとは話をしても無駄だ」と思われたらしい。
「戻ったよー」
セラの退場と入れ替わるように、ノーラが鉱石を抱えて戻ってきた。
「どうだった?」
「いや。まともに話を聞いてもらえなかった」
私の信用がなかったせいか。
セラの中で「仲の良い家族」が空想上のものでしかないのか。
いずれにせよ、この作戦は通用しないようだ。
「……次の作戦を考えよう」




