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最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います  作者: 八緒あいら(nns)
第六章 入学編

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第二十九話「予定追加」

「夜遅くにごめん」


 ゆっくりと扉を開けて入ってきたのは、予想した通りノーラだった。

 ランプの光は扉まで届かない。なので表情までは分からない。

 ただ、とても沈んだ声をしていることは分かった。


(予想通り、か)


「眠れないんだろ?」

「……うん」

「なら、一緒に寝よう」


 ベッドにノーラを誘う。

 ちょうど私も思考の沼にハマりかけていたところだ。

 これ以上ない知恵を絞っても、いい案は思い浮かんでこないだろう。

 そういう時は切り上げて眠るのが一番だ。


「……」


 ノーラはゆっくりした足取りで扉から離れた。

 そして、ある程度進んだところで足を止める。


「どうしたんだ?」

「その……いいのかな」


 ちょうどランプの光が届く範囲の、ギリギリ外。

 足下だけがぼんやりと光に照らされて、まだ顔は見えない。


「平民が公爵令嬢と一緒に寝るなんて。不敬罪で死刑になったりしない?」

「それはない」

「じゃあ、レイラに私刑されたりしない?」

「それは…………あるかも」


 セーブポイント更新の直前、ノーラはお姉様に釘を刺されている。


 ――ソフィーナのお姉ちゃんは私だから。


 お姉様の視点で見ると、当日から距離感を無視した行いをしている――と見られる可能性がある。

 お姉様はノーラをあまり快く思っていない。

 はっきりと嫌っている訳ではないが、なんとなく言葉の端々に棘がある。


 私が懐いている(ように見える)から、姉の立場を奪われるのでは? と気にしているようだ。

 その気持ちはとても嬉しいが、ノーラはもはや居てもらわないと困る存在だ。

 心証が悪くなってノーラが居辛くなる……なんてことは避けたい。


「……お邪魔しました」

「待て待て。私がなんとかするから大丈夫だ」


 踵を返すノーラの手を握って足を止めさせる。

 この距離まで近付いて、ようやく顔が見えた。


 酷く憔悴している。


 今までも落ち込んだりした様子は見たことがあったが、それらとは違う。

 初めて見る表情だ。

 いつも明るい彼女がそういう顔になっているだけで、胸の辺りがざわめいてしまう。


「なんとかって?」

「お姉様が来たら隠れよう。見つかったら時はループすればいい」

「悪いよ。私なんかのために」

「そういうことを言うな」

「あうっ」


 ノーラをぐい、と引き寄せて立ち位置を交換してから、額を突っつく。


「わ、わ」


 ぐらりと重心が後ろに揺らぎ、そのままベッドにぼふんと倒れる。


「逃がさん」

「ちょ、ちょっとソフィーナ」

「暴れるな」


 起き上がれないよう上半身に力をかけつつ、私もベッドに潜り込む。

 体格的にノーラの方が力は強いが、彼女はまともな戦闘訓練を受けたことがない。そんな相手に逃げられるほど私はやわな鍛え方をしていない。

 体勢の有利さと経験の差で、余裕を持って押さえ込む。


「ん、ん、んんー!」

「騒ぐな。お姉様が起きてくるかもしれないだろ」

「……」


 そのセリフが効いたのか、あるいはどうやっても抜け出せないと悟ったのか。

 ようやく観念し、ノーラの身体が完全に脱力した。


 最後の抵抗とばかりに、ふいっ、とそっぽを向く。


「……ソフィーナ。強引だよ」

「こうでもしないと一緒に寝てくれないだろ。ほら、もう少し真ん中に寄ってくれ。私が落ちる」


 ころんと転がり、ノーラはベッドの中央に移動した。

 布団を引き寄せ、頭まですっぽりと被る。


「顔まで被ってると暑くなるぞ」

「どうして」


 声をかけると、ノーラは布団から目元までを出した。


「どうして私が眠れなくなるって分かったの?」

「経験者だから」


 自分の死は、思っている以上に精神的な負荷が大きい。

 朝に言ったように体の状態はリセットされるが、心はそうじゃない。

 その時はある種の興奮状態にあるので何ともないが、それは一時的なもの。


 時間が経つにつれて徐々に痛みを、恐怖を思い出す。

 夜になるとそれが顕著に現れる。

 目を瞑るだけでも怖くなり、眠っても悪夢で目を覚ます。


 極めつけは、これを共有できる相手がいないことだ。

 ループのことを話しても、それを信じる相手なんていない。

 頭がおかしくなったと思われるのがオチだ。


 唯一、お姉様は信じてくれると思う。

 だが私がループする理由を知ったら、きっとお姉様は自責の念にかられるだろう。


 戻れば元通りになるとはいえ、一度だってそんな思いを味わってほしくない。


 だから死の恐怖は一人で耐えるしかなかった。


「その時はどうしたの?」

「気にならなくなるまで寝た」


 一日寝ても忘れられなかったら、三日、十日と寝続ける。

 時間が解決してくれるとはよく言ったもので、それである程度は回復できた。

 どうにもならない部分は、慣れだ。


 何十回も死ねば人生に一度の重大イベントもそれほど大きいと思えなくなる。

 ノーラには絶対味合わせたくないが。


「ソフィーナは強いね」

「強くない」


 折れそうになる時は何度もあった。

 けどそのたび、私の心にはこの言葉が浮かんだ。


 ――少し時間はかかるかもしれない。けれどあなたには普通の人なら諦めてしまうような困難を打ち破る力がある。私はそう信じているわ


 もし私が折れてしまったら、お姉様が嘘つきになってしまう。

 何の力もない私を無条件に信じてくれたお姉様のために、意地で這っているだけ。


 本来の私は、神が用意した舞台にも上がれないモブなのだ。


「ううん。とっても強いよ」


 ノーラがわずかに身じろぎし、私の方に身を寄せた。


「見て。私、すごく震えてる」


 身体が触れている箇所から、体温と共にノーラの震えが伝わってくる。

 彼女は以前スイレンに殺されているが、あのときは死ぬまでの時間が短かった。

 スイレンを褒める訳ではないが、刺し方も上手だった。だからほとんど痛みなく逝けただろう。


「目を閉じたら、あのテラスに立ってるの」


 しかし今回は違う。

 意識がある状態が長かった。

 そのせいで、より鮮明に死の瞬間が呼び起こされてしまうのだろう。


「目の前にセヴェリウスがいて、手のひらを向けたら、足元から冷たくなって……ああ、私これから死ぬんだって。それが頭の中で繰り返されるの。何回も、何回も」


 人間は負の場面を繰り返し思い出す。

 危機回避のため、本能的にそうなっているらしいが、迷惑極まりない機能だ。

 嫌な場面を何度も思い出して、そのたびに精神をすり減らしていく。


「怖かったな」

「うん。でも」


 ぎゅ……と、ノーラが私のパジャマを強く掴んだ。


「私が死ぬこと以上に、セラに悲しい顔をさせたことが嫌だった」

「……ノーラ」

「私のせいなの。何の力もないのにかっこつけてセヴェリウスにあんなこと言って。そのせいでセラを傷つけた……私がもっとうまくやれてたら、あの子にあんな顔させることもなかったのに」


 私の予想はある意味で当たっていたが、ある意味で外れていたようだ。


 この後に及んでも、まだノーラは自分よりも他人のことを気にかけていた。

 神の世界の住人とはいえ、ここまで来ると聖人の域だ。


「私、もっと強くなりたいよ」

「お前は今のままでも十分強いよ」


 嗚咽を繰り返すノーラを引き寄せる。


「全部吐き出して、泣いて、それから寝よう。いくらでも付き合うから」

「……うぐ。ひっく。ソフィーナ。……ソフィーナあぁ」


 背中を優しく叩くと、堰を切ったように涙があふれ始めた。

 それ止まるまで、私は優しく背中をさすり続けた。




 ノーラから流れる涙が増える度、私の中に黒い感情が渦巻いていた。


 フィンランディ家長男、セヴェリウス。


(私の相棒を傷つけた罪は重いぞ)


 公爵家取り潰しの際に放逐するだけのつもりだったが……それだけでは済まさない。


(お前だけは私の手で潰す)


 私の計画に、ひとつの予定が追加された。

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