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最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います  作者: 八緒あいら(nns)
第六章 入学編

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第九話「理想の形」

 あっという間に入学式の日がやってきた。

 私は太陽が昇るよりも早く目を覚まし、こっそりと部屋を出る。

 目指すは裏庭の馬車小屋だ。


 入学前の死亡イベントのひとつ。

 仕掛けられた悪戯による馬車横転事故。


 イグマリート家の評判に応じてフラグが立ち、イベントが発生する。

 このイベントのフラグはかなり繊細な調整を必要とする。

 評判が高いと発生するが、低すぎても発生してしまう。


 一応、評判は上がるようにしていたが……セーブポイントの関係もあり、微調整まではできていない。


 どちらにせよ初めて通るルートでもあるし、確認はしておかなければ。


「さむ……」


 春の季節になりしばらく経つが、まだまだ名ばかりで朝晩は冷える。

 カーディガンを羽織ったが、それでも寒さがちくちくと肌を刺激した。


 貴族の家と言えば全方位キラキラしたイメージを持つかもしれないが、イグマリート家は違う。

 見える場所はそれなりだが、関係者しか立ち入らない場所にはあまりお金を掛けようとしない。

 木々はもちろん、建物の手入れも。


 そのため、イグマリート家は表と裏でかなり様相が変わる。

 きらびやかな表の庭とは打って変わり、裏庭の雰囲気はどこか薄暗い。

 その雰囲気を嫌ってか、使用人たちもあまり積極的に近付こうとはしない。

 私は暗くて落ち着いた雰囲気が好きなので、表の庭よりも裏庭のほうが好きなのだが……。


「――ん」


 裏庭を進んでいると、木々の合間から屋根が見えた。

 将来、私専用の離れとして使う予定の建物だ。

 表向きは魔法の研究に勤しむための研究室として。

 真の目的は、お姉様を悲劇のシナリオから救うため秘密基地として。


 Aルートでは浮気をネタに父を脅した後で、強制的に奪う場所だった。

 しかし今なら、頼めばすぐに「うん」と言ってくれそうな気がする。


 頃合いを見て頼んでみようと考え――すぐに思いとどまる。


(ダメだ。お姉様がいる)


 以前だと、お姉様と魔法の間にはかなりの距離があった。

 早くから素養に目覚めることもなかったし、興味がない素振りをしていた。


 だが今回はどうだ。

 早くから魔法の素養に目覚め、さらに本人も意欲的に学ぼうとしている。

 対して私は「ほとんど使えない」という(てい)でいる。


 そんな状態で、私が魔法研究用の離れを貰うというのは不自然極まりない。

 仮に魔法を使えることをアピールしても、それはそれでマズい。

 魔法に興味津々なお姉様も研究室に入り浸ることは容易に想像できたし、何なら「共同研究しましょう」と言い出しかねない(それはそれで魅力的ではあるが)


 一応、イベントに関するメモはすべてニホンゴで書くようにしている。

 うっかり見られたとしても誤魔化しはいくらでもできるが……できれば気兼ねなく考えを巡らせる場所は欲しい。


(おっと。今はそんなことを考えてる場合じゃないな)


 明後日の方向に飛んでいた思考を引き戻し、馬車小屋へと急いだ。



 ▼


 数年後に老朽化問題が騒がれる馬車小屋だが、今は崩れそうな気配は微塵もない。

 が、さすがに暗い。


「『精霊の友よ。黒闇(こくあん)彷徨いし者に導きの灯火を』」


 あらかじめ持ってきておいたランタンに、魔法で火を付ける。


 入学式に使う用の馬車は、中に入ってすぐのところにあった。

 イグマリート家が所有する中で、最も装飾が施された派手な馬車だ。


 普段は小屋の奥で布を被っているが、ここぞと言うときに使用される。

 四大公爵家ということを存分にアピールするため、父がお姉様を利用して精一杯虚勢を張ろうとしている。


 ――と、以前までの私なら思っていただろう。

 今は……たぶん違う。


 娘の晴れ舞台のため、めいいっぱいおめかしをして祝おうとしてくれている。

 今の父は、そんな思いでこの馬車を用意した。

 聞いた訳ではないが、なんとなく分かった。


「さてと」


 まず、車輪をガタガタと揺らしてみる。

 外れやすいように楔が緩んでいる――ということはなく、どれもしっかりと車軸にくっ付いている。


 次。

 車体の下に潜り、後輪の方へ体を這わせた。

 指で車軸をつい――となぞってみる。

 後輪の車軸と車体を繋ぐ部分に不自然な切り込みが入っている――ということはなく、しっかりと車体を支えている。


 次。

 馬車の中に入り、天井や壁をぐいっと押してみる。

 重心がズレて馬に引かれると車体がひっくり返ってしまう――ということはなく、頑強そのもの。


 その他、悪戯がされているであろう部分を入念に確認していく。

 異常は……なかった。


 いつもと違う点といえば、かなり念入りに手入れが施されていることくらいだ。

 車軸を触ると取り切れていない汚れでいつも手がベタベタになるのだが、そこも丁寧に掃除されていた。

 私が予想した通り、父はお姉様のために徹底的に綺麗にさせたのだろう。


「……」


 その様子を想像し、自然と唇が笑みの形になった。



 ▼


 馬車に関しては問題なし。

 ――というか、調べるまでもなかった。


「昨日の公爵家の集まり、浮気の件でさんざんバカにされたよ」

「あなたをバカにするなんて許せないわね。目にもの見せてやりましょう」


 父は贖罪のため『浮気をしました』という看板をぶら下げて公務をしていた。

 その影響で、一定まで上げていたはずのイグマリート家の信用は微妙に落ちた。

 「ガタ落ち」ではなく「微妙に落ちた」ところに、貴族社会がいかに妾や浮気を容認しているのかが伺える。

 しかしそのおかげで、下すぎず、上すぎない絶妙な立ち位置になっていた。


 そんな状態なので、そもそも馬車に悪戯が仕掛けられるイベントは発生しない。

 父の会話から察するに、四大公爵家はイグマリート家のことなど歯牙にもかけていないようだ。


 お姉様が平和に入学するには、これ以上ないほど理想的な状態だ。

 私が四苦八苦して調整していたものを、父は看板をぶら下げるだけで達成していた。


 改めて父のことを尊敬……は、しなくていいか。

 とにかく、思わぬ副産物だ。


「さて、私はもう行くよ」


 父は席を立った。

 お姉様の入学式なのだが、急ぎの仕事があるらしい。


「少し遅れるが、必ず出席する」

「お父様。お仕事があるなら無理なさらなくても」

「何を言う。一生に一度しかない娘の門出だぞ。たとえ道端で刺されても行くぞ!」

「縁起でもないことを言わないでください」


 と言いつつ、お姉様は嬉しそうだ。


「さあレイラ。朝食を食べたらお化粧をしましょう」

「お母様がしてくださるんですか?」

「ええ。私の秘伝の化粧で、あなたの秘めたる力を最大限に引き出してあげるわ。視察に来ているであろうアレックス殿下もメロメロになること間違いなしよ!」

「そ……その話はいいですからっ!」

「照れることはないのよ。人を愛するということは素晴らしいことなんだから!」

「ああああ……相談する相手を間違えたぁ……」


 真っ赤になって机に突っ伏すお姉様。

 困った顔はしているものの、本心から嫌がっている様子はない。


 あ、そうだ。

 ノーラをお姉様に付けることを言っておかないと。


「お姉様」

「ソフィーナ、どうかした?」

「私はオズワルド殿下の付き添いになるので、ご一緒できないんです」

「ええ、聞いたわ。残念ね」

「その代わり――と言っては何ですが、今日だけノーラをお姉様の付き人にさせてもらえませんか?」

「どうして」


 お姉様の声が、わずかに強張った。


「後でどんな様子だったのかを教えてもらいたくて。近い場所にいる人のほうがより詳しく話を聞けますし」

「なら、わざわざあの子を通さなくても後で私が直接伝えるわ」

「それは嬉しいですが、入学直後は忙しくて暇が取れないって話ですし」

「ソフィーナ。暇は取るんじゃなくて作るものよ」

「ノーラは学園の案内もできますし、入学をスムーズに進めるためにも」

「あの子の補助がなくても大丈夫よ」


(思っていた以上だな)


 懸念通り――というか、それ以上にお姉様はノーラを付けることを嫌がった。

 お姉様が嫌がることは極力したくないが、イベント回避のためにも今回ばかりは仕方ない。


 とはいえ、どうやって説得しようか。

 言いあぐねていると、見かねた母が口を開いた。


「別にいいんじゃない?」

「お母様!」

「あの子なかなか気が利くし、あなたの隣に立たせても恥ずかしくない立ち振る舞いをしてくれると思うわ。あと、お菓子おいしいし」


 私の知らない間に、ノーラのお菓子は母の胃袋を掴んでいたらしい。

 思わぬ伏兵だった。


「お菓子はいま関係ありません」

「ソフィーナがこれだけお願いしてるのに、叶えてあげないの?」

「……うぐ」


 母の助力で、お姉様がぐらりと揺らいだ。

 勝機を見出し、私は両手を祈るようにして精一杯の懇願をした。


「お願いしますお姉様。どうか」

「…………わかったわ」


 大きくため息を吐きながら、お姉様は同行を了承してくれた。

 紆余曲折あったものの、理想の形で入学式に臨むことになった。


 ノーラには少々負担をかけてしまうことになるが、今回は任せるしかない。

 私は――オズワルドのお守りに専念しなければ。

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