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第三十三話『飛べ! チンタロー仲間たちを救え』

「ぐはぁぁぁ……っ!」


 うめき声を上げながら、魔龍がじりじりと後ずさる。

 鋼のような外殻で守られた巨体を襲う闘気の奔流は、その精神にも混乱をもたらしていた。

 魔法でも、剣技でもない。無論、古代の格闘技でも見たことのない技――。

 人間と戦うことは、これが初めてではない。

 しかし、人間たちが次々と未知の技や自然現象を駆使して立ち向かってくる今の状況は、経験したことがないものだった。


「チンタローには近づけさせん……!」


 マッスロンは卓越した戦闘のセンスで、現状における最適解を導き出していた。

 真威百歩神拳しんいひゃっぽしんけんは威力において魔龍の熱線には大きく劣る。致命的なダメージを与えることはできない。

 しかし、初めて見る技に魔龍は困惑し、対処が遅れるはず。

 タケヤとヤーラシュカの制御にも影響し、モミーナたちの有利につながる可能性がある。

 チンタローがその間に必ず有効な手立てを見つける。

 言葉では整理できないものの、マッスロンは正確に魔龍の出方を分析し、味方が優勢となる状況を作り出していた。


 それは、人を疑うことを知らないマッスロンの純真さがもたらした判断でもあった。

 自らが持ちうる全てを発揮すれば、チンタローは必ずそれに応えてくれる。

 その善意と勇気、自身への信頼を無駄にはすまいと、チンタローは決意を固めた。

 チンタローが両手でパン、と頬を張ると、ネイピアが落ち着きを取り戻しチンタローのもとに歩み寄った。


「ミャーコ、戦いながら聞いてくれ」

「どうしたんだゾ。見ての通りミャーコはとっても忙しい」


 ミャーコが大儀そうに精神感応テレパシーで返す間にも、ヤーラシュカとの戦闘は続いていた。


「スガーウ・ヨキウト……アィテンロフ・イギルネー……! 炎よ刃となれ」


 呪文と共にヤーラシュカがかざした杖の先端から炎が噴き出し、刃渡り一メートノレはある片刃の穂先を形作る。

 あやまたず、ヤーラシュカは炎の薙刀グレイヴでミャーコに斬りかかってきた。

 投射型の魔法ではらちが明かず、接近戦に切り替えて確実にミャーコを仕留めようとしている。


「……死ぬがいいですわ」

「誰が死ぬか、バァァーカ!」


 虚ろな目のヤーラシュカを罵りながら、ミャーコは絶えず繰り出される斬撃と刺突をかわし続けた。

 魔法使い同士の戦闘を初めて見るネイピアは、二人の戦いに目を見張った。

 その力強く素早い攻撃と体裁きは、熟練の剣士や戦士と比較しても全く遜色がない。

 ネイピアはそっと胸に手を当てた。軍服の内側から、高鳴る鼓動が掌に返ってきた。

 チンタローは横目でネイピアを一瞥すると、大きく息を吸ってから話を切り出した。


「ミャーコ、魔力はどれくらい残ってる?」

「節約しながら戦ってるけど、あんまり余裕はないんだゾ。このままだと魔力をどんどん奪われて、十分もすれば魔法が全く使えなくなる」


 危機感をにじませる言葉を口にしながらも、ミャーコはあくまで落ち着いていた。


「よしミャーコ。ここから先は一問一答で答えてくれ。まず第一、魔力を回復する手段はあるか」

「あるんだゾ」

「第二、さっき空を駆け上がったみたいに、俺を空に飛ばすことはできるか」

「できるんだゾ」

「最後に……今いる位置を、ネイピアさんと入れ替えることはできるか」

「できるんだゾ。魔龍がやって見せてくれたからナ」


 ネイピアがハッと息を呑む。

 チンタローが振り返ってネイピアを見た。


「ネイピアさん、ヤーラシュカと――」

「任せてください、チンタロー殿」


 チンタローが言い切る前に、ネイピアは迷うことなく言った。

 その顔に笑みが浮かんでいることに、チンタローは驚いた。

 期待と興奮を抑えきれない――そんな思いが、表情から伝わってきた。


「よろしくお願いします」


 思わず姿勢を正し、こうべを垂れる。

 ネイピアが苦笑した。


「どうしたんです、あらたまって」

「いや、その……なんとなく――」

「はっはっはっ! おーい! チンタロー!!」


 不意にマッスロンの叫びが響き渡った。


「何か思いついたか!? いつまでもこうしてはいられんぞぉぉぉ!!」

「ぐぁぁぁ……っ! おのれ……!」


 闘気の奔流に押されて後ずさっていた魔龍だったが、放たれる闘気が減衰した為か、その場に踏みとどまり長い尾を高くもたげ始めた。

 尾の先端に黒い炎が灯った瞬間、マッスロンは構えを解き真横に飛びのいた。


「消し炭にしてくれる!」


 尾から迸る黒い炎が、マッスロンのいた場所に降り注いだ。

 炎をかわしたマッスロンは素早く魔龍の側面へと回り込み、その左脚を狙う。


「喰らえぇっ!」


 闘気を込めた渾身の掌底しょうてい――魔龍の巨体が大きく揺れた。

 しかし、魔龍はすぐに体勢を立て直し、マッスロンめがけて長い尾を振るう。

 マッスロンが瞬時に動きを見切ってこれをかわすと、周囲の木々が次々となぎ倒される。

 倒れた木の一本を、マッスロンが両手で受け止めた。


「はっはっはっ! 早くしてくれ、チンタロー! 早く! 早く! 早くぅぅぅ!」


 マッスロンは長さ五メートノレ余りの木を棍棒代わりに振り回し、魔龍に繰り返し叩きつけた。

 そのたびに轟音が響き渡ったが、強固な外殻を打ち破ることはできず、打撃は魔龍の身体を揺さぶるにとどまっている。

 その光景を見ていたチンタローの頭に、一つの考えが浮かんだ。


「マッスロン! ありがとう! おかげでもう一つ名案が浮かんだよ!」

「はーっはっはっはっ! 『めいあん』……? まぁとにかくよかった!」

「だから、もう少し頑張ってくれ! あと三分か五分くらい!」

「えぇぇぇー!!」


 チンタローは悲鳴を上げるマッスロンから顔を背け、モミーナに目を向けた。


「モミーナ! 聞こえたか! なんとか踏ん張ってくれ! 無理してタケヤを無力化する必要はない!」

「承知しました、チンタローさん!」


 魔法による加速を受けて猛スピードで繰り出されるタケヤの剣を双刀でことごとく防ぎながら、モミーナが精神感応テレパシーで答えた。

 二人の間合いからは「キンキンキンキン!」と激しく刃がぶつかる音がするだけで、モミーナが口を開いても声は聞こえないだろう。

 二人が剣を振るうたびに斬撃の余波で周囲の木々や岩が切断され、地面に深い裂け目が走る。半径十メートノレ以内に足を踏み入れれば、たちまち八つ裂きにされるだろう。

 どちらかが動きを緩めた瞬間に勝負が決まる……超人的な剣技を操る者同士の戦いがそこにあった。


「さて……ネイピアさん。準備はいいか?」

「しばしお待ちを。テイトーレ・イニコウ・ゾイレイザ・イレーホ……清き水の力、凍てつく風の力よ、ここに集え」


 ネイピアの長剣に氷結の魔力が宿り、周囲の空気が一瞬にして凍てついた。


「いつでもどうぞ。私とて魔法は長く使えません。あなたの策に全てを賭けます」

「わかった。ミャーコ、準備はいいか?」

「待ってたんだゾ。カウントがゼロになったら空間転移術を使うんだゾ。それじゃ、5……4……3……」


 チンタローとネイピアは息を殺して、その瞬間を待った。


「2……1……ゼロ! ここからあそこへ!」


 杖の宝玉に白い光が灯ると同時に、ミャーコの姿が消え――代わりにネイピアがその場に現れた。

 大上段に炎の薙刀を構えたヤーラシュカは異変に気付きながら、そのまま薙刀を振り下ろした。

 付呪エンチャントされたネイピアの長剣が炎の刃を受け止める。

 長剣の刃から激しく音を立てて蒸気が立ち昇り、ヤーラシュカの虚ろな表情に微かな困惑の色が浮かんだ。


「魔法使いとの手合わせは初めてです……貴重な経験になります、ヤーラシュカ殿!」


 剛力を以てヤーラシュカの刃を押し返し、返す刀で逆袈裟ぎゃくけさの斬撃を繰り出す。

 ヤーラシュカは炎の刃でネイピアの凍てつく刃を受け止め、鍔迫り合いとなった。

 一進一退の攻防を繰り広げるネイピアを横目で見守りながら、チンタローがミャーコの耳元に顔を寄せた。


「ミャーコ。ちょっと耳を貸してくれ」

「やめろ気持ち悪い! ミャーコの耳はよく聞こえるから口を近づけなくていいんだゾ。だいたい、テレパシーが使えるんだから口でしゃべる必要もないんだゾ」

「あ、サーセン……それじゃ、みんな聞いてくれ」


 チンタローは全員に伝わるようにテレパシーで作戦案を述べた。

 モミーナとネイピアは必死に攻撃をさばきながら眉をひそめ、露骨に厭な顔をした。

 マッスロンは爪や尾の攻撃を必死にかわしながら棍棒代わりの木を振るって魔龍を打ち叩いていたが、あまり内容が理解できなかったのか、それどころではなかったのか、いつもの笑顔のままだった。

 そうするうちに木が折れてしまい、すぐさま近くの木を持ち上げて再び魔龍を叩き始めた。

 魔龍は熱線と火炎放射を繰り出す様子はない。激しく動きながらではこれらの攻撃ができないことを、マッスロンは感覚で理解していた。

 ややあって、ミャーコが深くため息をついた。


「ま、反対する理由はないんだゾ。仕方ないナー……そいやっ!」


 言うが早いか、前方伸身宙返りでチンタローの背後に回り、ズボンをパンツごと一気に下ろす。


「ぬぉぉっまぶしっ!」


 チンタローの股間から放たれる光に魔龍の目が眩む。

 その隙を見逃さず、マッスロンは木を放り出して大地を蹴り、魔龍の眼前へと迫った。


翠鳥無影脚すいちょうむえいきゃく!!」

「なっ……!?」


 不意に魔龍の身体がのけ反った。

 チンタローは下半身を丸出しにしながら、思わず目を見張った。

 空高く舞い上がったマッスロンの身体は空中で静止ホバリングしているように見えた。

 チンタローの目には、マッスロンの上半身だけが映っていた。


「うおぉりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

「おそろしく速い蹴り……! ミャーコでなきゃ見逃しちゃうんだゾ」


 ミャーコがぽつりと呟いた。チンタローの目には見えないものが、ミャーコの目には見えていた。


「うぉぉあぁぁぁぁぁ!!」


 マッスロンは絶えず左右の足で蹴りを繰り出し、魔龍の頭部に打撃を与え続けていた。

 蹴りがあまりに速い為、常人の肉眼ではその動きを捉えることができない。

 敵を蹴り続けることで落下せず空中に留まる姿は技の名が示す通り、翠鳥カワセミのようだ。


「うぅ……ぐくっ……!」


 魔龍の身体が大きく傾いた。

 いかに強固な外殻と強靭な肉体を誇る魔龍であっても、一秒間に五十発を超える打撃を頭部に受け続ければ、ただでは済まなかった。

 魔龍は遂によろめき――地響きと共に倒れた。

 それに伴い、タケヤとヤーラシュカの動きに乱れが生じた。


「今だ!!」


 追い打ちをかけるべく、倒れた魔龍に飛びかかりながらマッスロンが叫んだ。


「いくゾぉぉぉ! 飛べぇぇぇぇ!!」


 ミャーコが振りかざした杖に白い光が灯ると、チンタローの身体が竹トンボのように回転しながら宙へ舞い上がった。

 ミャーコは飛び上がるチンタローを一瞬だけ見上げると、倒れた魔龍に取りついて手刀や蹴りで攻撃を加えるマッスロンの背中に目をやった。

 チンタローの考えた作戦が思い通りにゆくかは疑わしいと思っていた。

 それを可能にしたものは、ひとえにマッスロンの強さと判断力、そして仲間を信じる純真さだった。

 マッスロンはチンタローから具体的な指示を一切、受けていない。魔龍の前に立ち塞がってからの行動は全て、マッスロンが一人で導き出したものだ。 

 高飛車なミャーコが、マッスロンに敬意を抱き始めていた。


 回転しながら上空へと飛び上がったチンタローは、激しく脳を揺さぶられながらも辛うじて意識を保っていた。

 遠心力で真横を向くチンコの角度を注意深く両手で調節する。


「よし、いくぞ……!」


 魔力もない。

 腕力もない。

 剣術もそれほど強くはない。

 スキルもない。知識もない。

 俺、そんなのはいやだ。俺、そんなままはいやだ。

 勇者になるんだ――!


 震える手に力をみなぎらせ、心を奮い立たせながら、チンタローは放尿を始めた。

 次の瞬間、タケヤの剣をモミーナの双刀が弾き飛ばした。

 殆ど同時に、ネイピアの剣がヤーラシュカの杖を弾き飛ばした。

 モミーナとネイピアは一瞬だけ視線を交わし、素早く茂みへと飛び込んだ。


 虚ろな目で武器を拾おうとしたタケヤとヤーラシュカの頭上に、小便の雫が降りかかった――!


「おぅ……! おぁっ……おぅふ……」

「あっ……! あんっ……あ、はぁン……」


 妙に艶めかしい声を上げながら、タケヤとヤーラシュカは冠水した地面に倒れ込んだ。

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