第五話『ウンコ魔龍への挑戦』
強い日差しの下、二頭立ての幌馬車が二台、アナルニア王国への道をひた走っていた。
やがて道は山がちになり、馬車が大きく揺れ出した。
「おぅっぷ……気持ち悪いんだゾー……」
「はわわ……大丈夫、ミャーコちゃん? 遠くの緑を見るといいですよぉ」
モミーナが、隣に座るミャーコの背中を優しくさする。
その間にも、車輪が石でも踏んだのか車体が大きく揺れる。
力なく垂れ下がっていたミャーコの尻尾が一瞬だけ起き上がり、再び垂れ下がる。
速さを重視してチャーターした四人乗りの中型馬車は、とにかく揺れがひどかった。
「うぅ……ありがと……でも、気持ち悪いのは車酔いのせいだけじゃないんだゾ……」
ミャーコはそれ以上口にせず、視線を動かすこともしなかった。そうすることで喜ぶ相手が、向かいに座っていたからだ。
「ドエーム。アナルニアへはあと、どれくらいで着く?」
「夜には国境へ着くかと。入国手続きを済ませたら、アナルニア軍の馬車でケツァーナまで送ってもらう手はずになっていますよ」
チンタローの隣に座るドエームが、落ち着き払って言う。涙と鼻水をまき散らしながら絶叫していた数時間前の姿とは、まるで別人だ。
ミャーコが忌み嫌う、露出狂にしてドMの変態――ドエームがチンタローたちと同じ馬車に乗っていることにも理由がある。
モミーナの提案により、チンタローたちはタケヤたち下衆・クリムゾンの魔龍討伐に協力することになった。
ケツァーナへ戻る期限まで二日を切った為、タケヤたちは快速の中型馬車をチャーターした。この馬車は乗客の定員が四名なので、二台に分かれて乗った。
クエストの内容と今後の方針について説明する為、下衆・クリムゾンのメンバーが一人、チンタローたちの馬車に乗ることになったのだが――。
タケヤはリーダーとして御者に指示を出す為、チンタローたちと話している余裕はない。
マッスロンは「俺は頭が悪いから難しい話の説明はできぬ」と辞退。
ヤーラシュカは口臭が凄まじい為、却下。
消去法でドエームがチンタローたちの馬車に乗ることになった。
「そろそろ、説明に入ってもいいでしょうか? あの――」
「好きにすればいいんだゾ。それと、名前は呼ばないで欲しいんだゾ。お前に名前を呼ばれると思うだけで背筋が寒くなるんだゾ。あっ、しまっ……!」
ミャーコは言ってから後悔した。
ドエームが身体を小刻みに震わせながら、ハァハァと頬を上気させていた。
「うぅ……もうイヤなんだゾぉ……!」
「ハァハァ……あぁ、いけない。興奮して忘れるところでした。これをどうぞ」
ドエームは真顔に戻り、怯えるミャーコにそっと琺瑯のカップを差し出した。
「えっ……? 何だゾ、これ……」
ミャーコが恐る恐る両手で受け取ったカップには、スライスしたレモンの砂糖漬けと蜂蜜が入っていた。
「これ……食べるのか? ミャーコ、レモンも蜂蜜も好きだけど」
「いいえ。カップを持っていてください」
ドエームは白い薬包を取り出して封を切り、白い粉をサーッ、とカップに入れた。
続いて茶色い薬包を取り出すと、これも封を切って白い粉をカップに入れる。
そこに琺瑯の水筒から少しずつ水を注ぐと、カップの中身が泡立ち、レモンの爽やかな香りが立ち昇った。
ドエームは銀のスプーンでカップの中身をよくかき混ぜると、顔を上げて言った。
「飲んでください。少しは気分が良くなるはずです。大丈夫、変なものは入っていませんよ」
「う、うん。分かったんだゾ……」
出来上がったのは、スライスレモンを浮かべた発泡性の飲み物。
ミャーコがそっとカップに口をつけると、顔に光が戻った。
「おいしーいっ! 甘酸っぱくて、喉がシュワッとして……おいしいんだゾ!」
「そうですか。さあ、全部飲み切ってください」
ミャーコは喉を鳴らして、カップの中身を飲み干した。
「んく、んっく……ぷはぁ。おいしかったんだゾー。んっ……けぷぅ」
ミャーコが気持ちよさそうにゲップをすると、青ざめていた顔に血の気が戻り始めた。力なく垂れていた尻尾も起き上がり、ふわふわと踊り出した。
「どうです。少しは楽になりましたか?」
「う、うん……胸がすっきりしたんだゾ。どうも、ありがと」
「礼には及びません。これも施療師の仕事です。ちょっと、二人とも。そんな目で見たって、あげませんよ。レモンも重曹もクエン酸も、貴重なんですからね」
ドエームは物欲しそうに見ているチンタローとモミーナに釘を差すと、にこりともせずにミャーコからカップを受け取った。
「ちぇー、つまんないの。ところでさ、ドエームの魔法は……」
チンタローは、あくまでさりげなく話を振った。
「ええ、お気づきの通り。車酔いを治す魔法すら使えないんですよ。この拘束具は大したものですね。アナルニアの国章が刻まれているだけのことはあります」
ドエームはそう言って自身の股間に目を落とした。
「王女殿下の前で罰せられ、はめられたことを考えれば、この拘束具はご褒美アイテムと言って差し支えありませんが……魔法が使えないのでは稼ぎになりません。実に悩ましい」
「ヤーラシュカの口が臭いのも、呪いの拘束具のせいか?」
「いいえ。ヤーラシュカは拘束具をはめられていません。あの口臭は別の理由によるものです。では、クエスト内容の説明に入りましょうか」
ドエームが居住まいを正し、アナルニアの国章が描かれた黒革の冊子を開いた。
「まず、今回の討伐対象について。伝説の魔龍は一ケ月前にアナルニア王国西部……クソシテネーレ共和国との国境付近にある廃鉱山に出現したそうです。魔龍は瞬く間に勢力範囲を拡大し、今ではアナルニアを東西に流れるジョロジョロ川流域の半分を勢力下に置く勢いです」
「ジョロジョロ川……ワインとビールで有名な地域なんだゾ」
「打撃を受けているのはワインやビールだけではありません。アナルニアの農業はこの地域に集中しています。加えて、ジョロジョロ川は水上交通の大動脈。早く魔龍を倒さねば、国内の産業は壊滅しかねません。おまけに、住処を追われた人々が大量の難民となっています」
モミーナが遠慮がちに手を挙げた。
「あのあの……アナルニア軍の対応は……? 伝説の魔龍が相手とはいえ……精強で知られるアナルニア軍が何もできないとは、思えないんですが……」
「いいえ。何もできないんですよ。魔龍が持つ闇の魔力の影響で、近づくことさえできません」
「闇の魔力の影響……? 近づくことさえできないって一体、何があるんだ?」
「ウンコですよ」
「……はい?」
「ウンコです。魔龍は各地に闇の魔力を含むウンコをして、人の住めぬ土地にしているんです。そのウンコは蠅も死ぬほどの悪臭。アナルニア軍の将兵も冒険者も、魔龍の勢力圏に足を踏み入れただけで失神してしまうそうです」
チンタローたち三人は無言でドエームの顔を凝視した。
その真剣な表情は、とても冗談を言っているようには見えない。
「現在では風化したウンコが空気中に飛散し、アナルニア全土に悪臭が充満しています。ヤーラシュカの口臭……あの、ゲロ以下の臭いを思い出してください。あの国の空気を一日吸っただけで、あの有様です。魔龍の持つ魔力は、それほど強力なんです。そして、その魔力を打ち破れるのが聖なる剣……そして、聖なるチンコ……『輝けるチンコ』を持つ者だけと言われているのです」
「えぇと……聞いてるだけで頭がおかしくなりそうな話なんだゾ……」
「私もですぅ……」
「輝けるチンコ対ウンコ魔龍……か。子供の冗談みたいな話なんだけど……」
「冗談で二千万ヒサーヤという報酬が用意できますか? 報酬はお金だけではありません。討伐に成功すれば、救国の英雄として爵位と領土も与えられます」
「えぇっ! 二千万ヒサーヤぁぁぁ!?」
ミャーコが身を乗り出した。銀毛の耳がぴくぴく動き、起き上がった尻尾が左右に激しく振られる。
「ミャーコ。ヒサーヤってアナルニアの通貨か? 二千万ヒサーヤって、どれくらいの金額なんだ?」
「バカ! 二千万ヒサーヤっていったら、アナルニア人の平均年収の千年分なんだゾ!」
「千年分!? マジかよ。それに、爵位と領土までもらえるって……」
「それだけ事態は深刻だということです。もう一つ言うと、アナルニア王家は四十年に一度の重要な儀式を控えていますが、その儀式が行われる地が魔龍の手に落ちました。アナルニアはまさに存亡の危機。アナルニア国民は、このウンコ地獄から救い出してくれる勇者を待ち望んでいるんですよ」
ドエームが真剣な表情で語り終えた後、チンタローたち三人は無言で顔を見合わせた。
「どうしました。何か質問でも」
「いや、お前さぁ……そんな危機に付け込んで、自分の欲望を満たしたのか……あらためて考えると最低だな」
モミーナとミャーコが眉をひそめて「そうだそうだ」と言わんばかりにうなずく。
ドエームは不意に頬を緩め、うっとりと笑みを浮かべた。
「あぁ~……お二人とも。その冷たい視線……たまりませんねぇ……」
「駄目だこいつ……早くなんとかしないと……」
チンタローたちがドン引きしている間にも、馬車はアナルニアとの国境へ近づいていた。
その先には、黒雲が立ち込める暗い空があった――。
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アナルニア王都ケツァーナでチンタローたちを待つものは?
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