第二十七話『廃鉱山突破せよ』
廃鉱山の出口を目指して走り続けるうちに、先頭のチンタローが突然、足を止めた。
「わわっ!」
すぐ後ろを走っていたモミーナが止まり損ねてチンタローに追突した。
甲冑からはみ出した胸がチンタローの背中に心地よい温もりを与えた次の瞬間、ネイピアとミャーコがそれに続いてドミノのように倒れた。
一番下になったチンタローは三人分の体重にのしかかられて「ギュウ」と音を上げた。
「いったたた……チンタロー! 何やってるんだゾ!」
悪態をつきながら立ち上がったミャーコは、チンタローが立ち止まった理由をすぐに理解した。
「あれ……おかしいんだゾ……目印が……?」
ミャーコが目印として地面に撒いていた石灰が、かき消されていた。
そのことに気づいたモミーナとネイピアが立ち上がると、三人の体重から解放されたチンタローがようやく立ち上がった。
「あのあの……これって、もしかして……うっっ!」
言いかけたモミーナの鼻に凄まじい悪臭が流れ込んできた。
同じニオイに鼻を押さえるチンタローの前に、ニオイの主が悠然と姿を現した。
「ウンコ・ゴーレム……こいつらか!」
チンタローの言葉に応えるように、ウンコ・ゴーレムは両手を挙げ――思い切り振り降ろした。
「……っ!」
間一髪でかわしたチンタローの目の前の地面にウンコ・ゴーレムの拳が深くめり込んだ。
衝撃でトンネル内が激しく揺れた。
「お、おい……!」
チンタローの困惑を嘲笑うかのように、ウンコ・ゴーレムが壁に思い切り拳を叩きつけた。
トンネルが激しい振動に襲われ、天井の土や石がパラパラと落ちる。
「やばい、このままじゃ――」
「チンタローさん、どいて!」
後ずさるチンタローを押しのけて前に出たのはモミーナだった。
その両手が腰の長刀を抜き放つのと同時に無数の閃光が走り、ウンコ・ゴーレムは一瞬にしてブツ切りウンコへと変わった。
「皆さん! 何をぐずぐずしてるんですか! 生き埋めになる前にここを出ますよ!」
普段の言動が嘘のような剣幕でモミーナが言った。
「お……おぅ!」
チンタローは顔を両手で叩くと、後ろを振り向いてミャーコとネイピアに目配せした。
「ネイピアさん! 後方の警戒を頼む! ミャーコ! 出口への道を見つける方法はないか!?」
「出口への道……わかったんだゾ!」
ミャーコが両手で杖を振るうと、狐の手を象った先端部の肉球が白く光った。
「風! 風! ここまで来るんだゾ! みんな、ちょっと鼻ふさいで!」
言うが早いか、トンネルに突風が吹き込んできた。
同時にウンコ・ゴーレムの放つ猛烈な悪臭が吹き込んできたが、チンタローたちは鼻を押さえて堪えた。
「そうか、風が吹いてくる方へ……!」
「そういうことなんだゾ」
ミャーコがにやりと笑って振り返った瞬間、その瞳に大きな影が映った。
一際大きなウンコ・ゴーレムがネイピアの後ろに迫り、組み合わせた両手の拳を振り下ろそうとしていた。
「ネイピアさん、後ろ!」
「もう斬っています」
ネイピアが眉一つ動かさずに答えると、ウンコ・ゴーレムは動きを止めて頭部から真っ二つになった。
「まったく、お祖父様から譲り受けた剣で排泄物を斬るなんて」
ネイピアは吐き捨てるに言うと、刃渡り八〇センチ余りの長剣を片手で払った。小枝を振るうように軽やかな動きだった。
一体いつの間に斬ったのか――。
ミャーコたちはネイピアの剣技にしばし言葉を失ったが、ウンコの塊が崩れ落ちる音で気を取り戻した。
「行こう!」
複雑に枝分かれしたトンネル。
ランタンを持ったチンタローの号令一下、風の吹く方へ向かって一斉に走り出す。
風を頼りに走るうちに、何度もトンネルが激しく揺れた。
天井から次々に落ちる石を、モミーナが走りながら全て斬り砕いた。
落盤で生き埋めになるのが先か、脱出するのが先か。
チンタローが思案を巡らす間にも、あちこちで壁や天井が崩れる音が聞こえてくる。
「みんな、早く――」
走りながら振り返ろうとしたチンタローの視界に迫る、丸太のような腕。
チンタローが「しまった」と思った次の瞬間、ウンコ・ゴーレムはブツ切りウンコになった。
「チンタローさん! よそ見しないで!」
ウンコ・ゴーレムを一瞬で斬り裂いたモミーナが、側道から迫ってくるもう一体のウンコ・ゴーレムをも斬り裂いた。
「すまない、モミーナ!」
「前からも、後ろからも……全方向から足音がします! 強行突破しかありません!」
モミーナが長い耳をぴくぴくと動かしながら言った。
その言葉に応えるように背後から迫る二体のウンコ・ゴーレムを、ネイピアが一太刀で両断した。
しかし、それでも更に何体ものウンコ・ゴーレムがチンタローたちを追ってくる。
「モミーナ殿、前衛を任せます! チンタロー殿は私の前へ! ミャーコ殿、この魔法の持続時間は?」
「あと十分は持つんだゾ!」
「承知しました! 戦闘は私たち二人に任せて魔力を温存してください!」
「わかったんだゾ!」
前方から、後方から、側道から次々に襲いかかるウンコ・ゴーレムを、降りかかる石や岩をモミーナとネイピアがことごとく斬り捨てながら、チンタローたちはひたすら風の導く方へ走った。
やがて、彼方に地上の光が見えたが――。
「よし、あと少しで――」
チンタローが安堵の声を漏らした瞬間、三体のウンコ・ゴーレムが立ち塞がった。
「何体、来ようが無駄です!」
モミーナが斬りかかるのと同時に、ウンコ・ゴーレムたちが肩を寄せて集まった。
「何だ!?」
チンタローの背筋に悪寒が走った。
ウンコ・ゴーレムたちは一つの塊となり、三秒と経たずに通路を塞ぐほどの巨大な一体のゴーレムへと変わった。
「マジかよ――」
チンタローがたった四文字の言葉を言い終わるより早く、モミーナの刀が閃光を放った。
「イィィィィヤァァァァァッ!」
トンネルの壁をびりびりと震わせるモミーナの雄叫びと共に、巨大なウンコ・ゴーレムがブツ切りウンコへと変わった。
「無駄だと言ってるでしょうが!」
「うそ、モミーナ強すぎィ!」
「ただの大きなアレですよ! 恐るるに足りません!」
モミーナは誇らしげにチンタローへ微笑むと、強く地面を蹴ってウンコを飛び越えた。
チンタローたちがそれに続くと揺れが一層激しくなり、あちこちで天井が崩れ始めた。
「早く外へ!」
モミーナは振り返ることなく言った。
チンタローたちは返事をする間も惜しんで必死に走った。
やがて、モミーナが地上に抜け出し、ミャーコ・チンタローの足がトンネルの出口へ達したところで天井が大きく崩れ、大きな岩がまだトンネル内にいたネイピアの頭上に迫った。
「ネイピアさん!」
「心配ご無用!」
ネイピアは岩を難なく斬り裂いたが、その一瞬の間にトンネルが完全に崩落した。
「チンタロー殿……!」
瓦礫に飲み込まれる寸前に、ネイピアがチンタローの目を見た。
チンタローの瞳に映り込む表情が、戸惑いから絶望、そして穏やかな笑顔に変わる。
その瞬間、チンタローの胸に激しい痛みが走った。
「諦めるな!!」
チンタローは咄嗟に地面を蹴ってトンネルに飛び込み、ネイピアの手を掴んだ。
「あっ……」
チンタローの手が触れた瞬間、ネイピアは小さく声を上げた。
自らも瓦礫に飲まれながら、チンタローがミャーコに目配せする。
「風! 大地! 力、貸してぇぇぇ!!」
ミャーコの叫びと共に旋風が巻き起こり、落下した瓦礫の全てが空中で静止した。
過たず、チンタローはネイピアを抱きかかえるようにして再び地面を蹴った。
瓦礫が落ちてトンネルへの入り口が塞がれたのは、二人の身体が地上に出るのと同時だった。
凄まじい土埃が辺り一面にまき上げられ、チンタローは目をつぶった。
ややあって、チンタローの腕の中でネイピアが顔を動かした。
「チンタロー殿……ありがとう」
ネイピアが耳元でささやいた。これまでにない温もりのある声だった。
「いや……お礼ならミャーコに。おかげで助かっ――」
「いや、助かってないんだゾ」
ミャーコがチンタローの言葉をばっさりと切り捨てた。
「今度の敵は先ほどよりも、いくらか大きくて硬そうですね」
モミーナがため息交じりに言った。
チンタローは砂利を吐き出しながら、ゆっくりと目を開けた。
視線の先にあったものは、台形の岩――。
恐る恐る顔を上げ、目が真上を向くほどになって、チンタローはその岩が巨人の足だったことに気づいた。
「くそ……」
チンタローは思わず吐き捨てた。
しかし、目の前にいる巨人を形作るものは糞ではない。
全高四十メートノレを超える岩の巨人は瞳のない顔で、チンタローたちを遥かな高みから見下ろしていた。
チンタローたちの前に現れた岩の巨人!
魔龍の魔力は無尽蔵か!
次回、激戦必至!
戦え! モミーナ! ミャーコ! ネイピア!
チンタローは何かして、とにかく役に立て!