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第三十一話『逆転! 下衆・クリムゾン只今参上』

 雲まで達するような火災旋風の中、巨人が地団駄を踏み、両手を大きく動かしてもがく。

 しかし、そんなことで猛火からは逃れられない。


「おのれ……っ!」


 魔龍がトンボのような四枚の翅を動かして風を送るが、乱気流の中では全く意味を為さなかった。


「にゃぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ミャーコが叫びと共に杖を高くかざした。

 杖の宝玉が一際、強く輝くのと同時に、ミャーコの足が大地を蹴った。

 荒れ狂う熱風の中、見えない階段を上るようにミャーコが空へと駆け上がってゆく。

 その目は巨人を呑み込んだ火災旋風の真上に向けられていた。


「ミャーコ! 何を――」


 言いかけたチンタローの肩をモミーナが強く掴んだ。


「下がってチンタローさん!」

「あっ……うん!」

「ネイピアさんはチンタローさんを守ってください!」

「心得ました!」


 肩を並べてその場を離れるチンタローとネイピアに魔龍が目を向けた瞬間、その横顔を火球が直撃した。


「ぐわぁぁっ!」

「どこ見てんだゾ、バァァーカ!!」


 罵声の聞こえた方へ振り返った魔龍がハッとした。

 ミャーコはあっという間に魔龍より遥か上空――高度二百メートノレ余りの位置まで駆け上がっていた。


「おのれ、何を――」


 言いかけて、魔龍があることに気づいた。

 火災旋風の真上に暗雲が渦を巻き、急激な勢いで集まっている。


「あれは……!」


 チンタローとネイピアがミャーコの考えを理解した次の瞬間、空中のミャーコが杖を胸の前に構え、歌を口ずさんだ――。


 雨の 雨の 降りし時

 我はうつむき 涙せん

 我の 我の 悲しみを

 雨は優しう 忘れしむ


 やがて、轟々と音を立てて暗雲が滝のような雨を吐き出した。

 激しい雨脚が火災旋風ごと、巨人の姿を覆い隠す。

 雨が木々と地面を激しく叩く音、雨が炎に触れて蒸発する音。

 その中にあって、ミャーコの美しい歌声が胸に染み入るように響き渡る。


 いつか 空は ほほえみて

 我は あおむき 歩み出す


 この修羅場にはおおよそ似つかわしくない、切なくも優しい歌詞と歌声――。

 雨の勢いは衰えることなく、たちまち地面が冠水し周囲の火災が鎮火してゆく。

 立ち込める霧の中、チンタローはしばし足を止め、ミャーコの歌に聴き入っていた。


「この歌……」


 傍らのネイピアが何かを言いかけたその時、轟音を伴って大地が大きく揺れた。


「やめよ……! その耳障りな歌を、やめよ!」


 宙に浮いていたはずの魔龍が四本の足を大地に着け、全身を震わせて地団太を踏んでいた。


 雨の 雨の 降りし時

 人はたたずみ 顧みる

 人の 人の 憎しみを

 雨は優しう 忘れしむ

 いつか 人は ほほえみて

 いくさ 忘れて 歩み出す


「やめよと言っておろうがぁぁぁ!!」


 魔龍の叫びに呼応して、全身に蒸気を纏った巨人が足を大きく踏み出す。

 巨大な足が大地を揺るがす轟音の中で生じた微かな亀裂音を、モミーナの長い耳は逃さなかった。


「もらった……!」


 小さな呟きと共に両手を広げて真一文字に剣を構えたまま、モミーナは巨人の股下に突進していった。


「……っ! かわせ!」

「イィィィヤァァァァァッ!!!」


 危険を察した魔龍の叫びを自らの喊声でかき消して、モミーナが巨人の足下を駆け抜けた――!


 ややあって、巨人の足下から甲高い音が鳴り響くと、身体が前のめりに傾き始めた。

 両足首を切断された巨人が膝を着き、大地が大きく揺れる。


「モミーナ……本当に……斬った……!」

「莫迦な……!?」


 バランスを崩した巨人が倒れまいと両手を地面に伸ばす。


「無駄だぁぁぁぁっ!」


 全身ずぶ濡れとなったモミーナが返す刀で巨人の懐に飛び込み、その右手を一撃で切り落とした。

 巨人が辛うじて左手を地面に着くが、一本の手では巨体を支えきれずにくずおれる。

 再び大地が揺れる中、下敷きとなるのを間一髪で免れたモミーナが、振り返って叫んだ。


「ネイピアさん!」


 モミーナと目が合った瞬間、ネイピアの足は大地を蹴っていた。

 空高く飛び上がり、両手に構えた長剣を大上段に振りかぶる。

 無我夢中のまま、ただ巨人の頭部を見据えていた。


 瞬く間に、黒く焼け焦げた巨人の頭部が眼前へと迫る。

 柄を握り締める両手に全神経を集中し、深く息を吸う。

 巨人が顔を上げてこちらを向いたのと同時に――渾身の力で剣を振り下ろした。


「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 叫びと共に繰り出した一撃が、顎から頭頂部まで五メートノレを超える巨人の頭を叩き割った。

 森の中に落雷のような音が鳴り響く中、チンタローは目の前の光景に言葉を失っていた。

 絶体絶命と思われた戦況が、たった数分で覆った。

 想像を超える仲間たちの活躍。チンタローは驚きと感激に全身を震わせていた。


 冠水した地面にネイピアが降り立った音で、チンタローは我に返った。

 たった今、巨人を倒したネイピアは刃を見つめ、自身が何をしたのか理解できないような表情だった。

 呆然とするネイピアの上に巨大な影が落ちる。

 力を失った巨人の上半身が大きく傾いていた。


「ネイピアさん!」


 一声ひとこえ発して、チンタローがネイピアのもとへ走る。

 ハッとして上を見上げるネイピアの身体をチンタローがさらってゆくと、頭を割られた巨人は周囲の木々を巻き込みながら、地響きを立てて崩れ落ちた。


「チンタロー……殿……」

「ネイピアさん! やったね!」

「……っ! はい。やりました」


 ネイピアはチンタローの腕の中で、力強く頷いた。

 ややあって、二人のそばにモミーナが駆けつけた。


「ネイピアさん、さすがです!」

「……ありがとうございます、モミーナ殿。あなたと……」

「そう! このミャーコのおかげでもあるんだゾ!」


 誇らしげな言葉と共に、ミャーコが三人の前に降り立った。

 豪雨は徐々に勢いを弱め、小雨となった。

 先ほどまで爆発と炎上が起こっていた森は、次第に静けさを取り戻していった。

 霧の中、黒い影だけを見せる魔龍は動く気配を見せず、じっとこちらを窺っているようだった。

 ミャーコは両手に杖を構えたまま空を見上げると、振り返ってチンタローたちに頷いてみせた。

 モミーナとネイピアが剣を構えてチンタローの左右を固める。

 チンタローは居住まいを正し、深く息を吸うと、大きな声で叫んだ。


「聞こえるか! これで俺の仲間たちの実力がよく分かったことと思う。だが、俺たちはこれ以上の戦いを望まない。あんたを騙して小便を飲ませようとしたことは謝る。だからどうか、戦いをやめて俺たちの話を聞いてくれないか」


 ややあって、霧の中に二つの赤い光が見えた。


「……我に勝ったつもりでおるのか?」


 魔龍は目を光らせながら、苛立った声を発した。

 チンタローはかぶりを振った。


「そんなことはない」

「なに?」

「あんたにもう嘘はつかない。だから言う。俺はこの戦いで、あんたを倒せる確信がない。戦いが終わる時には、あんたじゃなく俺たちが倒れているかも知れない。あんたを倒すことができたとしても、俺たちの誰かが倒れているかも知れない」


 チンタローは刃の折れた聖剣を一瞥すると、再び霧の中に向かって叫んだ。


「俺たちは全員、生きて王都に戻ると約束した! だから、命を懸けた殺し合いはもう御免だ!」

「ほぅ……」

「あんたがそれでも戦うというのなら、やむを得ない。俺たちの持つ力を尽くして、あんたと戦うしかない。だが、仮に俺たちが敗れたとして。あんたも無傷では済まないはずだ」


 ややあって、魔龍が笑った。


「フフッヒ。どこかで聞いたようなことを……長く生きてみると、面白いこともあるものじゃ」

「どうだ。俺たちと話をする気になったか」

「さぁて、どうしたものかのぅ」


 魔龍が考え込む素振りを見せたことで、ネイピアがチンタローに頷いてみせた。

 チンタローが更に畳みかけようと口を開いたその時――。


「はっはっはっ! おーい! チンタロー!」


 ウザいくらい爽やかな声が背後から聞こえてきた。


「マッスロン!」


 チンタローは後ろを振り返ってその名を呼んだ。

 霧に隠れて姿は見えないが、足音からするとマッスロン以外のメンバーも一緒のようだった。


「魔龍さん! 悪いが俺たちの勝ちは確定だ。ここに最強の格闘家と腕利きの魔法剣士に魔法使いが加わる。しかも優秀な施療師ヒーラーを伴って、だ。これでも俺たちと――」

「フッ……フフッ……ハーッハッハッハッハッハッ!」


 チンタローが言い終わる前に、魔龍が狂ったような笑い声を上げた。


「……俺、ジョークを言ったつもりはないぞ」

「愚か者めが! 腕利きの魔法剣士に魔法使いに優秀な施療師とやらは、うぬらの敵じゃ!」

「えっ……?」


 思わず振り返ったチンタローの視界に飛び込んできたマッスロンの笑顔は、青ざめていた。


「チンタロー! 助けてくれー!!」


 マッスロンの肩越しにタケヤたちの姿が見えた。

 迫り来るタケヤ・ヤーラシュカ・ドエームは虚ろな表情のまま、チンタローたちに向かってそれぞれの武器を向けた。


「うそ……ちょ、待っ……! みんな、散開しよう!」


 チンタローたちが咄嗟にその場を離れると同時に、ヤーラシュカの火炎魔法が炸裂した。

 炎と爆風から辛うじて逃れたチンタローの眼前を、魔龍の長い尾がかすめる。


「……っ!」


 ギリギリでかわした尾が巨木を一撃でなぎ倒す。

 一瞬でも判断が遅れていたらと、チンタローは息を呑んだ。


「チンタロー殿!」


 チンタローの下へ駆け寄ろうとしたネイピアの視界に閃光が走った。


「っしゃおらぁぁぁぁっ!!」


 雄叫びと共に繰り出された重く鋭い横薙ぎの斬撃を、長剣の刃で辛うじて受け止める。

 これまで受けたことのない、獰猛で荒々しい実戦仕込みの剣――。

 虚ろな瞳で口元だけを歪めたタケヤの表情に、ネイピアは戦慄した。


「フフッヒ。うぬらの話を聞くか否かは、もう少し考えてからにするかのぅ」


 大きな音を立てて大地を踏みしめながら、魔龍が霧を破って姿を現した。

 頭から生えた牛のような左右の角が、バチバチと音を立てて放電スパークを起こしていた。

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