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第二十三話『廃鉱山GO! GO! GO! (後編)』

 前衛のネイピアと後衛のミャーコがランタンに火を灯し、チンタローたちはトンネルへと足を踏み入れた。

 閉山後、長く手つかずだったはずのトンネル内部は地ならしがされ、壁面や天井は木材や煉瓦で補強されていた。

 トンネル内部は所々に分岐点があったが、人の手が加えられた痕跡を頼りに進んだ。

 ミャーコは時折立ち止まっては石灰を撒き、帰る時の目印にした。


「ネイピアさん。ここは閉鎖されて何年ぐらい経ってるの?」

「このベンピァック鉱山が閉鎖されたのは三十八年前です。ここは良質な鉄が産出する鉱山でした。鉱脈は国境の外……クソシテネーレ共和国領内にもつながっているといわれています」

「クソシテネーレにも? そういえば、この間の会議で鉱山が話に出てきたけど」

「はい。旧クソシタール辺境伯領にあったネシォーベン鉱山は、このベンピァック鉱山と鉱脈がつながっているといわれています。ネシォーベン鉱山は特に産出量の多い鉱山でした」

「そうなんだ。シリーゲムッシル大臣は鉱山が閉鎖されたって言ってたけど、それはどうして?」

「それは……」


 不意にネイピアが口ごもった。


「ネイピアさん? どうし――」

「シッ。静かにするんだゾ……変な気配がする。それに、ウンコのニオイが濃くなってきたんだゾ。何か、来る……!」


 後ろからチンタローの口を片手で押えながら、ミャーコが耳打ちした。

 モミーナの長い耳がぴくぴくと動く。

 次第に前方から足音が迫ってきた。


 まさか、魔龍か――。

 チンタローは唾を飲み込み、聖剣を構えた。

 モミーナとネイピアを先頭に、チンタローたちが臨戦態勢を整えるのと同時に、鼻から脳天に突き抜けるような悪臭がチンタローたちを襲った――!


「うえぇぇぇぇ!」


 人並外れて鋭敏な嗅覚を持つミャーコがたまらず悲鳴を上げた。


「ミャ、ミャーコ……殿。駄目、ですよ……大声を上げては……うっぷ」


 凄まじい悪臭に脳を揺さぶられながら、ネイピアは震える手で長剣を構え続けた。

 チンタローとモミーナもまた、辛うじて意識を保ち、剣を構えた。

 やがて、足音の主がランタンの灯りに照らされ、その姿を現した。


「ひぃぃぃっ!」


 ネイピアが金切り声を上げた。

 目の前に立つそれは、身体の至る所から悪臭を放っていた。

 身長は二メートノレあまり。人のように二本足で直立し二本の腕があるが、頭部もなければ目や口もない、異形の巨人。

 そして――全身が艶のある茶褐色で、しかもこの悪臭――。


「こ、この色……このニオイ。まさかとは思いますが……」

「う……ウンコが動いてるんだゾ……! 動くウンコ人形……ウンコ・ゴーレムなんだゾ!」


 ミャーコが口走った瞬間、ウンコ・ゴーレムが「そうだよ」と言わんばかりに両手を振り上げた。


「ギャァァァァァァァァァ!!!!」


 全員が一斉に悲鳴を上げ、一目散に逃げ出した。

 ウンコ・ゴーレムは両手を振り回しながら、そんなチンタローたちを追い駆けてくる。


「いやぁぁぁぁ! あわわわ……こ、来ないでぇぇぇぇ! 来ないでくださいよぉぉぉ!」

「ちょっと! 逃げちゃ駄目ですよ! 戦うんです!」

「あんただって逃げてんじゃねーか!」

「私の剣は排泄物を斬る為のものではありません!」

「ミャーコだってウンコと戦うのなんかイヤなんだぞ!」

「俺だってイヤだよ!」

「わ、私もですぅ!」


 チンタローたちは言い争いをしながら必死に走った。

 ウンコ・ゴーレムは悪臭を放ちながら、なおも追いかけてくる。


「一旦、外に出て体勢を立て直そう! どっちにせよ、あんな悪臭の中じゃ戦えない!」


 チンタローの提案に全員がうなずくと同時に、ウンコのニオイが前方からも漂ってきた。


「……!? まさか……」


 チンタローの声に、その『まさか』が姿を現した。


「ウンコ・ゴーレムだーーーーー!!!!」


 これまでに通り過ぎた分かれ道に潜んでいたウンコ・ゴーレムが「やあ!」とでも言わんばかりに手を上げ、小躍りしていた。

 その軽やかな動きは、とてもウンコが固まってできたものとは思えない。


「くそっ! こうなったら覚悟を決めるしかない! 相手がウンコだろうがゲロだろうが、関係ない! 俺たちの敵は元々ウンコ魔龍なんだ!」


 チンタローに一喝され、モミーナたちが表情を引き締める。

 先頭を走っていたミャーコが立ち止まり、杖を構えた。


「そうだゾ……相手はただのウンコ人形なんだゾ。ミャーコの魔法の前には、恐るるに足らず!」


 白い狐の手をかたどった先端部ヘッドにはめ込まれた、肉球型の宝玉がオレンジ色に光った。

 その光に恐れをなしたのか、前後から迫っていたウンコ・ゴーレムが動きを止めた。


「アツゥイ炎、炎! ミャーコたちを助けろ! 目の前の敵を燃やすんだゾ!」


 いい加減な呪文の詠唱と共に、杖から炎が渦を巻いてほとばしった。

 その勢いにネイピアが息を呑んだ次の瞬間には、目の前のウンコ・ゴーレムが炎に包まれていた。

 後から追ってきたウンコ・ゴーレムが、じりじりと後ずさりを始める。

 高熱の炎があっという間にウンコ・ゴーレムを焼き尽くすと共に、焼き立てのウンコの猛烈なニオイが辺り一面に立ち込めた。


「うっっ!」


 ネイピアは思わず鼻を手で押さえたが、ミャーコは杖を構えたまま微動だにしなかった。


「ミャーコ殿、さすがです。あの魔法、それに、この悪臭の中でも全く動じないというのは――」

 ネイピアが言い終わるより前に、ミャーコの身体が崩れ落ちる。


「え……ちょっと」

「うぇぇぇ……もう駄目なんだゾ……」

「ミャーコちゃん!」


 モミーナは、あまりの悪臭に悶絶したミャーコの身体を受け止めると――。


「ミャーコちゃん! 起きてください! 起きて! 起きなさい! 起きなさいってば! 起きろぉぉぉぉ!」


 形相を変えてミャーコの顔にビンタの嵐を叩き込んだ。


「ぶっぶっはぶっぶっ!!」

「ミャーコちゃん! しっかりなさい!」

「う、うぅ……ゴメンなんだゾ……」


 ミャーコが鼻血を手で拭いながら、ゆっくりと立ち上がった。

 残った一体のウンコ・ゴーレムはチンタローたちの様子を窺うように、離れた位置で静かにたたずんでいた。

 モミーナの耳がぴくぴくと動いた。


「こちらに迫ってくる、いくつもの足音が聞こえます。このままだと、取り囲まれますよ」

「皆さん。後退して、一本道でウンコ・ゴーレムを迎え撃ちましょう。それなら正面からの敵に集中できます」

「なるほど。さすが、ネイピアさん」


 チンタローがうなずくと、ミャーコがその背中に歩み寄った。


「それより、もっといい方法があるんだゾ。これなら戦わないで済むはずなんだゾ」

「えっ……? って、おい!」


 チンタローが振り返ろうとした時には、ミャーコがチンタローのズボンをパンツごと下ろしていた。

 たちまち、トンネルの中が白い光で満たされる。


「ひぇぇぇっ! やめてくださいよぅ~!」

「なんてことするんですか、ミャーコ殿!」

「うるさいんだゾ! きっと、チンタローのチンコの聖なる光があれば、魔物は寄ってこないはずなんだゾ!」

「まさか、そんなことが……」


 そう言ってネイピアが振り返ると、ウンコ・ゴーレムがぶるぶると身体を震わせていた。


「え……嘘でしょ……」

「あのあの……足音が遠ざかっていきますよぉ。このまま、進みましょう」

「にゃふふん。さっすが、ミャーコ様なんだゾー」

「マジかよ……」


 ズボンとパンツを膝まで下ろし下半身を露出したチンタローを先頭に、一行は再びトンネルの奥へと進んだ。

 途中の分かれ道で何度かウンコ・ゴーレムを見かけたが、震えながら遠巻きにこちらを見ているだけで襲いかかってはこない。


「チンタローのチンコー♪ すごいなー♪ ぶらぶらきらきら光ってるー♪」


 上機嫌で歌を唄うミャーコの傍らで、モミーナとネイピアは顔を真っ赤にしていた。

 チンコを輝かせて先頭を歩くチンタローもまた、三人に尻を見られて顔を真っ赤にしていた。

 やがて、たまりかねてモミーナが口を開いた。


「あのあの……チンタローさん。お、お尻が……その……えぇと、聖なる光を発するのは殿方の証なわけですから、その……ズボンの前から殿方の証を出すだけでいいのでは……」

「あ……やっぱりそう思う?」


 チンタローがズボンに手をかけると、ミャーコがその手を掴んだ。


「駄目なんだゾ! 脚と脚の間からチンコが見えるから、チンコの光が後ろまで届くんだゾ! 敵は前からだけじゃないんだゾ。だからお尻を隠しちゃ駄目なんだゾ!」

「あ……はい……」


 チンタローは泣く泣くズボンから手を離した。

 それからしばらくの間、チンタローたちは口を開かなかった。

 ミャーコだけはニコニコと顔を綻ばせてチンタローのチンコを讃える歌――讃チン歌を唄い続けていた。


 どれほど歩いたのか、道の先に微かな灯りが見えた。

 壁の側面に穴を掘って作られた部屋の内部から光が漏れ、その入り口には木材で簡易な装飾が施されている。

 木材は新しく、ここ数日の間に作られたのは間違いなかった。


「ネイピアさん。あれ……」


 ネイピアがトンネル内部の地図を広げて、うなずく。


「はい。おそらく、魔龍はあそこに……」

「本当に、ここで暮らしてるんだ」


 自身で立てた仮説が事実になり、チンタローはしばし呆然とした。


「それでは……この先はチンタロー殿の案に従って行動しましょう……どうしました、ミャーコ殿」

「ミャーコちゃん。大丈夫ですかぁ?」


 ミャーコは辛そうに頭を押さえていた。


「ひどいニオイの中を歩き続けたからか……頭が、すごく痛いんだゾ……!」

「わかりました。少し下がって、頭痛を治す魔法を」


 ネイピアがミャーコの肩に手を伸ばした時、小さな足音が聞こえた。

 チンタローたちがハッとして振り返った先に、一人の少女が立っていた。


「玄関の前で何を騒いでおる。静かにいたせ」


 高慢な言葉遣いに似つかわしくない、幼い声。

 背丈は百四十センチあまり。

 白い肌を、身体にぴったりした露出度の高い黒の衣装に包んでいる。小柄な身体にしては胸が大きく、その姿はどこかアンバランスだ。


「おおかた、王家の輩が遣わした者共であろうが……たった四人でとはのぅ」


 自然な丸みを帯びた繊細な顔立ちに大きな目が印象的な、美しい少女。

 しかしその瞳は血のように真っ赤で不気味な光を放ち、艶やかな黒髪を二本の三つ編みにまとめた頭部からは、湾曲した二本の角が生えている。

 加えて、黒い霧の中に入った時にも感じた、例えようのない嫌悪感と重圧感――。

 チンタローは確信を持って口を開いた。


「あなたが、魔龍か」

「うぬらは、その魔龍を倒しに来たのであろう?」


 目の前の少女――魔龍が不意に口元を歪めた。


「……フフッヒ」


 その口から覗く白い歯は、サメの歯のように尖っていた。

 チンタローも、モミーナも、ミャーコも、ネイピアも――。

 誰もが、小柄な少女の姿をした魔龍から見下ろされているような錯覚に陥った。

 一人の少女を前にして、これほどの恐怖を感じたことはなかった。

 

 目の前に立つ者は人智を遥かに超えた存在なのだと、全員が本能的に察していた。

☆ 読者の皆様へ ☆


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魔龍に対談を求めるチンタロー。


魔龍が発した意外な言葉とは? いま語られる、アナルニアとクソシテネーレの数奇な歴史!


次回にご期待ください!

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