第十四話「らしくない」
「えぇ!? 今度はソフィーナのお父さんが!?」
ループ後。
ノーラに事のあらましを説明すると、彼女は驚き目を見開いていた。
「あの女の人の仕業ってこと……? けど、そんなことをしちゃったら……」
ノーラも例の浮気女を怪しんだが、すぐに眉をひそめた。
リズベラを殺すことに関しては浮気女にメリットがあった。
二人の関係がバレれば援助がなくなるかもしれないし、最悪、怒り狂った母に殺されるかもしれない。
発覚を恐れ、リズベラを殺した。
これは筋が通る。
では、父は?
殺してしまったら援助が受けられなくなる。浮気女にとってデメリットしかないはずだ。
『不幸』か?
いや、さすがにタイミングが良すぎる。
……いやいや、そういうタイミングに限って起こることがあるのが『不幸』だ。
……。
これまで見聞きしてきたことを思い出しながら考え込む。
ノーラはじっと、その様子を見守っていた。
そして出た結論は、
「わからん」
……何も出てこなかった。
「そういえば、選択肢は何か出てきた?」
「いや、出ていない」
イベントすべてに選択肢が出る訳じゃないが、多くはそれが絡んでいる。
私がまだ選択肢を出すところまで行っていないのかもしれない。
それならまだいいが、以前の選択肢で既に先が決定しているようなイベントだったら最悪だ。
過去全ての選択肢を洗い出すところからやり直さないと――
「……」
「どうしたの、ソフィーナ?」
冷えた棒を背中に差し込まれたように、体温が一気に下がった。
……私はもう、セーブポイントより前には戻れない。
もしも以前の選択肢に、今回のイベントの行く末を決めるものがあったとしたら――?
そしてその選択肢を、私が間違えていたとしたら――?
もう過去には戻れない。
ループでどうにか曖昧にしていたお姉様の死が確定してしまう。
『詰み』だ。
「……と、とにかく情報だ!」
落ち着け。
まだそうだと決まったわけじゃない。
襲い掛かる不安を振り払うように、私は語気を強めた。
「今回で突破しようとは考えず、情報収集に徹しよう」
「分かった。私も街の人にそれとなく聞いて回るよ」
「ああ、頼む」
大丈夫だ。
私が諦めない限り『詰み』なんてものは存在しないも同然だ。
▼
新たなスタートを切り、私は父と母を重点的に観察した。
これまでの経験から性格も含め完全に把握していると自負していたが、そういった先入観をすべて捨て、もう一度二人に向き直る。
父、レブロン・イグマリート。
打算的かつ狡猾。女好き。調子に乗ったときは尊大になる。自分の手を汚したがらない。
母、ソニア・イグマリート。
気まぐれの癇癪持ち。自分より強い者になびき、弱い者は虐げる。
……改めて、この二人からお姉様が生まれたことは奇跡としか言いようがないな。
両親の特性を何一つ受け継いでいない。
「……はぁ」
二人を観察すればするほど、その情けなさに気が滅入った。
そんなある日のこと、例の奇妙な会話をした。
「ソフィーナ。最近はどうだ」
「はい。オズワルド様を支えられるよう、日々邁進しております!」
「そうか。レイラはどうだ?」
「はい。イグマリート家の名に恥じぬよう、日々座学に勤しんでおります」
「そうか。イグマリート家の将来は安泰だな」
うっすらと微笑む父。
私が知っている父ではない笑い方だ。
前回、前々回はここぞとばかりに嫌味を言う母からお姉様を庇ったことで父のことなど抜け落ちていたが……。
これは、何かの兆候なのだろうか。
「あとはレイラの婚約者が見つかればいいのですが」
「問題ないですよお母様。きっと、オズワルド様よりも素敵な方が見つかると私は確信しています」
「そんな都合の良い人がいる訳がないでしょう。あまり根拠のないことを言わないで頂戴」
今日の母はあまり機嫌が良くないらしい。
目を吊り上げてこちらを睨みつけてくる。
「まあ待てソニア」
「あなた……」
「レイラは私たちの子だ。良縁があることを信じようじゃないか」
「……まあ、あなたがそう仰るのなら」
矛先をあっさりと引っ込め、母は食事に戻った。
……おかしい。
父が母を諫めるのはよくあることだが……お姉様を信じる?
打算的な父がそんなことを言うはずがない。
何か。
何かが変だ。
▼
「—―というわけで、父が変なんだ」
しばらくした後、街でノーラと作戦会議を開いた折にそのことを報告した。
「普通の会話にしか聞こえないんだけど……」
「いや、父がそんなことを言うはずないんだって」
「……そ、そうなんだ」
断言する私を複雑そうな目で見つめるノーラ。
私は彼女が焼いてくれたクッキーを頬張り、糖分を摂取しながら頭を働かせる。
「何かのヒントに繋がっているかもしれない。あまり使いたくないが、またリズベラにそれとなく調べてもらうか……」
「ソフィーナが直接聞いた方がいいんじゃない?」
「いや、私はオズワルドを見ないといけないから」
奴を放置するとまた駄々をこねてしまう。
オズワルドはあらゆる意味で目を離せない存在なのだ。
「前回はうまくリズベラを誘導できたが……今回はなんて言えばいいんだろうな。父の言動がおかしいから、なんてことは言えないし……」
「……」
「どうしたんだノーラ?」
「ううん、なんでもないよ」
急に黙ったので何か妙案が浮かんだのかと思ったが、違うみたいだ。
しばらく唸ってみたが結局何も出て来ず、またしばらく様子見する、という結論に至った。
▼ ▼ ▼
「—―結局何も分からなかった」
再びセーブポイントに戻った私の第一声はそれだった。
オズワルドの子守という制限はあったものの、家にいる間はできる限り父と母を観察した。
しかし、何も出てこなかった。
唯一あったとすればあの会話だが……。
「リズベラをもっとうまく誘導できればよかったんだが」
一応、それとなく調べてもらうよう頼みはした。
しかし指示が曖昧すぎたために望む行動を取ってくれることはなく、浮気調査に乗り出してしまった。
「『父がなんだか変なんです』なんて言ったら、浮気を疑うよな。他にうまい言い方があったらいいんだが……」
「……ねえ、ソフィーナ」
静かに話を聞いていたノーラが、顔を上げた。
「何か思いついたのか?」
「思いついたというか……気になることがあって」
ノーラは難しそうに眉を寄せ、指を胸の前でしきりに交差させている。
言いたいことがあるけど言い出しにくい時にノーラがよくする癖だ。
「私たちの仲だろ。気になることは遠慮せず全部言ってくれ」
「その、気を悪くしたらごめんなんだけど」
「うん」
「ソフィーナ。なんだからしくないよ」
らしくない。
あまりにも抽象的すぎる言葉に、私は首を傾げた。
「どういう意味だ?」
「自分が動けない時に人を頼ったりはいつも通りなんだけど、今回はそれ以上というか。いつもなら問題に直接立ち向かうのに、やけに回りくどいというか……」
しばらく口をもごもごさせたあと、ノーラはこう告げた。
「なんだかお父さんたちを避けてるみたい」




