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第二十八話『恐怖の岩石巨人』

 突き上げるような地響きに司令室の執務机が大きく揺れた。

 ベンピァック要塞司令官・ベンジォ陸軍大佐の手にしたペンの先が滑り、紙面に斜めの線が走った。


「なんだ!?」


 ベンジォが思わず口走ったのと同時に再び地響きが起こり、何度も繰り返す地響きにコンクリートの要塞が激しく揺れた。


「これは、地震じゃない……! まるで、巨人が足踏みをしているような……!」

「大佐殿、この揺れ……廃鉱山の方からです!」


 当番兵がよろめきながら窓を指差した。

 ベンジォは無言で窓に目を向けたが、窓の向こう――チンタローが向かった先は黒い霧に覆われ、要塞からは何も見えない。


「……すぐに各大隊の指揮官を集めろ。弩砲バリスタの用意を急げ。魔龍とその配下の魔物たちが攻めてくるやも知れん。情報は逐一、腕木通信テレグラフで各中継地に送れ」

「はっ!」


 慌ただしく執務室を出てゆく当番兵の背中を見送った後、ベンジォは再び窓の向こうに目を向けた。


「わからん。あの霧の中で一体、何が起こっているのか……」


 ベンジォの不安を煽るかのように、再び大きな地響きが起こった。

 ベンジォは窓に向かって両手を合わせ、目を閉じた。


「ベンピァックの地を守りし豊穣の女神よ……若き勇士たちを守りたまえ! どうか、どうか……!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「散開! 散開しよう!」


 チンタローが言い終わる前に巨人が身をかがめた。そして黒い全身を揺るがすと、ゆっくりと右の拳を振り上げた。


「上から来るぞ! 気をつけろよ!」


 次の瞬間、巨大な拳が振り下ろされ、廃鉱山の入り口が一撃で破壊された。

 雷鳴のような轟音と共に大きな土埃が巻き起こり、砕かれた岩や土砂が辺り一面に飛び散る。

 土埃に視界を塞がれながらチンタローは木々の中へと走った。

 かつて経験したことがないほどに、心臓が激しく脈打つ。

 少しでも鼓動を落ち着かせようと右手で胸を強く押さえ、残った左手で聖剣の鞘を握る。


 この剣を手にした時の高揚感は何だったのか。

 あの、全能感にも似た自信は何だったのか。

 深く考えもせず、自身に何ができるかも考えもせず、その場の勢いで行動していた俺は、何だったのか――。

 後悔に限りなく近い反省を胸の中に抑え込みながら、息を切らして走る。


 モミーナたちの様子を窺おうと振り返ったチンタローの視界に、何かが映り込んだ。

 一瞬で目の前に迫るそれが握りこぶし大の石だと気づいた瞬間、チンタローは思考を停止した。


「チンタロー殿!」


 鋭い声がチンタローの意識を現実へと呼び戻す。

 一瞬の閃きと共に石が斬り砕かれた。


「ネイピアさん……!」

「私と一緒に行動しましょう」

「ごめん。俺――」


 ネイピアの手がそっとチンタローの肩に触れた。


「作戦に変更はありません。あなたが魔龍にとどめを刺せばいいだけです」


 ネイピアはそう言って口元を緩めた。

 下手な笑い方――しかし、今はそれがたまらなく嬉しかった。

 そうだ。大変な時ほど笑っていよう。

 みんなを、俺が笑わせよう――!


「巨人の足は強靭きょうじんだぁぁぁ!!」

「……えっ、えっ!?」


 モミーナの裏返った声が聞こえてきたが、気にせずチンタローは第二弾を放つ。


「洞窟に入ると怖いことがあるって言ったろ! ほらぁなー!!」

「チンタロー殿! 何をやって……巨人に位置を悟られたらどうするんです!」


 ネイピアが慌ててチンタローの口を塞いだ。


「ぷっ……バーカ! これっぽっちも面白くないんだゾ!」


 ややあって、ミャーコの明るい声が返ってきた。

 チンタローはにやりと笑った。


「何、言ってんだよ! 面白くないとか言って、笑ってるじゃないか!」

「チンタローのダジャレに笑ってるんじゃなくて、チンタローのバカさに笑ってるんだゾ! にゃーっはっはっはっ!」


 ミャーコがひとしきり笑った直後、轟音を伴って地響きが起こった。

 再び大きく土埃が舞い、チンタローとネイピアは大きな木の陰に隠れた。

 魔龍が蹴りを放ったのは、まるで見当違いの場所だった。

 すかさず、モミーナとミャーコが駆け寄って来る。


「あの巨人、どうやら頭は回らないようですね」

「耳もよくないみたいなんだゾ。デカいだけなら、戦いようはいくらでもあるんだゾ」


 ミャーコが歯を見せて笑った。

 尖った犬歯が自信の表れのように見えた。

 不意に、ネイピアがハッとした。


「チンタロー殿。もしかして先ほどのつまらないダジャレは、巨人の知覚を確かめる為に……?」

「それはありませんねぇ~」

「それはないんだゾ」


 チンタローが口を開くより早く、モミーナとミャーコが斬り捨てた。

 チンタローはしばし捨てられた子犬のような目で二人を見つめていたが、やがて眼を閉じ、大きく深呼吸をした。


「それぞれ担当を分けよう。攻撃に陽動、観測に戦闘の指示。ミャーコ、ネイピアさん。戦いながらできる支援魔法は?」


 チンタローが言う間に大きな地響きが起き、木々がもぎ取られる音がした。


「ミャーコが風の魔法で、みんなに浮揚の力をあげるんだゾ。これでミズスマシみたいに素早く移動できるんだゾ」

「ミズスマシ……私は、もう少し格調高い表現の方が」

「いいんだゾ、細かいことは。この魔法の持続時間は十五分くらいだから、それまでに巨人を倒すんだゾ。それから……」


 ミャーコの杖――狐の手を象った先端部ヘッドにはめ込まれた肉球型の宝玉が青く輝いた。


「離れていても、これでお互いの声が届くようになるんだゾ」


 ミャーコの口は動いていなかったが、チンタローたちは確かにその声を聞いた。


「さすが、ミャーコちゃん。助かります。それじゃ、私たちは」


 モミーナとネイピアが頷き合った。


「あれだけの巨体です。脚を斬れば動けなくなるはず。私たちは足元で巨人を撹乱しつつ、隙を見てその脚を狙いましょう」

「はい、ネイピアさん」

「では、私は疲労回復と疲労軽減の魔法を。持続時間は十分余りです。ミナオロン・タポリビン……我は内なる力の守護者なり。血の川と肉の大地に天よりの恵みあれ」


 チンタローたちの全身を白い光が包み込んだ。


「あっ、あぁ……これ……すっごく、気持ちいい……」


 チンタローは心地よい温かさが頭の天辺てっぺんから爪先まで浸透してゆく感覚に、思わず身体を震わせた。


「チンタロー殿、変な声を出さないでください。実に気持ち悪いです」

「あのあの……なんだかちょっと、いやらしいですよぅ……」

「ホントなんだゾ。気持ち悪っ……」


 女子三人から軽蔑の視線を向けられ、チンタローは小さく咳払いをした。


「……とにかく。俺の力じゃ、あの巨人を倒せない。俺は陽動も兼ねて動きまわって、巨人の動きと魔龍や他の魔物が出てこないか観測して伝える。ミャーコはモミーナとネイピアさんを援護しながら、有効な攻撃方法を探ってくれ」

「わかったんだゾ。魔龍が姿を見せないのが気になるから、なるべく早く巨人を倒さなきゃ」


 チンタローたちは頷き合うと、同時に立ち上がった。


「よし……それじゃ、やるぞ。ミャーコ、牽制と指示を頼む」

「わかった。ミャーコはなるべく離れないようにするけど、無理はしちゃ駄目なんだゾ、チンタロー」

「うん。モミーナ、ネイピアさん。足元からの攻撃は任せたよ」


 モミーナとネイピアが力強く頷くと、チンタローは聖剣を抜き放った。


「っしゃぁっ! いくぞぉぉぉっ!」


 チンタローが聖剣の切先で天を衝くと、青い光が雲にまで達した。

 巨人が身体を動かしたのか、重々しい音と共に地面が揺れる。


「どうやら、この聖剣の光には反応するみたいだな……ミャーコ。浮揚の力って言ったけど、どうすれば早く動けるんだ?」

「考えるだけでいいんだゾ。あっちに行きたい、とか」

「なるほど、考えるだけで。それじゃ……わぁぁぁっ!」


 チンタローが言い終わる前にその足が宙に浮き、身体が凄まじい勢いで廃鉱山に向かって突っ込んでいった。


「ちょっと、チンタローさん!?」

「ひぁぁぁぁっ!! 止めてぇぇぇ!!」


 鉱山の岩肌にぶつかる寸前でチンタローの身体が空中に静止した。

 杖をチンタローに向けるミャーコの傍らで、モミーナが大きすぎる胸を撫で下ろした。


「おぅっぷ……!」


 胃の中が激しく揺さぶられ、チンタローは口を押さえて胃から上ってきたものを飲み下した。

 その拍子に聖剣を落としそうになったが、慌てて持ち直す。


「このバァァァカ! 何やってるんだゾ!」


 精神感応テレパシーで伝わるミャーコの罵声がギンギンと脳内で反響する。

 口の次は頭を押さえたチンタローの真上に、大きな影が迫った。


「えっ、ちょっと待っ……!?」

「このタコぉぉぉぉ!!!」


 巨人の足に踏み潰されようとしていたチンタローの身体を、ミャーコが罵声と共に横からさらっていった。

 土埃にむせるチンタローのこめかみを、ミャーコが拳でぐりぐりと責めた。


「あいててててて! ちょ、待っ……やめて、ミャーコ!」

「このスカタン! うすらトンカチ! この調子じゃ陽動も観測もできないんだゾ! チンタローはミャーコと一緒に行動するんだゾ! ほれ!」


 言うが早いか、ミャーコはチンタローをひょい、と背中におぶった。


「あの、ミャーコさん!? これ、すごくかっこ悪いんだけど……下ろしてくれませんかね……?」

「うるさい! いっぱしの口を利くなら、迂闊うかつな真似すんじゃないんだゾ!!」

「迂闊も何も……初体験の魔法だったし」

「あーもう、黙ってるんだゾ! 風、風! 力、貸して!」


 ミャーコが叫びながら杖を振りかざすと巨人の足下で旋風つむじかぜが巻き起こり、土埃が柱のように立ち昇って巨人の視界を覆った。

 巨人が腕を振り回して身じろぎしている間に、勇ましい喊声かんせいが響き渡った。


「イィィィヤァァァッ!!」

「せいぃぃぃぃぃぃっ!!」


 いつの間にか巨人の足下に回り込んでいたモミーナとネイピアが、直径四メートノレはある巨人の足首を狙って、前と後ろからすれ違うように突進した。

 浮揚の力を得て加速したモミーナの双刀とネイピアの長剣が、左右から全く同時に巨人の足首に走り、紫色の火花が散った。

 金属と金属がぶつかるような甲高い音が廃鉱山の岩肌にぶつかって反響する中、巨人が地団駄を踏むように両足を動かし、足元のモミーナとネイピアを追い立てた。


「モミーナ殿、駄目です!」

「あの硬さ、まるで鋼鉄ですよぅ……簡単には斬れませんね」


 踏みつけから逃れたネイピアとモミーナが同じタイミングで歯噛みする。

 巨人の足首には、僅かに切れ込みが入っただけ。

 硬さと粘りのある割れにくい強靭な材質であることが、この一撃でよくわかった。


「チンタローさん、ミャーコちゃん! 一撃では倒せませんよぅ!」

「闇雲な攻撃では意味がありません。なんとかして弱点を探りましょう」


 ミャーコの背中で二人の報告を聞いていたチンタローは必死に頭を巡らしていた。

 そして、一つの疑問が浮かんだ。


「ミャーコ。魔龍はウンコ・ゴーレムとか、あの巨人とか街の人とか……どうやって操ってるんだろう?」

「魔龍の使う魔法はミャーコの知らない古代魔法だから、わからないんだゾ。ただ……」

「ただ?」

「魔法使いが生物や無生物を操るには、自らの魔力の及ぶ範囲にあることが絶対条件なんだゾ。つまり廃鉱山の中から、あの街……いや。黒い霧の中全てにある物が、魔龍の手の中にあるのと同じなんだゾ」


「なんだって。それじゃ、俺たちは……!」


 チンタローの背筋に冷たいものが流れ落ちるのと同時に、すぐそばで黒い火柱が上がった。


「にゃっ!?」


 ミャーコが慌てて離れると立て続けに周囲で火柱が上がり、たちまち木々が燃え始めた。


「罠だ! 魔法の罠が仕掛けられてる!」


 チンタローが叫ぶ間に炎は燃え広がり、モミーナとネイピアが木々の中から慌てて飛び出してきた。

 巨人がそんな二人を嘲笑うかのように、地面を削り取るようなローキックを繰り出した。

 間一髪で巨大な足と土砂から逃れたモミーナとネイピアが、チンタローとミャーコのもとへと駆け付ける。


「チンタロー殿、こんな所では戦えません!」

「それじゃ、どこで戦えばいいんだよ!? 魔龍の勢力圏は魔龍の罠だらけなんだぞ!」


 ネイピアが言葉に詰まると、ミャーコが首を横に振った。


「罠だらけ? そんなもんじゃないんだゾ。これは――」


 言い終わる前に、四人の上に大きな影が迫る。巨人の両手だ。


「わぁぁぁっ! 散開! 散開!」


 蜘蛛の子を散らすようにチンタローたちが逃げ出した直後に、巨人の両手が地面を激しく叩き付けた。

 大地が再び大きく揺れる。浮揚の力を得ていなければ、立っていられないような激震だった。

 やがて巨人は標的をチンタローに定め、踏みつぶそうと追い縋ってきた。

 ミャーコがチンタローを背負って巨人の足から逃れる最中も周囲で火柱が上がり、ミャーコは間一髪でそれをよけ続けた。


「チンタロー。これは……」


 ミャーコが頭を押さえながら口を開くと、チンタローは小さくうなずいた。


「俺にもわかった。罠だらけなんてもんじゃない。魔龍の勢力圏そのものが、魔法の罠になっているんだ。俺たちは、その罠の中にいるんだ!」


 精神感応テレパシーによって、全員が唾を飲み込む音がチンタローの耳にはっきりと聞こえた。

 そして――。


「その通り。うぬらが我の罠から逃れる術はないぞ」


 あの、高慢な言葉遣いに似つかわしくない幼い声が、四人全員の鼓膜を打った。

 チンタローたちは自然と顔を上げた。

 その視線の先――空中に、あの小柄な少女――魔龍が佇んでいた。

 嘲笑に歪んだ口元から見える鮫のような歯、冷たく光る赤い瞳に、チンタローたちは戦慄を覚えた。


「フフッヒ」


 魔龍が笑い声を上げた直後、黒い炎が魔龍の全身を包み込み、大きな爆発が起きた――!


 突然の閃光と爆風に目が眩んだチンタローたちが再び目を開けた時、視線の先には一頭の黒い龍の姿があった。


 鼻先から尾の先までは三十メートノレ余り。

 全身が黒い甲冑のような皮膚で覆われ、トカゲのような身体に人間の手のような四肢と長い尾、トンボのようなはねを持ち、トカゲにも猛禽にも似た頭部には、二本の大きな角が生えている。

 その恐ろしい姿には、全ての生物の長所を組み合わせたような一種の美しさがあった。


「さぁて……じっくりと絶望と恐怖を味わわせた後で、なぶり殺しにしてくれようぞ」


 魔龍の両手足と尾の先から黒い炎が噴き出し、激しく渦を巻いていた。

前門の巨人、肛門……もとい、後門の魔龍!


魔龍の圧倒的な魔力が天地を焦がす!!


絶体絶命の危機に陥ったチンタローたちは、生きて王都へ戻ることができるのか!?


次回もご期待ください!!

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