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第三十二話『必殺拳! 嵐を呼ぶマッスロン』

 魔龍は鋭い牙の並んだ口元を歪め、チンタローを見下ろした。

 左右の角からの放電が勢いを増す。やがて鼻先の一本角が光り始めた瞬間、チンタローは「まずい」と思い咄嗟に右へと跳んだ。


「みんなっ――」


 チンタローが声を発するより先にモミーナたちの足が地面を蹴った。

 一瞬の隙を見逃さず、ネイピアもタケヤの足を払ってその場から飛び退く。

 魔龍の角から閃光が迸ったのは、それとまったく同時だった。

 目の眩むような一条の光線が、魔龍の前方にあるもの全てを一瞬で蒸発させた――!


「なんだ……あれ」


 チンタローは魔龍の放った光線が走った痕を呆然と眺めていた。

 黒く焼かれて抉れた地面は未だ熱を持ち、周りから流れ込む雨水が激しく蒸発し続けている。

 光線の先にあった木々は全て消え失せ、森の中に幅四メートノレ余りの道が切り開かれていた。

 道がどこまで続いているかは分からない。

 しかし、少なくともチンタローの目で確認できる範囲――五〇〇メートノレ先までは続いているように見えた。


「あ……あぁ! そうだ!」

「何じゃ?」

「帰り……帰りの道が増えて、助かったよ。ここまで来た道は、歩きにくかったから」


 チンタローは全身の震えを必死にこらえて、それだけ口にした。

 顔をこわばらせて佇んでいたモミーナたちが、ややあって表情を緩めた。


「チンタローさんたら……こんな時に」

「ほぅ、帰りの道……のぅ? フッ。フフフ……」

「はっ……ははっ。ははは――」


 魔龍につられてチンタローが笑い始めた時、眼前には魔龍の大きな手があった。


「おあぁぁぁ……っ!」


 猛烈な張り手を受けたチンタローの身体が宙を舞った。


「チンタロー殿!」

「ぐっ! あっ! おっ! ……あがぁ!!」


 弾き飛ばされたチンタローは背中で木々の枝をへし折りながら、しばし森の中を飛び……二〇メートノレほど離れた所に落下した。


「あっごぉぉ……がっ、カハッ! ゲホッ! ゴホッ! カッ……! キヒィーッ! ゴホォッ……!」

「……フン、まだ生きておるのか」

「チンタロー! 大丈夫か!」


 マッスロンが瞬時にチンタローの下へ駆け寄る。

 モミーナたちが続いて足を踏み出そうとすると、タケヤ・ヤーラシュカ・ドエームが剣と杖をかざしてそれを制した。


「うっ、ぐっ……! ガハッ、ゴホォーッ!」

「おいチンタロー、しっかりしろ。今、起こしてやる」

 マッスロンが手を貸すものの、身体に全く力が入らない。肋骨を損傷したのか、呼吸がうまくできない。

 起き上がることすらままならず、チンタローは這いつくばったまま咳き込んだ。


「身の程を知れ、慮外者が。我の前で虚勢を張るなど不愉快の極み。うぬらが生きて帰ることはかなわぬ」


 怒りを表すかのように魔龍は大地を激しく踏み鳴らすと、大きく口を開けて唸り声を上げた。

 低く重苦しく、鼓膜を無造作に擦るような咆哮。

 チンタローたちは両耳を押えて必死に耐えた。


 この国へやって来た晩に聞いた、魔龍の咆哮。

 便意こそ免れているものの、凄まじい声量と不快な響きがもたらす圧迫感は尋常ではなく、チンタローら正常な意識を保つ全員が、命の危機すら覚えた。


「フフッヒ。情けないのぅ、この調子では我に手傷を負わせることもできぬのではないか?」

「にゃぁぁっ! ぐぐぐ……!」


 頭痛に苦しむミャーコの背後からドエームが杖を振り下ろす。

 ミャーコは背を見せたままこれをかわし、左手で杖を掴んだ。


「小賢しいんだゾ! お前ら全員まとめて……!」


 杖を掴んでドエームの動きを封じながら、ミャーコが自らの杖をかざした――が。


「……にゃっ!?」


 ミャーコはすぐ異変に気付いた。杖の宝玉に光が灯らない。

 杖に魔力が行き渡らない――。

 一瞬の隙を突いてドエームがミャーコの左手首に手刀を振り下ろしたが、瞬時に動きを見切ったミャーコはドエームの杖から手を離し、前のめりになったその腹を思いきり蹴り上げた。


「ぐほぉっ!」


 宙に浮いたドエームを回し蹴りで蹴飛ばして追い打ちをかけると、素早くその場を飛び退く。

 ヤーラシュカの放った火球がすぐ近くで炸裂したのはそれと同時だった。

 咄嗟に地面へ滑り込み、爆発により飛散する木々の破片をかわした。


「ミャーコちゃん!」

「背中は任せたんだゾ!」


 駆け寄るモミーナと背中合わせに立ち、杖を構える。

 ドエームと入れ替わるようにタケヤが剣を構えて突進し、鋭い突きを繰り出す。

 モミーナは難なく動きを見切り、剣の切先を二振りの刀の切先で挟んで受け止めた。

 次の瞬間、剣を封じられたタケヤの口元が動くと同時に両腕の小手先を返し、タケヤの上半身をのけ反らせると一瞬で懐に飛び込み体当たりを繰り出す。


「おぁっ……!」


 タケヤは呪文を詠唱する暇もなく突き飛ばされ、後ろに控えるヤーラシュカに背中から衝突し、揃って地面に転倒した。


「チンタロー。ボミーナとビャーコはかなり強いな」


 立ち上がるチンタローに肩を貸しながらマッスロンが呟いた。


「単純な実力ならタケヤたちの方が上だと思う。ただ、コンビネーションはタケヤたちより上だ」

「そうか、なるほど」


 マッスロンはモミーナとミャーコの名前を正しく覚えていなかったが、面倒なのでチンタローはスルーした。

 横目で魔龍の様子を窺う。

 魔龍はタケヤたちを操る為か、四本の足を大地に着けたまま動かない。しかし、左右の角から激しい放電が起きており容易には近づけない様子だった。


「チンタロー殿。少し、じっとしていて」


 いつの間にか傍らにいたネイピアがチンタローに耳打ちし、そっと胸に手を当てる。


「あっ……! あふん……」

「気持ち悪い声を出さないで。すぐ済みます」


 敏感な耳と胸元を刺激されて身を震わせるチンタローに顔をしかめながら、ネイピアは回復呪文を詠唱した。


「ルザゴーデ・イナクタキラ・タハケウモーネ・ホノンゾ・レビターク……我は内なる力に訴えるものなり」


 チンタローの胸に当てたネイピアの左手が光り、胸の痛みが引いてゆく。


「ネイピアさん、ありがとう」

「礼には及びません。しかし……」


 チンタローは無言で頷いた。

 ミャーコの様子から気づいていた。魔力の消耗が早過ぎる。

 地面を滑走する魔法の効果も既に失われていた。


「マッスロン、二人に加勢してくれ。今は敵を減らすのが第一だ」

「はっはっはっ。よいぞ任された」

「まずドエームを無力化してくれ。タケヤとヤーラシュカよりは――」


 言いかけて気づいた。マッスロンが難しそうな顔をして唸っている。


「どしたの?」

「チンタロー。『むりょくか』とはどういう意味だ」

「えぇと……戦えなくすることだと思ってくれればいいよ」

「はっはっはっ。よし、分かった!」


 マッスロンは笑顔を取り戻し、モミーナたちのもとへ向かった。

 立ち上がってモミーナたちに剣と杖を構えるタケヤとヤーラシュカの横をすり抜け、起き上がろうとしていたマッスロンの後頭部に手刀を振り下ろす。


「んがぐっぐ……!」


 そして、白目を剥いて倒れるドエームの手足をロープで瞬時に縛り付けてしまった。

 あまりに見事な手際に、ネイピアは思わず唾を飲み込んだ。


施療師ヒーラーのドエームを前に出して戦わせるからさ。それが魔龍の限界なんだろう」

「限界……?」

「術にかかった者をあまり細かく操ることはできないんだろうね。それに、人間の戦いをよく知らない」


 それが戦いの中でチンタローが導き出した結論だった。


「俺たちには魔龍より千年進んだ知識がある。それを活かして戦えば勝機はある」

「モミーナ殿はともかく、ミャーコ殿は魔力も枯渇しているようですが」

「ミャーコなら、なんとかできる。さっきだって絶体絶命の危機から巨人を倒せたじゃないか」

「確かに……先ほどの、炎の竜巻と豪雨には驚かされました」

「思い出した。あの炎の竜巻は、火災旋風という自然現象らしい」

「火災旋風……?」


 ネイピアが考え込む様子を見せた。


「ミャーコが言うには、観測されるのが珍しい現象らしい。確か――」

「ミャーコがアレを見たのは十年前、クルルア王国にいた頃なんだゾ」


 不意に精神感応テレパシーでミャーコが会話に割り込んできた。


「王都アクシロンにいた時、大きな地震が起きたんだゾ。ミャーコと兄者はたまたま宿を出ていて無事だったけど、その晩はどこの避難所もいっぱいでミャーコと兄者は街を歩き回ってたんだゾ。そのうち、あちこちで火の手が上がって、あれよあれよという間に炎が渦を巻いて竜巻……火災旋風になったんだゾ。火災旋風は避難所を襲って大勢の死者が出た。ミャーコと兄者も避難所にいたら、焼け死んでた」

「アクシロン大地震……聞いたことがあります。火災で大きな被害が出たことも知っていましたが、そんなことが」

「……前置きはさておき、魔龍は火災旋風を知らなかったんだゾ。火災旋風の後は雨雲が発生しやすいってことも。だから、それを奪って武器にできた」


 チンタローは火災旋風が発生した時のことを思い出した。


「確かに、魔龍が笑い声を上げるまで一瞬の間があった。余裕の態度を取ってはいたけれど、自分の知らない現象が起きて戸惑っていたんだろう」

「魔法も科学も自然の原理を理解しなきゃ使いこなせないのは同じなんだゾ」

「なるほど。魔龍が原理を理解してないから、あの火災旋風は魔龍の手を離れたってことか」

「そゆこと。ミャーコもこの目で火災旋風を見て、おおよその原理を理解してなかったらできなかった」


 やり取りを聞いていたネイピアが頷きかけて、ハッとした。


「チンタロー殿、魔龍が!」


 言うが早いか、チンタローの肩を掴んで走り出す。

 チンタローも胸元をはだけたまま、それに続いた。


「驕るな人間共。うぬらは殺す」


 沈黙を保っていた魔龍が後ろ足で立ち上がり、大地を揺るがしながら歩き出した。

 左右の角から迸る電撃に触れた枝葉が爆ぜて燃え、歩を進めるごとに木々が燃え広がってゆく。

 先ほどまでの豪雨で地面は冠水していたが、さほど濡れていない木の幹は勢いよく燃え盛っていた。


「ここは我の支配する地……利は我にある。うぬらが浅知恵を働かせたところで無駄じゃ」


 魔龍の言葉に応えるかのように、剣と杖を構え佇んでいたタケヤとヤーラシュカが呪文の詠唱を始める。

 モミーナとミャーコは鋭い踏み込みで瞬時に眼前へと迫る。

 モミーナは刀のむねでタケヤの肩を狙い、ミャーコは杖の柄でヤーラシュカの頭部を狙うが、タケヤとヤーラシュカは難なくこれをかわす。


「チンタローさん、しばらく魔龍さんの相手は任せます!」


 言うが早いか、モミーナはタケヤの放った青く光る刃を左の刀で受け止め、右の刀で横薙ぎの斬撃を繰り出す。

 タケヤは鎧の籠手こてで刀のハバキを受け止め、これを封じた。

 一方、ミャーコは杖を激しく回転させ、ヤーラシュカが次々に放つ火炎弾を霧散させる。

 モミーナ・ミャーコ共に互角の戦いを演じているが、タケヤとヤーラシュカを容易に無力化できる状況ではなかった。


 ――策はある。何か策はあるはずだ――。


 チンタローは刃の折れた聖剣をじっと見つめた。


「はっはっはっ! チンタロー、俺が魔龍を足止めする! 後はなんとかしろ!」

「助かる! 頼んだぞマッスロン」


 チンタローはネイピアと共にその場から駆け出した。

 マッスロンは魔龍の前に立ち塞がると両足を肩幅に開き、腰を落として両手を天に掲げ、大きく深呼吸をした。

 やがてその両手がゆっくりと下ろされ、美しい円を描く。


「ほぅ?」


 その所作に見とれるように、魔龍はしばし動きを止めた。


合理流兵法ごうりりゅうひょうほう奥義・真威百歩神拳しんいひゃっぽしんけん!」


 叫びと共に突き出されたマッスロンの両手が開き、黄金に光り輝いた。


「なに!?」


 驚きの声を発した魔龍の視界が、閃光に塗り潰された。

 マッスロンの鍛え抜かれた両腕から放たれた黄金の闘気の奔流が、魔龍の胸を直撃する。


「ぐっ!? ぬぉぉぉ……!!」


 木々の枝葉が一瞬で燃え尽きるほどの高熱と凄まじい圧力を持った闘気に押され、魔龍の巨体が後ずさってゆく。


「あれは……!? 見たことのない戦闘術です」

「神をも百歩先から狙い撃ち、神をも百歩退しりぞかせる剛拳の真髄……真威百歩神拳。マッスロンと同門の拳士で、これを使えるのはあいつを含めて過去、五人しかいないらしい」

「そんな奥義を……! マッスロン殿は、ああ見えて天才なのでは?」

「格闘技に関しては間違いなく大天才だよ。マッスロンが身に着けてる武術は合理流兵法だけじゃないんだ。全部『なんとなく』で覚えちゃったらしいけど」

「なんとなくって……あっ!」


 後ろを向いて走っていたネイピアが足元の何かにつまずいた。

 すぐ後を走っていたチンタローは急に立ち止まれず、ネイピアの背中にぶつかった。


「うわっ!」

「きゃあっ!」


 ネイピアの背中にのしかかるようにして倒れたチンタローが、ネイピアの下にあるものに気づいた。

 枝を落とされ、皮をはがされた丸太――。


「あっ、これ……俺が小便した丸太だ」

「うぇぇーっ!? さ、最悪ぅぅ!!」


 チンタローたちに聞かせたことのない痛切な悲鳴を上げて、ネイピアが飛び上がった。

 上に乗っていたチンタローがあまりの勢いに転倒したが、ネイピアは丸太に触れた軍服に気を取られてそれどころではない。


「うぅぅ……」


 冠水した地面に手を着き、よろよろと起き上がったチンタローはあることに気がついた。


 ――丸太の周りだけ、燃えた痕がない。あれだけの炎の中で……。


 チンタローは一つの確信を持った。

 それは、この戦いを勝利へと導く鍵だった。

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