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第三十話『慮外者! 魔龍は吼えた』

「チンタローさん!!」


 モミーナの叫びも虚しく魔龍の口から黒い火球が放たれた瞬間――。

 チンタローが苦しまぎれに振り回した剣――その僅かに残った刃に触れた火球が、散って消えた。


「……あれ……俺、生きてる!?」

「なっ……!」


 魔龍が言葉を失い、動きを止めた瞬間をミャーコは見逃さなかった。


「風よ、風! お前は誰の味方なんだゾ!」


 ミャーコの怒鳴り声が辺りに響き渡り、巨人の手から白い光が漏れたのと同時に、猛烈な下降気流が発生した。


「おぉっ!?」


 トンボのようなはねを動かして空中に静止ホバリングしていた魔龍の身体が大きく揺れ、ミャーコを捕える巨人が首を左右に動かして怯む様子を見せた。


「ネイピアさん、あの木を切れますね!」


 巨人の足元で様子を見守っていたモミーナが、数歩先にある高さ四十メートノレ近い巨木を指さして問うた。


「……っ! はい!」


 有無を言わさぬ鋭い目つきにネイピアが息を呑みつつ応えると、モミーナは無言でうなずいて巨木の陰へと駆け寄った。


「ンゴぉぉぉぉぉっ!!」


 ミャーコが巨人の手をこじ開けようと叫び声を上げると、ようやく我に返った魔龍がチンタローを睨みつけた。


「うぬら……っ! 小癪こしゃくな!」


 魔龍がチンタローを、巨人がミャーコを握り潰そうと再び力を込めたその時だった。

 巨人の足下で、めきめきと音を立てて一本の巨木が傾き始めた。


「はっ! 苦しまぎれに何を――」


 倒れる巨木の幹が巨人の腕に触れようとした時、樹冠を突き破って飛び上がる影を魔龍は見た。


「なっ……!?」


 枝葉を散らし、二振りの刀を大上段に振りかぶるモミーナの姿に魔龍の目は釘付けとなった。

「双剣よ、唸れ! 我らに斬れぬものなし!」


 傾く木の幹をモミーナが駆け上がってきたことを魔龍が理解するまで、数秒の間があった。


「イィィィヤァァァァァッ!!」


 その隙を突いて、ミャーコを捕えた巨人の左手にモミーナが刃を振り下ろした。

 四本の指が一撃で切断され、ミャーコの身体がてのひらから滑り落ちる。


「えっ!? ちょっと……!」


 ミャーコは四十メートノレの高さから落ちながら、同じく地面に向かうモミーナを目で追った。

 視線に気づいたモミーナが、にっこりと微笑む。


「あーもう! 風よ、風ぇぇぇ!」


 叫びと共に横殴りの突風が吹き込み、モミーナとミャーコの身体をさらってゆく。


「うぬら……逃がすか!」


 魔龍の赤い瞳に見据えられると同時に、ミャーコが杖を振るった。


「アツゥイ炎、炎! ミャーコに力を貸せ!」


 言い終わらぬうちに杖から炎が迸り、細長い炎の噴流が魔龍の目を直撃した。


「くっ……! フン、この程度の炎で我を……!」


 魔龍は一瞬、怯んだものの、すぐに目を開けた。

 その言葉通り、ミャーコの炎には魔龍に有効なダメージを与えられるほどの力はなかった。

 しかし、ミャーコにとってはそれで十分だった。

 魔龍はハッとして、空になった右手を見た。


「助かったぜ、ミャーコ!」

「まったく、二人とも手を焼かせるんだゾ!」


 ミャーコは両肩にチンタローとモミーナを乗せたまま、ふわりと地面に着地した。


「ミャーコちゃんなら、なんとかしてくれると信じてましたよぉ」

「ふん、当然なんだゾ!」


 控えめな胸を張るミャーコの腕をネイピアが強く掴んだ。


「何してるんです! 皆さん、こちらへ!」

「ぐぬぬぬ……! あの慮外者りょがいもの共を踏み潰せ!」


 魔龍が歯ぎしりして叫ぶ。

 だが、巨人が思い切り足を踏み下ろした時には、チンタローたちは森の中へ駆け込んでいた。


「ネイピアさん! 森へ逃げたって安全じゃないよ! 罠の中にいるのは同じだ!」


 木々の間を抜けながらチンタローが叫ぶ。

 周囲では次々と爆炎が上がり木々が燃え、この森がいつまで持つかも分からなかった。


「見通しのよい場所にいるよりはマシです。あの魔龍が炎を吐くのを見たでしょう!」

「……っ!」


 チンタローはつい先ほどのことを思い出し、唾を飲み込んだ。

 ネイピアが振り返り、チンタローの右手にある刃の折れた聖剣を指差した。


「聖剣がなければ、あなたは魔龍の炎で黒焦げになっていたんですよ!」

「……聖剣……なるほど、そうか」


 チンタローはしばし聖剣の柄を見た後、再び前を向いた。

 やがて、チンタローたちは火が回っていない大木の陰に隠れた。


「ところで、みんな。巨人と魔龍を同時に相手にはできない。どうする?」

「同時に戦わなければいい。それだけです」


 チンタローが息を切らしながら言うと、モミーナがこともなげに言った。


「それができりゃ苦労はしないだろ?」

「……いいえ、モミーナ殿の言う通りです。それは可能なはず」


 ネイピアが迷いなく言いきった。


「魔龍が動揺したり、動きを止めるなどした時、巨人もまた動きを止めていました。あの巨人はおそらく意志を持たない人形です」

「なるほど、確かにそうなんだゾ」

「それじゃ、魔龍を倒せば巨人はただの岩に?」


 ミャーコが大きく頷いた。


「たぶん。ただ、それが現実的な方法かは分からないんだゾ。魔龍も巨人も、ミャーコたちの知らない力を持ってるかも知れないからナ」

「出たとこ勝負ってわけか。仕方ないな!」


 チンタローがモミーナに目を向けると、ミャーコとネイピアもそれに続いた。


「モミーナ。巨人の指を斬った感触はどうだった?」

「鋼鉄以上の硬さと粘り……刀の刃渡りよりも深く斬り裂くことは難しいですね」


 同意するようにネイピアが小さく息を吐くと、ミャーコが二人の顔を交互に見た。


「それじゃ、もう少し脆かったら、もっとザックリ斬れるんだゾ?」


 ネイピアが訝しげに眉根を寄せる。

 その傍らでモミーナが目を大きく見開き――。


「斬れますよ。『ざっくり』と……いいえ、『ぱっかり』とね」


 自信たっぷりに言い切った。

 頼もしい言葉にミャーコが不敵な笑みで応えると、モミーナはにっこりと微笑み、なおも訝しげな表情を浮かべるネイピアに振り向いた。

 この状況を楽しんでいるかのようなモミーナの表情にネイピアが一瞬、気圧された。


「ネイピアさん。あなたの剣技の鋭さはよくわかりました」

「えっ……? はい……」

「もっと自信を持ってください。ネイピアさんの剣技はまさしく『万夫不当』です。ですから――」


 モミーナが言い終わる前に突然、地面が大きく揺れた――!


「そこかぁぁぁ!!」


 激昂した魔龍の叫び声と共に巨人の蹴りが地表を抉り、連続して爆炎が巻き起こった。

 巨人の攻撃と爆炎をすんでのところでかわしたチンタローたちを魔龍が上空から睨みつける。


「遊びは終わりじゃ! 死ねぇぇ!」


 トンボのような翅を激しく羽ばたかせながら魔龍が叫ぶと、その下にいる巨人が旋回を始めた。


「散開だ! 散開しよう!」


 たちまちにして木々や土砂が舞い上がる中、チンタローたちが素早く周囲に散らばってゆく。

 それを見下ろす魔龍の二本の角が青く光り、放電を始めた。


「逃がすものか!!」


 魔龍の角から電撃が走り、高さ二十メートノレに達する大木を一瞬で引き裂いた。

 巨人の起こした竜巻は徐々に範囲を広げ、チンタローたちを全く寄せ付けない。

 木々を燃やし巻き上げる爆炎に竜巻、間断なく放たれる電撃。

 灰色だった空は炎に照らされ赤く染まり、広大な森が地獄へと変わってゆく。


 チンタローたちは炎と電撃の隙間を縫うように、絶えず地面を滑走し続けた。

 数秒でも立ち止まれば黒焦げになる。

 巨人を操りながら連続して電撃をも放つ魔龍の魔力は、無尽蔵としか思えなかった。


「王家の走狗いぬ共! うぬらの魔力と体力にも限りがあろう。果たして、いつまで逃げられるかな?」


 竜巻の周囲で上がる無数の爆炎がやがて火柱となり、渦を巻いて空高く立ち昇る。

 ミャーコは炎と電撃をかわしながら、その光景に目を見張った。

 炎と旋風が一体となった恐るべき現象――火災旋風の発生だった。


「炎の竜巻に気をつけるんだゾ! 巻き込まれたら命はないんだゾ!」

「何だこれ! マジかよ……!」


 次から次へと周囲の木々が根本からもぎ取られ、瞬時に燃え上がる。

 凄まじい勢いで地上物を巻き上げ焼き尽くす火災旋風の威力に、チンタローは戦慄した。


「フッ……フフフ。ハーッハッハッハッ! そのまま消し炭になってしまえ!」


 魔龍が高笑いを上げる中、火災旋風が更に勢いを増す。

 地上の全てが巻き上げられ焼き尽くされるのではというほどの勢いにチンタローとネイピアが息を呑む。

 勝利を確信したのか巨人が回転を止め、威嚇するように両手を広げてチンタローたちを見下ろした。


「くそっ……!」


 絶体絶命ともいえる状況の中、チンタローがネイピアと顔を見合わせた。

 ネイピアが苦渋の表情で小さく頷くのを認めると、チンタローは歯噛みして言った。


「モミーナ、ミャーコ! 森を出て町まで戻ろう! このままじゃ焼き殺され――」

「その必要はありません!」

「その必要はないんだゾ!」


 モミーナとミャーコが声を合わせてチンタローの言葉を斬り捨てた。


「えっ……!?」

「モミーナ殿、ミャーコ殿!?」


 猛火の中、ミャーコの杖が白く光った。


「……もらったんだゾ」

「ふん、悪あがきを……!」

「悪あがきかどうか……よぉーく見るんだゾ!」


 ミャーコが宙に弧を描くように杖を振るうと、幾筋もの火災旋風が意志を持ったように集まり始めた。

 一つとなった火災旋風は周囲で巻き起こる爆炎をも吸収し……やがて、直径五十メートノレ余りの巨大な火災旋風となった。


「く……っ!」


 先ほどまで高笑いを上げていた魔龍が押し黙った。

 巨人もまた動きを止め、その場に留まっていた。

 魔龍が動揺していることは、誰の目にも明らかだった。


「ネイピアさん!」


 沈黙を破ったのはモミーナだった。


「さっき、言いそびれましたけど……私たちは必ず、この戦いに勝てます! そうですね、ミャーコちゃん!」

「言うまでもなぁーし! さぁ、いっけぇぇぇぇ!!」


 ミャーコが歓声を上げて杖を振り下ろした次の瞬間、火災旋風が巨人の全身を呑み込んだ――!

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