表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/45

第三十四話『決戦! 魔龍対チンタロー(前編)』

 チンタローは肛門括約筋を締め、放尿をやめた。

 小便の長さが自慢のチンタローだが、したくない時には出ないという点では一般人と変わりがない。

 洞窟に入る前に用を足したことで、膀胱には僅かな量しか残っていない。

 これから小便が必要になる可能性を考えると、少しでも残しておく必要がある。


 様子を察したミャーコが杖をかざすと、チンタローの身体は回転をやめ、ゆっくり地上へと降りていった。

 森の中では魔龍の放電により再び火災が発生していたが、小便が降りかかった半径二〇メートノレの範囲では鎮火へと向かっていた。


「ミャーコ、ありがとう。おかげでうまくいった」

「ううん」


 ミャーコが首を横に振った。


「みんながうまく役割を果たしたから、できたことなんだゾ。特にマッスロン、アイツが魔龍を抑えてくれたから」


 そう言って、倒れた魔龍に殴る蹴るの攻撃を加えるマッスロンの背中に目を向ける。


「みんな、聞こえるか」


 マッスロンが精神感応テレパシーで会話に割り込んできた。いつもの笑い声がない。


「こいつはこれまで戦ってきた巨獣や魔物とは、まるで違う。殴っても蹴っても、闘気が通っていかない」


 岩をも砕くマッスロンの剛拳が繰り返し魔龍の身体にヒットし、落雷のような轟音が繰り返し鳴り響く。

 しかし、魔龍は地面に横たわるだけで外見上は傷一つ負っていなかった。

 チンタローはマッスロンの剛拳が強大な巨獣や魔物を打ち砕くのを、何度も見てきた。

 真威百歩神拳しんいひゃっぽしんけんの直撃を受けながら五体満足でいる時点で、魔龍はチンタローの知る魔物を遥かに上回る存在なのだと理解していた。


「わかった、マッスロン。ミャーコ、いまのうちに魔力を回復してくれ」

「わかったんだゾ。ちょうど、あの三人も目を覚ましたことだしナ」


 ミャーコの視線の先で、タケヤとヤーラシュカが徐に身体を起こしていた。


「うぅ……どこだ、ここは……?」

「んっっ……森の、中……? 私たち、街にいたはずなのに……んっ、はぁっ……」


 タケヤの傍らで身を起こしたヤーラシュカが気だるそうに吐息を漏らした。

 ほつれた髪の一本が口の端にかかり、はだけたスカートの裾から太ももがのぞく姿は豊満な身体と相まって扇情的だった。


 ――うわ、なんかやらしい。あんまり見るとヤバいな……。


 チンタローはヤーラシュカから視線を逸らしながら、そわそわとズボンを履いた。

 視界の端で、目を覚ましたドエームが両手足を縛られたまま、陸に上がったアザラシのように身を躍らせていた。


「あっ……あれぇぇぇ~っ!? なんで? なんで私、両手足を縛られてるんでしょう? もしかして、何かのご褒美? これから、何が起きるんですかねぇ!? ねっ、ねっ!?」


 ハァハァと頬を上気させながらのたうち回る卑しい姿を見てしまったことを、チンタローは激しく後悔した。

 その間にミャーコがタケヤたち三人に見える位置まで駆けつけた。


「おい、お前たち! ミャーコをよーく見るんだゾ!」


 言うが早いか、軽やかにステップを踏み始める。


「あっ……! ネイピアさん、見ちゃダメです!」

「はい? えっ!?」


 茂みから出てきたモミーナが、共に出てきたネイピアの目を両手で塞いだ。


「チンタローさんも! あっち向いてて!」

「あっハイ!」


 モミーナに怒鳴られ、チンタローも慌ててミャーコから目を背ける。


「エナジー・ちゅーちゅードレイン!」


 ミャーコは高らかに叫ぶと、踊りながら唄い始めた。


 ハァハァ いい膝 すべすべ

 同じ鍛冶屋のなた いな! いらんよ

 ハァハァ 海老フライが 好き好き

 バキバキと 食べるよ ちゅーちゅードレイン


 支離滅裂な歌を口ずさみながら、ミャーコが不思議な踊りを繰り出した。

 タケヤたちを正面から見据えるミャーコの瞳から、タケヤたちはいつしか目が離せなくなっていった。

 右手で杖を振り回しながら、膝の屈伸と腰の動きを利かせて顔で大きく円を描く振付を見ているうちに、ミャーコの顔が残像を伴って見えてくる。

 いくつものミャーコの顔、ミャーコの瞳――。

 目が回るような感覚と共に、タケヤたち三人の身体から力が抜けてゆく。


「にゃぁぁぁぁぁっ!! きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ミャーコが軽やかにステップを踏みながら叫ぶのと同時に、タケヤたちの身体が光り始めた。


「ちょ、待てよ……なんだ、これ……!」

「あっっ……やぁん……! 身体から、魔力が……っ!」

「あっあっ、あれぇぇぇ……!? 何です、これ!? これも何かのご褒美ですかぁぁ?」


 異常に気付いたタケヤたちの身体から発せられた光が、ミャーコの両手に吸い込まれてゆく。


「にゃっはぁぁぁぁ!! きくぅぅぅぅ!! 気ン持ちいいんだゾぉぉぉぉ!!」


 頬を紅潮させ、尻尾を振りながら踊り狂うミャーコとは対照的に、タケヤたちの顔は青ざめ生気を失くしてゆく。

 やがてミャーコが両手を大きく広げてポーズを決め、ダンスを終えた時には、タケヤたちはぐったりと地面に伏せていた。


「あ……いけない、いけない。ちょっと魔力を吸い過ぎちゃったんだゾー」

「えぇぇぇ!? ちょっと、ミャーコ! 何やってんの!」

「だまらっしゃい! 半日もすれば、また元気になるんだゾ。もう用はないから、どっかに片づけとくんだゾ」


 横暴極まりないミャーコの言葉にチンタローが絶句していると、マッスロンがテレパシーで会話に割り込んできた。


「俺がやる! 魔龍への攻撃を代わってくれ!」

「助かるマッスロン! モミーナ、ネイピアさん! マッスロンと攻撃を代わってくれ!」

「承知しました。モミーナ殿、行きますよ!」

「はい!」


 揃って足を踏み出すモミーナとネイピアを、ミャーコが手で制した。


「風よ、風。力、ちょっと貸して」


 いい加減な詠唱の後、モミーナの刀とネイピアの剣に風が集まり、刃が青く輝いた。


「ミャーコの見立てでは、魔龍の皮膚に斬撃は効かないんだゾ。アイツがやってるみたいに打撃を加えた方がいい。だから、斬撃の効果を打撃のソレに変換する魔法を使ったんだゾ」

「ありがとうございます、ミャーコ殿」

「ありがとうございます、ミャーコちゃん!」


 言うが早いか、モミーナとネイピアが魔龍の傍らへ駆けつける。

 マッスロンは入れ替わりにチンタローの前へ戻ってきた。

 笑ってはいるが顔は汗まみれで、大きく肩で息をしている。明らかに消耗した様子だった。


「マッスロン、タケヤたちを安全なところまで運んでくれ!」

「はっはっはっ。安全なところって、どこだ。俺は頭が悪いから分からぬ」

「えっ……森の外! 森の外まで運んで!」

「はっはっはっ。森の外の、どのへんだ? 俺は頭が悪いから分からぬ」

「あぅ……! 森を抜けた、さっきの街まで運んで!」

「はっはっはっ。さっきの街まで運んだら、後はどうすればよい? 俺は頭が悪いから分からぬ」

「あぁーもう!! いちいち『頭が悪い』とか言わなくていいんだよ!! 街まで運んだら寝かせて、すぐ戻ってきて!! すぐ!!」

「はっはっはっ。よいぞ心得た!」


 マッスロンは両手にタケヤとドエームを抱え、右肩にヤーラシュカを乗せると、チンタローに背を向けた。

 ミャーコが無言でチンタローに歩み寄り、肩を叩いた。

 諭すようなミャーコの目――。

 普段は見せない表情に、チンタローは胸の痛みを覚えた。


「あっ、あの……マッスロン! イライラしてごめん。今のは悪かった。いつも助かってるし、すごく頼りにしてる。本当にありがとう」

「はっはっはっ。気にするな! すぐ戻る!」


 マッスロンは三人の重さをものともせず、軽快に走り去っていった。

 ミャーコがチンタローに笑顔で振り向いた。

 チンタローはミャーコに微笑んで返した。

 人のふり見て我がふり直せ。

 これを機にミャーコにも人をバカだのタコだのと罵倒する癖を改めて欲しいと思ったが、口に出すのはやめた。


「チンタローさん、ミャーコちゃん!」


 不意にモミーナがテレパシーで語りかけてきた。


「駄目です! 殆どダメージが通りません!」

「モミーナ殿の言う通りです! やはり聖剣でなければ……!」


 そう言う間にも、二人は休むことなく魔龍を叩き続けている。

 岩と岩がぶつかり合うような轟音が繰り返し響き渡っているが、横たわった魔龍は身体を揺らすばかりで出血など外傷を負った様子は全く見られない。


「みんな、聞いてくれ。分かったことがある。ここから先は全てテレパシーでやり取りをする」


 チンタローは聖剣の柄を握った手を見つめながら話を切り出した。


「まず、最初に。聖剣には魔龍を倒す力はない」

「なっ……!」


 ネイピアが思わず声を上げ、慌てて口をつぐんだ。


「そんなはずはありません、チンタロー殿。さっきだって、折れた聖剣に触れた魔龍の炎が――」

「違う。あれは、魔龍が俺の小便を口に含んだからだ。俺の小便には思った以上の力がある。マッスロンが魔龍の洗脳を免れて、ミャーコの魔法を受けていないのにテレパシーで話せるようになっていたのも、俺の小便に触れたからだ」


 チンタローは迷いなく言い切った。

 ネイピアは魔龍への攻撃を続けながら、チンタローが語った作戦案を振り返った。


 ――空から小便を降らせてタケヤたちを正気に戻す。タケヤたちが戦闘に加われるならその手を借り、間断なく攻撃を続けて魔龍の疲労を誘い、心理的に揺さぶりをかけつつ無力化に漕ぎ着ける――。


 チンタローは魔龍にとどめを刺すとは言っていない。

 魔龍を倒せるとは考えていないことを、ようやく理解した。


「あの剣はおそらく、聖なる力に反応して光るだけだ。俺が思うに、オーベンデール王は魔龍を倒してはいない。アナルニアの歴史を聞いた魔龍の態度がどうも引っかかる。あの建国神話は……いや、アナルニアの歴史は、肝心なところが作り変えられているはずだ」


 その瞬間、ネイピアの太刀筋が鈍ったことにモミーナは気づいた。

 長剣を振るうネイピアの顔から血の気が引いていた。


「千年前の魔龍討伐から魔龍の復活に至るまで、不可解なことばかりだ。それを解く鍵がどこかに――」

「ごちゃごちゃと、やかましい」


 突然、テレパシーで会話に割り込んでくる声があった。


「図に乗るな、人間共。浅知恵を働かせたところで無駄と言うたはずじゃ」


 耳の奥から脳を侵すような魔龍の声に、チンタローたち全員が戦慄した。


 ――嘘だろ。心の声が聞こえるのか!? どうして……!?

「ここは我の支配する地だと言うたはずじゃ。思い通りに魔法を使えると思うな」


 チンタローが発した心の声に応えながら、魔龍が静かに身体を起こした。

 同時に、魔龍の身体から黒いもやのようなものが立ち昇る。


「二人とも! 離れるんだゾ!」


 咄嗟にモミーナとネイピアが飛びのいた瞬間、魔龍の角から激しい電撃が迸った。

 強い魔力を帯びた電撃に周囲の木々が一瞬で引き裂かれる。


「小僧が言うた通りじゃ。アナルニア人は歴史を都合よく書き変えておる。クソシタール人の小娘も、心当たりがあるようじゃな」


 角からの放電が勢いを増した瞬間、チンタロー達は咄嗟に魔龍の正面から飛びのいた。

 視界が真っ白になるほどの閃光を伴い、熱線が放たれた。

 魔龍の前方にある木々が一瞬にして蒸発し、森の中に太い道が切り開かれた。


 ――駄目だ、強過ぎる……! 魔力も、身体の頑丈さも、全てが桁外れだ――!

「強いのは当然じゃ。我はうぬらが言うところの『神』だったのだからな。多少、打撃を受けようと、大地からの力を得て魔力も体力も回復できる」


 チンタローの心の声を嘲笑いながら、魔龍は長い尾を振り回し、取りすがろうとするモミーナとネイピアを追い払った。


 ――神だって? まさか、伝承に残る豊穣の女神というのは――。

「いかにも。アナルニア建国より遥か昔から、我は豊穣の女神としてたてまつられていた。その我を魔物へと変えたのが、愚かな人間共じゃ」


 青ざめた顔で、それでも攻撃の機会を窺うネイピアを見下しながら、魔龍が角から電撃を放った。

 傍らの大木が根元から引き裂かれ、大きな音を立てて倒れる。


 ――人間が、女神を魔物に変えた――?

「うぬらが語って聞かせた、くだらぬ歴史にもあったではないか。我を奉っていたクソシタール人共はやがて憎み合い殺し合い、ベンピァックの地を血で汚した。人間同士で手を取り合い共に生きる道よりも、戦をして傷つけ合い殺し合い、奪い合う道を選んだのじゃ。先祖たちが我と交わした契約を打ち捨ててな」


 魔龍の激しい攻撃は留まる気配がなかった。

 放電や巨体による攻撃は、モミーナたちが付け入る隙を与えない。


「欺瞞、卑屈、傲慢、強欲、暴力。人間共は千年前から愚劣極まりない。我が復活したことも偶然ではない。眠っている時も、この国を滅ぼさんという強い悪意を繰り返し感じた。我を魔物にしたのも人間なら、我を蘇らせたのも人間じゃ」


 魔龍の赤い目から一つの雫が落ちる瞬間を、チンタローの目が捉えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ