第九話『チンタロー王都へ(後編)』
「おぉー! あんまり臭くなーい!」
城壁の中へ入ったチンタローが、目を閉じて深呼吸する。
王都ケツァーナは人でごった返していた。しかし、街に活気はない。
至る所に避難民用のテントが張られ、行き交う人々の表情は重い。物流が滞っている為か、朝市も開かれる様子がない。
ようやく悪臭から解放されたチンタローの顔から笑みが消えるまで、十秒もかからなかった。
「王都はある種の結界で守られていて、魔力の影響が最小限に抑えられているようです。だからこうして、悪臭から逃れようという避難民で溢れかえっているわけでして」
ドエームが、白亜の街並みを見渡しながら言った。
民家や商店、公共施設などの建物は白い壁で統一され、街路樹や植え込みの緑が映える。王都に相応しい、美しい街並みだった。
しかし、無数に張られたテントや避難民の姿は、この街――この国が平時にあらざることを示している。
「なるほど……そういえば、ペンペコからアナルニアに入るまでは全然ニオイがしなかったよな。あれも結界の効果なのか?」
「それねぇ……私にもよく分かりません。魔龍のウンコによる土壌と大気の汚染は、どういうわけか、国の外には全く及んでいないようなんです」
腕組をして考え込むドエームの頭を、タケヤが軽く小突いた。
「おい、ンなことより早く宮殿に行くぞ。武器も没収されたままなんだからな」
「えーっ。ミャーコ、お腹空いたんだゾー。何かおごって、おごってー」
「あぁ? ざけんな、なんで俺がテメェに。 だいたい、王女殿下に謁見するってどういうことか、わかってんのか? 宮殿に上がる手続きやら身体検査やらある。しかも、今の王女殿下は摂政兼宰相だ。申請を出したって、すぐには謁見できねーんだよ」
「王女様が摂政兼宰相? なんだか大変そうだなぁ」
モミーナが遠慮がちに手を挙げた。
「あのあの……アナルニア王家は王族が減って、断絶の危機にあるそうですよぅ。長く王位にいらっしゃるクミトリー九世陛下はお子が少なく、傍系の王族も殆ど断絶してしまったとか……」
「ミャーコの聞いた話だと、国王様はすっかりヨボヨボで、頭もボケ始めてるらしいんだゾ。それで、まだ十七歳の王女様が国政を切り盛りしてるんだゾ」
「ふーん。そこに、この災害ってわけか」
「国王陛下はお若い頃、国内随一の剣士としても有名な方だったんですよぉ。アナルニア剣術は――」
長くなりそうなモミーナの話を、タケヤが手で遮った。
「おい、いい加減にしろよ! 宮殿まで歩いて一時間はかかるんだぞ。その後のことを考えたら、メシ食ってる時間なんかねーよ!」
「わーん!」
ミャーコがあざとく身を揺すりながら、駄々をこねる。
「お腹空いたんだゾー! お肉が食べたいんだゾー! 謁見の時にお腹が鳴ったりしたら、失礼なんだゾー!」
「はっはっはっ。タケヤ、俺も腹が減ったぞ! 何か食べよう!」
「あー、るっせーなぁ! わーった、わーったよ!」
マッスロンまで空腹を訴えるにあたり、タケヤがようやく折れた。
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「うーん、このソーセージ最高なんだゾ! やっぱり焼きたてのソーセージはおいしいんだゾー。焼いたチンコ食べてるみたいで。そうだゾ! これからは焼きソーセージを『焼きチンコ』と呼ぶことにするんだゾ!」
「はっはっはっ。焼きチンコか。ソーセージは確かにチンコに似ているな! うむ、うまい」
串に刺した特大の焼きソーセージを次から次へと平らげながら、ミャーコとマッスロンが満面の笑みを浮かべる。
「あのさぁ……食事中にそういうこと言うのやめようよ……」
チンタローがげんなりした顔で言った。
その横では、他のメンバーが食べかけのソーセージから目を逸らしてうなだれていた。
「頭の悪イ話してんじゃねーよ、お前ら! いいから早く食え。おい親父、いくらだ」
「はいよ。えーと、焼きソーセージ三十六本で……七十二ヒサーヤね」
「ちょ、待てよ。一本、二ヒサーヤか? この前来た時は五十ボラギンだったろ。なんで四倍になってんだよ!」
アナルニアの通貨単位はヒサーヤとボラギン。百ボラギンで一ヒサーヤになる。
ソーセージ屋台の店主が大きくため息をついた。
「こっちだって値上げしたくて、してるわけじゃないよ。材料が手に入らないんだから、しょうがないじゃないか。ていうかさ、あんたら冒険者だろ? 早いとこ魔龍をやっつけてくれよ」
タケヤが舌打ち交じりに雑具入れから銀貨を取り出すと、モミーナが数枚の銀貨を差し出した。
「あのあの……ごちそうさまでした。半分、出しますので……」
「……おぅ」
タケヤはため息交じりに銀貨を受け取った。
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陽も高く昇った頃、宮殿一階にある近衛兵の詰所で、あることが明らかになった。
「はわわわ……紹介状……! ベンジォ大尉の紹介状が、ありませんっ……!」
顔を真っ青にして鞄を漁るモミーナを前に、青い軍服を着た近衛兵下士官の表情が一変した。
「何だって……!? もう一度よく探すんだ。君が失くしたと言ってるのは、軍事機密だぞ!」
「えっえっ! 軍事機密……!?」
「紹介状には軍の紋章が描かれていただろう。紹介状を渡した兵士は、失くさないように言ったはずだ。違うかね? 本当に失くしたのなら、機密漏洩になるぞ!」
「はわわわ……あのあの……ご、ごめんなさいぃ……!」
それまで温かだった詰所の雰囲気が一瞬で剣呑になり、チンタローたちもようやく事態の深刻さを理解した。
笑顔のマッスロンを除いて、詰所にいる全員の表情に緊張が走る。
「ヤバいんだゾ……ヤバいんだゾ……どうするんだゾ……!」
「おい、モミーナ。鞄から落としたんじゃないのか? さっき、屋台で朝飯食ったから……あの時に……!」
他のメンバーと共に様子を見ていたタケヤが顔を真っ赤にして、モミーナに詰め寄る。
「おいゴラァ! 冗談じゃねーぞ、テメェら! 魔龍討伐どころじゃねーだろうが!」
「はわわわ……ごめんなさいぃ……」
「おい本当に紹介状、持ってねーのか! おいゴラァ! 鞄見せろ! 早くしろよ!」
タケヤがヤクザのような口調でモミーナの鞄を取り上げようとした時――。
「騒々しいですね。何事ですか」
凛とした、若い女の声が響き渡った。
落ち着きながらも言い知れぬ威圧感を備えた声に、一瞬で室内が静まり返る。
大理石の床に金属の鋲を打った長靴の音を鳴らして、白と青を基調とした軍服を纏った長身で黒髪の女が現れた。
年齢は二十歳前後。艶やかな黒髪を端正なボブカットに切り揃え、後ろ髪の一房だけを長く伸ばして三つ編みにした、独特な髪型をしている。
白い肌に切れ長の青い目が印象的な、美しい女だった。
「侍従騎士殿。いかがなされた」
「いかがも何も。二階の執務室まで声が聞こえてきましたよ。あぁ……騒ぎの原因は、彼らですか」
侍従騎士と呼ばれた女が、鋭い目でタケヤを見据えた。
その視線に気圧されて、タケヤが黙り込む。
「下衆・クリムゾン……また、あなたたちですか。王女殿下に小汚い粗末な物を見せただけでは飽き足らず、近衛兵の詰所で女性を恫喝するとは。これ以上の狼藉は、この私……侍従騎士ネイピアが許しませんよ」
侍従騎士――ネイピアはタケヤたちに凍りつくような眼光を浴びせながら、腰の長剣に手を添えた。
「ちょ、待てよ……!」
丸腰のタケヤが、思わず口走る。
オールウェイズ・スマイルのマッスロンからも笑顔が消えた。
「あっ……あぁ……ぁふぅん……」
一触即発の状況で、ドMのドエームはひとり身体を震わせながら、必死に興奮を抑えていた。
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