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第四十六話『王都決戦! 黒い炎を破れ!(その1)』

「絶っっっ対に!! 負けない!!!」


 王宮前の広場にチンタローの雄叫びが木霊する。

 しかし、勇ましい言葉とは裏腹にその心は困惑に満ちていた。


 ――んなぁーーーッ!! どうすりゃいいんだよぉぉぉーーッ!!


 敵は五十四体もの岩石巨人ストーン・ゴーレム、しかもそれを操るのは百戦錬磨の将軍にしてアナルニア最強の剣豪、加えてヴリーリァと同じ闇魔法を操る力を持っている。

 疲弊したモミーナたちがどこまで戦えるか――。

 勝利の確証は全くなかった。

 待ち構えるインモーハミダスはじっとこちらを見据えていた。

 岩石巨人たちは動き出す様子もなく、不気味に佇んでいた。


「チンタロー殿」


 全身の震えと戦うチンタローに声をかけたのはネイピアだった。


「ネイピアさん。何――」

「あなたは剣士としては力不足で、リーダーとしても頼りないところがあります」


 チンタローの言葉を遮って発せられたのは辛辣な言葉だった。

 事実であるだけに、チンタローの心を余計に抉る言葉だった。


「あ……はい……」


 本当は「このタイミングで、なんでそんなこと言うの!?」と叫びたかったが、ぐっとこらえた。


「あなたには国家の一大事を託されたという自覚も希薄に見受けられます。優柔不断な面がありますし、その時々で相談もなしに判断を変えることがしばしばありました」

「あ……はい……」

「ですが」


 ネイピアは言葉を区切り、チンタローに振り向いた。


「鉱山で私の命を救ってくれたのは他ならぬ、あなたです。何が起きるか分からぬ敵地で私たちを先導したのも、魔龍との戦いを勝利で終わらせたのも、あなたです。あなたの勇気に敬服し心よりの信頼を置いているという私の言葉に、偽りはありません」


 そう言って、ネイピアは微笑んだ。

 笑うのが得意ではない生真面目な侍従騎士が、精一杯の笑顔を向けていた。


「……ありがとう。ネイピアさん」

「礼には及びません。私もまた、この戦いには必ず勝つつもりです」


 チンタローは再び、拳を強く握りしめた。

 全身を走る震えが止み、胸が熱くなるのを感じた。


 ――そうだ。このメンバーで任務に臨んだことを後悔することは、決してないだろうと確信した俺の直感は間違っていない。ベンピァックでの作戦を成功させたこのチームなら、きっと――。


 深呼吸して、インモーハミダスを見据える。

 インモーハミダスが僅かに口元を緩めた。


「チンタロー。戦う決意だけは固めたようだな」

「インモーハミダスさん。あなたがどうしても考えを変えないのであれば、仕方がない。俺たちは全力であなたと戦って、あなたを止める。もし、あなたを……」


 チンタローはそこまで言って、唾を飲み込んだ。


「あなたを殺すことになっても……悪く思わないでくれ」

「侮るな。殺すつもりで来なければ、この私は倒せぬ」


 チンタローの背筋に悪寒が走った。精いっぱいの脅しは何の効果もなかった。

 視線の先にいる人間は何度も命のやり取りを繰り返し、その全てを生き抜いた歴戦の将軍だ。

 その気もないくせに使った『殺す』という言葉がインモーハミダスの口から出てきただけで、とてつもない恐怖を感じた。

 全身の震えを必死に抑えるチンタローの背中に激痛と衝撃が走った。


「ぐはぁぁぁ!!」

「バカヤローッ!! ビクビクしてんじゃないんだゾ!」

「あっっ……ごぉぉぉぉぉ……!」


 よろけた背中に罵声を浴びせるミャーコを睨みつけながら、全身の震えが止まったことに気づく。

 ミャーコは「フン」と鼻を鳴らして杖を肩に担ぐと、チンタローの目を見据えた。


「チンタロー。みんな、お前について行くって決めてるんだゾ。だからしっかりしろ!」

「チッ……わかったよ!」


 舌打ちしながらも、ミャーコの豪気さを頼もしく、嬉しく思う。


「みんな!! いくぞ!!」

「おぉっ!!」


 モミーナたち全員が声を合わせ、チンタローの呼びかけに応える。

 その様子を無言で見ていたインモーハミダスが、やがて表情を引き締めた。

 それと同時に、微動だにせず佇んでいた岩石巨人たちが陣形を組み始める。


「なんだ!?」


 驚くチンタローたちの目の前で、岩石巨人たちが瞬く間に楔型の陣形を組み終えた。

 軍事に疎いチンタローにも、一瞬でその陣の強力さは理解できた。

 陣の突出した部分は三重に岩石巨人が配置され、先鋒が倒されても攻撃が続行できる。

 しかも陣は左右に大きく広がり、両翼からこちらを挟み撃ちにできる。


 ――勝てるのかよ、これに!?


「進め!」


 インモーハミダスが叫びと共に右手を宙にかざすと、巨人の隊列が地面を激しく揺らしながら歩み始めた。


「モミーナ、マッスロン! 正面から来る敵を止めてくれ!」

「了解!」

「はっはっはっ! 心得た!」


 言い終わるより前にモミーナとマッスロンが駆け出し、先鋒の岩石巨人に迫る。

 モミーナが剣を、マッスロンが拳を繰り出そうとした瞬間に、インモーハミダスが両手をかざした。


「きゃあっ!」

「なんだ!?」


 インモーハミダスの両手から迸る黒いもやが二人の両腕にまとわりつき、その動きを阻んだ。

 それと同時に、五体の岩石巨人が正面と左右から拳を振り下ろす。

 すんでのところで攻撃をかわした二人の足元の石畳に、轟音を響かせて巨人たちの拳がめり込む。


「ミャーコ! 援護を頼む!」

「承知!」


 すぐさまミャーコが杖をかざすと両翼の巨人たちが両手で地面を叩き、石畳を割り砕いた。


「ミャーコ殿! 気をつけて!」


 ネイピアが駆け出すと同時に、巨人たちが割り砕いた石畳の破片を凄まじい勢いで投げつけてくる。

 ミャーコに降り注ぐ石礫いしつぶての数々をネイピアが全て斬り砕いたが、巨人たちは猶も投石を続けてくる。


「モミーナ! マッスロン! 下がってミャーコを守っ――」


 言いかけたチンタローの視界に黒い炎が迫った。


「!?」

「チンタロー!」


 咄嗟に両手をかざしたチンタローの身体を横からマッスロンがさらってゆく。

 直前までチンタローが立っていた場所に着弾した炎の弾丸は轟音と共に爆発し、大きく地響きを立てた。


「この威力! ヤーラシュカの魔法と同じレベルじゃ!?」

「たぶん、そうだな!」


 チンタローとマッスロンが驚いている間にインモーハミダスが両手に灯した黒い炎が激しく燃え上がる。


「ヤバい!」


 チンタローが叫ぶと同時に、インモーハミダスの両手から無数の火炎弾が繰り出された。


「ミャーコ! なんとかして!」

「人任せなんだゾ、バカ!」


 ミャーコが悪態をつきながらかざした杖に青い光が灯ると、暴風が吹き荒れて全ての火炎弾の軌道を逸らした。

 周囲に着弾した火炎弾が轟音を挙げて大地を揺らす中、両翼の巨人たちが投石をやめて接近してくる。


「ネイピアさん、右側は任せます!」

「はい、モミーナ殿!」


 後退したモミーナとネイピアがすぐさま左右に展開し、五体ずつ迫る巨人たちを待ち構えた。

 今は守りを固めるしかない――。全員がそれを理解した。


「マッスロン! 王女殿下とシリーゲムッシルさんを抱えて下がってくれ!」

「心得た!」

「チンタロー、マッスロン! それはなりません! 私は……きゃあっ!」


 マッスロンは一礼して、抵抗するウォシュレを両手で丁重に抱き上げた。シリーゲムッシルを抱きかかえた時と同じ『お姫様抱っこ』である。


「離して! 離しなさいマッスロン!」

「殿下! 緊急事態ですのでご容赦ください! 処罰は私が受けます! マッスロン殿、頼みました!」

「任された!」


 言うが早いか、マッスロンがシリーゲムッシルに駆け寄ると右手の親指に襟を引っかけ、ひょいと放り上げて肩に担ぐ。


「ひゃっ! すまないねぇ!」

「マッスロン! こっちの様子が見える場所で、殿下とシリーゲムッシルを守っててくれ!」

「はっはっはっ! 心得た!」


 マッスロンが二人を抱えて後退する間に、モミーナとネイピアが巨人の別動隊との交戦に入った。それぞれ五体の巨人を相手に必死で剣を振るい、接近を阻む。

 巨人を形作る岩石はベンピァックで戦った巨人のそれを上回る硬さで、斬りつけても表面が多少、欠ける程度でヒビが入る気配すらない。


「イィィヤァァァァッ!!」

「せぃぃぃぃぃぃっ!!」


 二人の喚声と共に剣と岩石が激しくぶつかり合う音が鳴り響く中、チンタローの正面からは巨人の前衛部隊が楔型の陣形を保ったまま、前進してくる。

 その背後ではインモーハミダスが再び魔法攻撃を繰り出すべく、両手から黒い炎を上げていた。

 チンタローの傍らにミャーコが歩み寄り、杖を構える。その頬を一筋の汗が伝った。


 ――まずい。このままじゃ勝てっこない!


 チンタローの背中にも冷たい汗が流れ落ちる。

 魔龍=ヴリーリァとは違い、インモーハミダスは岩石巨人たちを操りながら自身も攻撃に加わっている。

 自分たちより戦闘技術と経験で勝る相手が強力な闇魔法を操り、緻密な攻撃を繰り出してくる――。

 この状況を覆す考えが全く浮かんでこない。


「どうした、チンタロー。殺してでも私を止めるのではなかったのか?」


 思案を巡らせるチンタローの耳に底冷えするような声が響き渡った。

 ハッとして顔を上げたチンタローを灰色の瞳が正面から見据える。


「投降するなら今のうちだ。悪いようにはせぬ」

「お断りだ!」

「残念だ」


 インモーハミダスは眉一つ動かすことなく言うと、黒い炎を纏った両手をゆっくりと頭上に掲げた。

 やがて炎は収束し、一振りの大剣グレートソードへと形を変えた。黒光りする柄と鍔から燃え盛る黒い刃を突き出した、闇の魔力剣へと。

 刃渡り二メートノレ近い魔力剣は天を突くようにして宙に浮いていたが、やがてインモーハミダスはそれを両手に握り締め、大上段に構えた。


 その光景を見ていたミャーコの顔が一瞬にして青ざめる。

 チンタローにも、インモーハミダスが魔力剣を手にすることが何を意味するかは理解できた。


「仕方がない。チンタロー……まずはお前を斬る」


 インモーハミダスの瞳に殺意の光が宿る中、巨人の一団はじりじりと歩み寄り、距離を縮めてくる。

 巨人たちの足音が迫る中、チンタローは状況を整理していた。

 万一の事態に備えて、マッスロンをウォシュレとシリーゲムッシルから遠ざけるわけにはいかない。

 モミーナとネイピアは巨人の別動隊を食い止めるのに手一杯で、ミャーコの魔法もどこまで効果を発揮するかは分からない。

 事態を打開する為には自らが何かをしなければならない。


 ――俺が、何をすればこの戦いに勝てるんだ!?


 チンタローの心の問いに答える者はいない。

 自らが、その答えを見つけねばならない――。

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