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最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います  作者: 八緒あいら(nns)
第六章 入学編

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第十九話「フィンランディ家の面々2」

「こっち向いて」

「……」

「向けっつってんの」


 リネアが足をだん! と踏みつける。

 それが合図になったみたいに、メイドさんの自由を奪っていた水がするりと取れた。

 まるで意思を持ったスライムみたいに、私の手足に絡みつく。


「わ、わ!?」


 あっという間に、メイドさんと同じ格好で宙づりにされる。

 その過程で強制的に振り向かされ、リネアと目が合う。


「ん~? 見かけない顔ね」


 ふわふわした桃色の髪をツーサイドアップにした、お人形さんみたいに整った顔立ちの女の子。

 いつもだったらその可愛さに卒倒していたかもしれないけれど、険しそうに歪めたその表情が、彼女の可愛さをぜんぶ台無しにしていた。


「ライザ。こいつ新入り?」

「……はい。彼女はノーラといいまして、本日配属されました」

「あー。先週、お兄様のせいで働けなくなった奴がたくさん出たもんね」


 ライザさんの説明に、ぽんと手を叩くリネア。

 フィンランディ家では、セラさんの専属使用人以外にも使用人の募集が行われていた。

 どうやら「働けなくなった人」がいたらしいけれど、その人はどうして働けなくなったんだろう。


「いえ、彼女は補充要員ではなく――」


 ライザさんが補足しようとしたけれど、リネアはもう聞いていなかった。

 私から視線を外し、今まさに虐めていたメイドさんの前にしゃがみ込む。


「申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません……っ!」


 痛みと恐怖で縮こまり、震えるメイドさん。


「……」

「おっ、お願いします、命だけは!」

「人聞きが悪いなぁ。私はお父様やお兄様じゃないんだから、よっぽどのことがない限り、そんなことはしないわよ」


 ぴん、と、メイドさんの額を指で弾く。


「次から気を付けてね♪」


 にこー、と、年相応の笑みを浮かべるリネア。

 ここで起きた数分の記憶さえなかったら、萌えてしまいそうなくらい愛くるしい笑顔だ。


 ――だからこそ、怖い。

 あんなことをした相手に対して、タイムラグなくそんな笑顔を向けられるこの子のことが。


「ライザ。この子立てないみたいだから、連れてってあげてー」

「かしこまりました。あの、ノーラは」

「この子は居残りー」


 声のトーンは無邪気なままなのに、どうしてだろう。

 震えが止まらないくらい、恐ろしく感じるのは。


「リネア様。彼女は――っ」


 肩越しに、リネアがライザさんの方を向いた。

 途端に、ライザさんの顔がさあ――と青くなった。


 私の位置からだとリネアの表情は分からなかったけれど、なんとなく、どういう表情をしているかは想像がついた。


「彼女は。なに?」

「――――いえ。失礼いたします」


 ライザさんは俯いたまま、メイドさんを連れて出て行ってしまった。


「さて。まだフィンランディ家のことが分かっていないあんたに、この私が直々に教えてあげるわ」



 ▼


 私は魔法を使うことはできない。

 けれど転生者としての(さが)か、魔法に関しての興味は人一倍あった。

 もともと雑学が好きってことも手伝って、魔法の話を聞くことは大好きだった。


 この世界の魔法は、魔力を使い精霊に代行してもらう形で行使され、そのために呪文を使う。

 そして呪文には、ある種のテンプレートみたいなものが存在している。


 人間は精霊に「お願い」をする立場だ。

 だから呪文は丁寧に、下手に出る言い方が基本。

 もちろん命令口調の呪文でも魔法は使える。

 けれど魔力がより多く必要になったり、想定よりも効果が小さくなってしまう。

 目には見えないけれど、精霊にも感情? みたいなものがある、とソフィーナは言っていたっけ。


 呪文は丁寧に、下手に。

 これが基本。

 けれど、何事にも例外はある。


 精霊に愛された人間は、命令口調の呪文でも問題なく魔法が使える。

 その「愛され度合い」のことを、ソフィーナたちは「適性」と呼んでいる。


「『精霊に命ず。揺蕩(たゆた)う水球を此処(ここ)へ』」


 リネアが呪文を唱えると、彼女の手のひらの周りにテニスボールくらいの水の球がふよふよと現れた。

 ソフィーナが「そうそうできるものじゃない」と言っていた命令形式の呪文で。


「教えてあげる――といっても、この家のルールは至ってシンプルよ。たった一つ覚えるだけでいいわ」

「……」

「私たちに逆らわないこと。もし逆らったら」

「うっ……!」


 リネアが指を向けると、水の球が私のお腹に突っ込んできた。

 水とは思えない重たい感触。胃の中のものがせり上がってくる。


「こんな風に、おしおきされることになるわ。どう? 猿でも分かるくらいシンプルでしょ」

「うっ、うっ、うっ……ッ!」


 リネアが指をくるくる回すたび、どすん、どすん、どすん、と、水の球が離れてはぶつかり、離れてはぶつかりを繰り返していく。


 手足を拘束されて、逃げることも防御することもできない。


 怖い。

 怖い、けど……。

 あのメイドさんは、私よりももっと痛いことをされていた。


 フィンランディ家でやっていくためには、ライザさんのやり方が正しいと、頭では分かっている。

 けれどあの光景を黙って見ていることはできなかった。


 だから、痛いし、怖いけれど。

 後悔はしていない。


「……なーんか、目が気に入らないわね」


 しばらく私を嬲っていた手を止め、リネアが近付いてくる。

 顎を掴まれ、至近距離で顔を睨みつけられる。


「あんた……本当に平民?」

「はい……」

「にしては生意気な顔してるわね」


 リネアが指を鳴らすと、空中で待機していた水の球が、アイスピックみたいな形状に変化した。


「今日のことを忘れないよう、ほっぺをちょっと抉っておこうかな」

「――!」

「ふふ。今さらガタガタ震えたって遅いんだから」


 いじめっ子特有の嗜虐的な笑みを浮かべたリネアが、私に指を向けた。

 淡い光を反射する水の針が、一直線に向かって――


「『精霊に命ず。盾となりて迫る愚者を焼き払え』」


 誰かの呪文が唱えられると同時、目の前に炎が現れた。

 じゅう、と焼ける音がして、アイスピック状の水が蒸発していく。


「――いつまで経っても来ないと思ったら。何してるの」


 部屋の入り口に、いつの間にか人が立っていた。

 赤く、燃えるような髪を腰まで伸ばしたロングヘアの女の子。

 見間違えるはずがない。露店と、入学式で見たあの子だ。


「セラ……ッ!」

「お姉様を付けなさい」


 ギリ……と、セラを睨むリネア。

 まるで親の仇でも見てるみたいな表情だ。


「……何か用ですか()()()。私はいま、この世間知らずの教育に忙しいんですが?」


 お姉様、の部分だけ憎々しげで嫌みったらしい言い方をして、リネアは吐き捨てた。

 ……ソフィーナとレイラはあんなにも仲良しだけど、この家の姉妹はかなり仲が悪いみたい。


「その子の教育は私の仕事よ」

「はぁ? ってことは」


 じろり、とリネアが私を睨んだ。


「あんた、お姉様の専属使用人なの?」

「えっと……はい」

「……ウッッッッザ。だったら先にそう言いなさいよ」


 リネアが手を叩くと、私を縛っていた水がじゅわっと音を立てて消えた。

 自由の身になり、その場にへたり込む。


「私たちに迷惑がかからないよう、ちゃんと教育してくださいね。お姉様」


 リネアはもう私を見ていない。

 助かった……のかな。


「何かあったらお母様に言いつけますから」


 セラとすれ違う際、リネアは去って行った。


「……言われるまでもないわ」


 入れ替わるようにして残ったセラが、じろり、と私を冷たく見下ろした。



 ……まだ、助かってないみたい。

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