第七話『耐えろ! ウンコ地獄(後編)』
日は落ち、夜空には満月が浮かんでいた。
チンタローたちは二台の幌馬車に乗って王都ケツァーナへと向かっていた。
屋外に出たことで再び悪臭に襲われたチンタロー、モミーナ、ミャーコは、意識も朦朧とした状態で馬車に揺られていた。
布で口元を覆う、鼻をつまむなどしたが効果は殆どなく、もはや嗅覚が麻痺するのを待つしかなかった。
「はっはっはっ。しっかりしろ、お前たち」
チンタローたちの馬車に乗ったマッスロンが笑顔で語りかけるが、誰も応えなかった。
チンタローは幌の下から外を見渡した。
馬車は山間の集落に入り、周囲には民家がまばらにある。夜になったからか、人の姿は見えなかった。
チンタローはこの後の戦いについて考えていた。
タケヤたち下衆・クリムゾンの実力はよく知っている。
同行したモンスター討伐やダンジョン攻略で、不安を覚えたことはなかった。
モミーナの剣術とミャーコの魔法もまた、タケヤたちに決して劣らない。
冒険者としての手腕は未熟な点があるが、タケヤが指揮を執れば大きな戦力になるはずだ。
しかし、自分はといえばチンコが光るだけ。自力では下級モンスターを倒すのがやっと。
タケヤは責任を持って魔龍を倒すと言ったが、それに頼っていいのか。
何もできない自分が、莫大な報酬をもらっていいのか。
報酬を手にした後はどうするのか。
チンタローはそこまで考えて、かぶりをふった。
それ以前に、アナルニアを滅ぼさんばかりの強大な魔力を持つ魔龍を、タケヤたちといえども倒すことができるのか。
魔龍を倒すことができなければ、全ては捕らぬ狸の皮算用。
話を聞く限り、魔龍はタケヤたちのクエストで見てきたモンスターとは全くわけが違う。
自分は勿論、タケヤたちであっても戦えば傷つき、命を落とす恐れすらある――。
突然、馬車が停車し、チンタローの意識は現実に引き戻された。
馬車を引く馬が激しくいなないている。
「おい、御者さん。どうしたんだゾ?」
「馬が、怯えている! これは――」
御者の声は不気味な咆哮にかき消された。
低く重苦しく、鼓膜を乱暴に擦るような、ひたすらに不快で恐ろしいその声――。
夜空の全てに響き渡るかのような、長く大きな咆哮に空気がびりびりと震える。
「何だ、今のは……」
チンタローたちが悪臭のことも忘れて呆然としていると、御者が突然、手綱を放り出した。
「えっ……ちょ、ちょっと! どうしたんですか?」
「やばい、漏れる!」
御者はチンタローの呼びかけにも振り返らず、近くの茂みに駆け込んでいった。
前を走っていたタケヤたちの馬車からも御者が飛び出してゆく。
「あぁ……そうだ、チンタロー。言い忘れてたが」
「言い忘れてた? 何だよ、マッスロン?」
そうこうする間にも、民家から次々と人が飛び出してくる。
全員示し合わせたかのように、近くの茂みや植え込みの陰に駆け込んでいった。
ただならぬものを感じたチンタローは馬車を降り、茂みに入ろうとした男の肩を掴んだ。
「あの、ちょっとすいません! 何があったんですか!」
「おい何すんだよ離してくれ! ウンコがしたいんだ!」
男が泣きそうな顔で叫んだ。
「えっ、ウンコがしたい? 一体どういう――」
「あああああ! もうダメだ我慢できない! ここでする!」
そう言って男はチンタローたちの見ている前でズボンを脱ぎ――。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
悲痛な叫び声を上げて脱糞した。
周囲からも同じような叫び声と、ブリブリブリュリュリュとウンコをひり出す音が聞こえてくる。
言葉を失うチンタローたちに、マッスロンが微笑みかけた。
「はっはっはっ、さっき聞こえたのは魔龍の声だ。あの声を聞くと、どうしてかウンコがしたくなるんだ。でも、トイレがたくさんある家は少ないからな。トイレを逃がしたら、こうして野グソをするしかないってわけだ」
「今のところ、俺たちは平気なんだけど、それは……」
「はっはっはっ、頭の悪い俺にはよく分からぬ。魔力とか特別な力を持っている場合は平気らしい。ところで俺も限界だ! ケツの筋肉が悲鳴を上げているから、そこでウンコしてくる。少し待っていてくれ」
マッスロンはそう言うと笑顔のまま、茂みに入っていった。
「ここは……地獄。まさにウンコ地獄なんだゾ……」
ミャーコが、誰に言うともなく口走った。
ひり出したばかりの新鮮なウンコの臭いが辺り一面に漂う中、チンタローたち三人はこれから待ち受ける魔龍との戦いに、かつてない戦慄を覚えた――。
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いよいよ、王都ケツァーナへ!
新しい出会いがチンタローたちを待ち受けます!
次回もご期待ください!