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第二十五話『これがアナルニア王国だ!』

「さてと。それじゃ、ミャーコの知識と理解で話すんだゾ。ネイピアさん。アナルニア王族の方々をはじめ人物の名前は敬称略で話すけど、不敬罪で捕まえたりしないんだゾ?」

「心配はいりません。どうぞ、話してください」

「ありがと。わかったんだゾ」


 ミャーコは大きく深呼吸をしてから、静かに語り始めた。


 今から遡ること一千四十年の昔。

 二十二の勢力がしのぎを削り、覇権を争っていたアナルニアが統一国家への道を歩む契機は、初代国王――オーベンデールによるベンピァックの平定だった。

 かつて古代クソシタール人が高度な文明を築いていたベンピァック。

 その繁栄は見る影もなく、ベンピァックの地でクソシタール人たちは相争い、古代より伝わる豊穣の女神の神殿や遺跡を破壊し滅びの道を歩んでいった。


 後にアナルニアの王都として発展するケツァーナの地を本拠とする小部族――アラウノーの長に過ぎなかったオーベンデールが、クソシタール人の若き巫女――ブルーレに招かれベンピァックの地を訪れたのはこの頃だった。

 ブルーレはクソシタール人の行く末を案じ、新興勢力の指導者として、無双の剣士として頭角を現していたオーベンデールに一縷の望みを託したのだった。


 オーベンデールの来訪はブルーレの予期せぬ形でクソシタール人を団結させることとなった。

 ブルーレら神官と熱心な信者たちを除くクソシタール人は異民族を介入させたブルーレを裏切り者として、オーベンデールを侵略者として一斉に攻撃した。

 鍛え抜かれたアラウノーの兵士たちは果敢に戦ったが、慣れぬ土地と圧倒的な兵力を前にして次々に倒れていった。

 オーベンデールの腹心にしてアラウノー随一の猛将――リクーシル=ハバカーリーがオーベンデールを庇って重傷を負い、オーベンデールの命運も尽きたかと思われたその時、ベンピァックの地に異変が訪れた。


 魔龍の出現である。


 強大な魔力と尋常ならざる食欲を持つ魔龍は人々の食糧やまぐさに家、木々や草花まで喰い荒らし、暗黒の糞尿と反吐で土と水を汚していった。

 兵糧を喰い尽くされ、オーベンデールと戦う余裕もなくなったクソシタール人たちは戦をやめ、魔龍の脅威に立ち向かった。

 しかし、魔龍の恐るべき魔力に敵う者はおらず、遂にクソシタール人たちはベンピァックの地を捨てようとした。


 そんなクソシタール人を叱咤したのが、他ならぬオーベンデールだった。

 自らが魔龍を倒すことを宣言したオーベンデールは、たった一人で魔龍の住処へと向かい、見事魔龍を討ち果たした。

 クソシタール人の為に命を賭けたオーベンデールを、もはや侵略者と呼ぶ者はなかった。

 クソシタール人はオーベンデールを指導者と仰ぎ、ベンピァックの地はオーベンデールの領土となった。

 ブルーレは長い戦いに疲れ傷ついたオーベンデールを癒し、やがてジョロジョロ川のほとりでオーベンデールに神託を授けた。


 暗黒と邪悪の化身たる魔龍を討ちし剣聖オーベンデール、アナルニアの地に千年の平穏と繁栄をもたらさん。

 大アナルニアおこらん。オーベンデールが王たらん。

 王たる者、オーベンデール。

 ベンピァックを聖地とし、ケツァーナを都とし、アナルニアに住まう者どもの心を一つにせよ。


 クソシタール人と同じ言葉を話し、文化の源を古代クソシタール人と同じくするアナルニアの諸部族にとっても、魔龍を倒し女神の神託を受けたオーベンデールは英雄となった。

 ケツァーナに凱旋したオーベンデールはクソシタール人の技術を得て強固な城と美しい街を築き、アナルニア統一の地盤を固めていった。

 多くの部族が進んでオーベンデールに従い、諸侯へとほうじられた。

 抵抗する部族を討つも敗者に寛大なオーベンデールは尊ばれ敬われ、やがてアナルニア王国の初代国王として即位した。


 オーベンデールはアナルニアを東西に流れる大河――ジョロジョロ川を水上交通の要とし、周辺国に先んじて街道を整備し、各地に等しく富が行き渡る国家を作り上げた。

 またオーベンデールは現代に連なるアナルニア剣術を確立させ、現在に到るまで大陸中の剣士から『アナルニアの剣聖』として広く崇敬を集めている。


 魔龍の糞尿に汚染されたベンピァックの地は四十年を経て浄化され、アナルニアに富をもたらす穀倉地帯となった。

 オーベンデールはジョロジョロ川で身を清め、女神に感謝の祈りを捧げた。

 ベンピァックはアナルニア王家の聖地となり、オーベンデールの執り行った儀式は四十年に一度の豊穣祭として、建国以来途切れることなく続くこととなる。


 ナロッペ大陸でいち早く統一国家となったアナルニアはオーベンデール亡き後も強勢を誇った。

 ベンピァック地方の鉄、セイローガン地方の銀、そして肥沃な土地を狙い、周辺国はたびたびアナルニアに攻め入ったが、強大な武力を保ち続けたアナルニア軍はことごとく侵略を退け、徐々にその版図を広げていった。

 しかし、歴代アナルニア国王は進んで他国へ攻め入ることはせず、この外交姿勢がアナルニア王家を大陸で最も歴史ある王家の一つとして存続させることとなった。


 アナルニアは東のペンペコ王国と北のタグーニキ王国との友好関係を維持する一方、諸国間の同盟に加わったことは一度もなかった。

 大陸に幾度も戦乱の嵐が吹き荒れ、いくつもの国と王家が勃興と滅亡を繰り返す中、アナルニアは名誉ある孤立によって独立を維持し続けた。

 そんなアナルニアにとって大きな転機が訪れたのは今から四十五年前、現国王――クミトリー九世の時代。

 ネシォーベンの鉱山開発に端を発するクソシタール辺境伯領の分離独立である。


 巫女ブルーレの系譜に連なるレーストゥルム家が代々統治していた旧クソシタール辺境伯領はベンピァック地方の七割の面積を占め、その名が示す通り住民の大半はクソシタール人だった。

 辺境伯領東部・ネシォーベンには鉄鉱石が豊富に眠る鉱山が存在したが、時の辺境伯――ヨータス=レーストゥルムは鉱山の開発に消極的であり、諸侯の間では国の主導で鉱山を開発すべきとの声が高まってゆく。


 ヨータスは『オーベンデールの再来』ことクミトリー九世に次ぐ剣士として知られ、ヨータス率いるクソシタール辺境軍もアナルニア屈指の精強さを誇ったが、ヨータスは領地経営にさほど熱心ではなかったとされている。

 その関心は美食と美術品、毎夜のように開かれる夜会に訪れる美女たちに向けられ、ヨータスは諸侯の間で『夜の剣豪』と揶揄されていた。


 勢力を増し続ける南方の超大国――フィンエンダス帝国を盟主とする南部同盟の軍事的・経済的圧力が強まる中、国力の強化はアナルニアにとって急務であり、即位から間もない国王は国が主導してネシォーベン鉱山の開発を進めることを決断した。

 五十四年前から採鉱が始まったネシォーベン鉱山は良質の鉄を産出し、アナルニアの経済と技術革新に大きな役割を果たした。

 一方で、急激な開発はネシォーベン周辺の自然に大きな影響をもたらした。

 森は枯れ、山は禿げ上がり、有毒の残滓を含む水が洪水となって川や土を汚したのだった。


 国王はネシォーベンの住民を一時的に王都へ避難させる方針を打ち出したが、この事態にヨータスが錯乱。

 国境防衛の任務を放棄して王都へ駆けつけ、黒衣を纏い王宮前で鉱山の操業停止を訴えるという事件が起きる。

 無断で領地を離れたかどでヨータスが投獄されると、辺境伯領の領民が釈放を求め大挙して王都へ詰めかけた。

 国王は領民への更なる補償を打ち出して暴動寸前となった事態を収拾するも、辺境伯領へ引き返した領民たちは王室への納税を拒否し鉱山の操業を妨害するなど、叛逆の姿勢を露わにしてゆく。


 諸侯の間では辺境伯領に対して軍の出動を求める意見が上がるも、国王は穏便な解決策を模索する。

 しかし、その間に辺境伯領の領民たちは王都から派遣された行政官たちを追放し、独立に向けた動きを加速させ、辺境軍もこれに加わる姿勢を見せる。

 諸侯の間で武力行使の意見が大勢を占める中、国王が下した決断は前代未聞だった。

 それは、辺境伯領の独立を許し、大きな利益を生むネシォーベン鉱山の権利を掘削設備ごと譲渡するというものだった。


 当初は反対した諸侯たちも国王の断固たる決意を前に翻意。

 その寛大さを讃え、諸侯の筆頭格たる内務大臣――ハインセッツ公ラバトール=ハバカーリーは私費で独立後の支援さえ申し出た。

 しかし、クソシテネーレ共和国として独立宣言をしたクソシタール人の行動は、彼らに冷水を浴びせるものだった。

 共和国政府は鉱山を直ちに閉鎖し、掘削設備を全て破壊し土に埋めたのである。


 国王が主導し多額の税金を投じた鉱山が葬られたことで、諸侯とアナルニア国民は激怒。

 アナルニア王国とクソシテネーレ共和国は断交状態となり、アナルニア国民によるクソシテネーレとクソシタール人への反感は現在に到るまで解消していない。

 また、大陸北方の共和制国家・ゴーヴァーク連邦共和国を中心とする北部連合に加わったクソシテネーレの外交姿勢はアナルニアの『名誉ある孤立』に反するものであり、このことが両国を一層、遠ざける原因となった。


 しかし、そんな両国が共通の敵と戦う機会が訪れる。

 十五年前に勃発した西方大戦である。

 大陸統一の野望を抱く南部同盟の盟主――フィンエンダス帝国の女帝ノーナ=ガダヴは帝国軍の精鋭五十万を中心とする八十万の大軍を送り込み、侵攻を開始した。

 北上する南部同盟軍はナイカターカ王国やカーッペ大公国など途上の小国をことごとく蹂躙し、クソシテネーレの国境とアナルニアの友好国――ペンペコの国境にまで迫った。


 先に南部同盟軍の攻撃を受けたのは、北部連合の一翼を担うクソシテネーレだった。

 総兵力は四万に満たないクソシテネーレ軍が十五万の兵力を前に必死の防戦を繰り広げる中、アナルニアでは対応をめぐり諸侯の意見が紛糾。

 ペンペコの国境に集結した同盟軍は、当時のアナルニアの全兵力二十万を凌ぐ二十八万。

 ペンペコの全兵力八万を加えてようやく互角、しかもフィンエンダス帝国陸軍の最精鋭部隊を中心とする強大な兵力だった。


 友好国の為に立ち上がるべきか、それとも――。

 しかし、同盟軍の先鋒に同行するフィンエンダス帝国外交官が持参した女帝からの親書により、王国内の意見は一気に開戦へと傾く。


 当時二歳の王女ウォシュレを人質として差し出す要求に諸侯が激怒。

 時の宮内大臣――ハインセッツ公トワレー=ハバカーリーは外交官と随行した武官を撲殺しようとして国王に制止される始末だった。

 国王の温情により、親書を携えた右手を切り落とされるに留まった外交官が宣戦布告文と塩漬けの右手を持たされ追放されると、アナルニア軍は直ちにペンペコへと進軍。

 ペンペコ軍と共同して先制攻撃をかけ、同盟軍に大打撃を与えた。

 しかし、大陸最強を誇る帝国陸軍第一師団と秘法『火煙術かえんじゅつ』を駆使する熱帯エルフの遊撃隊の奮戦により同盟軍は体勢を立て直し、ペンペコ戦線は膠着状態に陥る。


 一方、精強で知られた旧クソシタール辺境軍を前身とするクソシテネーレ軍は頑強な戦いぶりを発揮し、四ヶ月に渡り同盟軍の進撃を阻止していた。

 やがて、大陸西部で同盟軍の進撃を食い止めた北部連合の援軍がクソシテネーレ領内に順次到着すると、ペンペコ戦線の同盟軍は兵力を引き抜きクソシテネーレ戦線へ増援を差し向ける。

 クミトリー九世はこの機を逃さず、近衛部隊を率いて出陣。

 ペンペコでも時の王太子にして現国王――コーペン三世が前線を訪れ部隊を鼓舞した。

 士気の上がったアナルニア軍・ペンペコ軍の前線部隊はクミトリー九世の到着を待たずして攻勢を開始、同盟軍をペンペコ国境から一掃する。

 一連の戦いで最も目覚ましい活躍を見せたのが旧辺境伯領出身のソラーヌ=インモーハミダス中佐だった。


 アナルニア軍はインモーハミダスを戦時昇進で少将とし、選抜部隊の指揮を執らせ同盟軍を追撃し更なる損害を与えたが、クミトリー九世は北部連合と南部同盟の争いに深入りすることを懸念し撤退を命じる。

 アナルニアにとっての西方大戦は半年で終わった。

 しかし、大陸西方では更に半年に渡って連合軍と同盟軍との激戦が繰り広げられ、クソシテネーレはじめ各国の領土は荒廃。

 結果としてクミトリー九世の判断が正しかったことが証明される。


 最終的に同盟軍は北上を諦め撤退するも、この戦争で大陸の勢力図は激変した。

 南部同盟はペンペコ・アナルニア・クソシテネーレ以南の国々全てを勢力下に置き、三国は大戦終結後も同盟軍と戦闘を繰り返すこととなる。

 西方大戦で国土が戦場となることを免れたアナルニアはその後も同盟軍の侵攻を阻止し続けて強勢を誇るが、十年余りで直系・傍系の王族が相次いで病死。

 王族は老齢の国王と幼い王女のみとなり、王室は断絶の危機を迎えて現在に到る。


 依然として北上の機会を窺う南部同盟、西方大戦で奮戦し実力を示したクソシテネーレへの備え、そして王室断絶の危機への対応。

 老いた国王の代わりに若き王女が摂政として国政を取り仕切るアナルニアはこれらの課題に直面し、大陸中央部における最強国という地位が今後も維持できるか危惧されている――。


「……以上。ご清聴ありがとうございました、なんだゾ」


 ミャーコは話し終えると、小さくお辞儀をした。

 その話しぶりは朗々かつ堂々として、普段の子供じみた言動がまるで嘘のようだった。


 すかさずモミーナが拍手をする。


「さすがミャーコちゃん。素晴らしいお話でしたよぉ~」

「エッヘン! なんだゾ」


 チンタローはミャーコの確かな知識と分析力、巧みな話術に加え、ハインセッツ公とインモーハミダスの名が話に登場したことに驚いていた。

 自身が歴史に名を残すであろう人物と言葉を交わしたことの重みをようやく理解した。

 同時に、二人の経歴を知りながら普段と全く変わらぬ様子で接していたミャーコの豪胆さに、あらためて驚きと敬意を抱いた。


 魔龍は飲み食いをめてミャーコの語りに耳を傾けていたが、話が終わると「なるほど」とうなずいてグラスを呷った。

 ややあって、ネイピアが大きくうなずいた。

 ミャーコが語る間、まったく表情を変えなかったところを見ると、ミャーコの解説はクソシタール系アナルニア人のネイピアにとっても納得ゆくものだったようだ。


「ミャーコ殿。素晴らしい語りでした」

「にゃふふん。もっと褒めてくれていいんだゾー」


 ミャーコは椅子にふんぞり返って誇らしげに腕を組んだ。


「……ところで、語尾に『だゾ』をつけずに話せるのなら、どうして普段もそうしないのですか?」

「いいんだゾ、細かいことは」

「……細かいことといえば、訂正が一点。クソシタール辺境伯が投獄された罪状は、無断で領地を離れたことだけではありません。王族への直訴を企図したことも罪状の一つです」

「あ、そっかぁ……さっき教えてもらった罪状なんだゾ。ごめん、ネイピアさん」

「あのー……ネイピアさん」


 あることが気になり、チンタローはおずおずと手を挙げた。


「何です?」

「ハインセッツ公が、フィンエンダス帝国の外交官たちを殴り殺そうとしたって話があったけど……」

「事実です」


 ネイピアはこともなげに言い放った。


「あ、はい……」


 また、チンタローは南部同盟軍にカーッペ大公国が蹂躙されたという事実を初めて知った。

 タケヤ・ドエーム・ヤーラシュカがカーッペ大公国の出身であることを思い出し、街に置いてきたタケヤたちが心配になった。


 やがて、魔龍はグラスの白ワインを飲み干すと、にやりと笑った。


「それが、オーベンデールと王家の者共が『作り上げた』歴史か。なかなか、面白い話であったぞ」


 魔龍の顔には、全ての人間を見下したような冷笑が浮かんでいた――。


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