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第二十二話『廃鉱山GO! GO! GO! (前編)』

 林道を一キロ近く走り、隊列の先頭に立つモミーナとネイピアが立ち止まった。


「どうやら追っては来ないようですね。ラムーキン殿たちは、大丈夫でしょうか?」

「タケヤたちのことなら心配はいらないよ。あいつらの強さはよく知ってる。操られた人たちを殺すことなく、うまく取り押さえてくれるよ」

「左様ですか。仲間だったチンタロー殿がそう言うのでしたら。さて……ここから先は慎重に進みましょう」


 ネイピアが額の汗を拭いながら言うと、モミーナが大きくうなずいた。


「わかりました。森の中に異変がないか、私とミャーコちゃんで注意します。ミャーコちゃん。お願いしますね」

「わかったんだゾ。変わったことがあったら、すぐに言うから」


 全員で大きくうなずき合うと、モミーナとネイピアを先頭に隊列は前へと進んだ。


「人や獣……あるいは魔物がこの道を歩いた形跡は見られません。道沿いの木々にもおかしなところはないみたいです。林道を外れずに進むより、このまま進んだ方がよさそうですね」


 モミーナが周囲を注意深く見渡しながら言った。

 その精悍な表情は、普段のドジっ娘ぶりが嘘のようだ。


「モミーナ殿。エルフは森林や山岳での戦い、遊撃戦に長けていると聞いていますが……あなたは、そうした知識を故郷で学んだのですか?」


 モミーナは傍らを歩くネイピアの顔を見上げ、少し考え込んでから口を開いた。


「えぇと……はい。森での行動や戦い方は、傭兵だった母から教わりました。ただ、私たち高地エルフが本来、得意とする戦場は森林よりも山岳や寒冷地です。私たちの生まれ育った土地は緑の少ない所でしたから。森林での戦いは、高地エルフよりも熱帯エルフが得意としていますね」

「熱帯エルフ……肌の黒いダークエルフですね。南方での交易や海賊行為でも有名な。南部同盟諸国には、ダークエルフを中心とした陸戦部隊や水上部隊もあると聞いていますが」


 モミーナの長い耳がぴくり、と動いた。


「ダークエルフ……大陸ではその呼び名で通っていますけど、熱帯エルフの多くはその呼び名を憎んでいます。黒い肌のエルフを前にして、そう呼ぶことはおすすめしません。熱帯エルフには気性の荒い人が少なくないですし、それが原因で命を落とした人もいます」


 白い肌の高地エルフ――モミーナは、にこりともせずに言った。

 口ぶりと表情からして、その現場に居合わせたことがあるようだった。

 ネイピアは一瞬だけハッとしたが、すぐにいつもの無表情に戻った。


「失礼しました。以後、気をつけます。して、モミーナ殿の母君は傭兵を……」

「はい。母は戦場を選ばず戦っていたので、森林戦のノウハウも身に着けていました。最も得意だったのは山岳での騎兵戦だったようですが」

「なるほど……左様ですか」


 ネイピアは感心したようにうなずいた。


「ネイピアさんもご存知でしょうけど、高地エルフの主な産業は弓矢などの武器と傭兵の輸出です。その為、私の故郷では男女を問わず十六歳から十八歳の間に傭兵となる為の武者修行に出る慣習があります。母は武者修行の途中である国の軍事顧問になって、その後は父に出会うまで各地を転戦したと聞いています」

「左様ですか……アナルニアにも似た慣習があります。師匠に認められて一定の技術に達するか、軍の将校になったら、国外で武者修行をするという不文律があるのです。それを済ませて初めて、一人前の剣士――一人前の将校と認められます」

「そうなんだ。それじゃ、ネイピアさんも国外で武者修行をしたの?」


 チンタローに問われたネイピアが眉根を寄せた。


「いいえ。私はこの国を出たことがありません。剣術の師であった祖父からはアナルニア・ダイノッホ流クソシタール派剣術の全てを受け継ぎましたが、武者修行をする前に侍従騎士となりました。これは、王家に仕える侍従騎士では初めてのことです」


 チンタローたちが押し黙った。

 閣議の際に閣僚たちが見せた態度は、ネイピアの出自だけが理由ではないことを悟った。


「あの……ネイピアさん。だったら、私も同じですよぅ。私はまだ、武者修行を済ませてませんから」


 重くなった空気を変えるように、モミーナが微笑んだ。


「それは、つまり……今は、武者修行の最中ということですか?」

「いいえ」


 ネイピアの問いにモミーナが首を横に振った。


「今の旅は武者修行ではありません。あくまで父を探すことが目的なんです。母が亡くなったことを、大陸のどこかにいる父に伝える為の。旅費を稼ぐ為に冒険者として活動してはいますけど、本格的に修行に出るのは父を連れ帰り、母の葬儀を終わらせてからです」

「お母様の……葬儀?」

「はい。私の故郷では夫婦のどちらかが亡くなると、残った配偶者がいなければ葬儀を執り行うことができない掟があります。ですから……母が亡くなった時に故郷を離れていた父を、どうしても探さないといけないんです」

「……左様でしたか。母君はいつ、お亡くなりに……?」

「三年前です。私はもう十八歳ですから、早く父を見つけて故郷に連れて帰らないと」


 モミーナは笑顔を崩さなかった。


「母君に心よりお悔やみ申し上げます。父君が早く見つかるといいですね」

「はいっ。ありがとうございます、ネイピアさんっ」


 ネイピアはモミーナの澄んだ瞳をしばし見つめていたが、やがて言い出しにくそうに口を開いた。


「モミーナ殿。一つ、教えてくれませんか。紹介状には、下衆・クリムゾンへの協力……魔龍討伐への協力はあなたが決めたとありました。あなたは何故、下衆・クリムゾンを……アナルニアを助けようと思ったのですか? しかも、あなたは報酬をいらないと言いました。報酬もなしに危険な魔龍討伐へ参加することが、旅の目的につながるとは思えませんが」

「いいえ」


 モミーナが再び首を横に振った。


「私の父……叉衛門は、人助けが趣味のような人でした。各地を旅して困った人の為に僅かな報酬で、時には見返りを求めずに困難な戦いや任務に身を投じ……その全てを成功させてきたと聞いています。今は何も手がかりが掴めませんが、父のように人助けをすることで、いつか父に会えるのではないかと思ったんです」

「……非効率です。それに付き合うお二人もどうかしています」

「えぇと……確かに、そうかも知れません。でも……人助けはそもそも非効率なものですよね。タケヤさんたちがチンタローさんを頼って来た時……父だったら、この話を断らないはずだと思って。危険だから、メリットが少ないからと困っている人を見捨ててしまったら、父が遠ざかっていくような気がするんです」

「左様ですか」


 不意にネイピアが振り返り、チンタローとミャーコの顔を見た。


「お二人はどう思いますか?」


 チンタローは照れ笑いをし、ミャーコは小さくため息をついた。


「いやぁ……元々、行き当たりばったりの旅だし……どこへ行くかはモミーナとミャーコの判断だし。アナルニアはいい国だって聞いていたし」


 チンタローはアナルニア入国直後、自身が駄々をこねてペンペコへ帰ろうとしたことには触れなかった。


「モミーナのお人好しには、いい加減ウンザリしてるんだゾ。まぁ、でも……どうせモミーナの父上やミャーコの兄者の手がかりも見つからないから、どこへ行っても同じだと思って。あっ、そうそう。ミャーコは報酬も欲しいんだゾー」

「……なるほど」


 ネイピアは立ち止まり、モミーナの目をじっと見つめた。


「あのあの……ど、どうしたんですか。そんなに見つめられると、恥ずかしいですよぅ」

「モミーナ殿。私は、あなたを……いいえ、あなたたちのことを知ろうとせずに拒絶していました。一度は、あなたたちの言葉に耳を貸さず逮捕しようとすらしました。ですが、私は間違っていました」


 そして、ネイピアは深く頭を下げた。


「どうか、許してください」

「えっえっ……あのあの、ネイピアさん。私は、そんな……」

「ネイピアさん、顔を上げてよ。済んだことだし、ネイピアさんにも立場ってものがあるでしょ。俺も別に、気にしてないからさ」

「そうなんだゾ。そんなこと気にされても困るんだゾ」


 ややあって、ネイピアは顔を上げ、寂しげに微笑んだ。

 それはチンタローたちが初めて見る、ネイピアの笑顔だった。


「モミーナ殿、ミャーコ殿、チンタロー殿……あなたたちは、ひどいことをした私に恨み言一つ言わず、こうして優しく接してくれます。それにひきかえ、私はなんと狭量なことか」


 ネイピアは厚い雲の向こうを見通すように、空を見上げた。


「冒険者にも色々な人が……いいえ、アナルニアの外には色々な人がいるのですね。私はもっと、広い世界を知るべきなのでしょうね。あなたたちと行動を共にして、初めてそう思いました」


 チンタローはネイピアの美しい横顔を見つめながら、胸に強い痛みを覚えた。

 かける言葉が見つからず、チンタローとモミーナが顔を見合わせた時――。


「にゃははっ。だったら話は簡単だゾ。ネイピアさんも、ミャーコたちと一緒に旅をすればいいんだゾ」


 ミャーコはそう言って屈託のない笑顔をネイピアに向けた。

 唐突な提案に、ネイピアが目を丸くする。


「えっ……!?」

「ミャーコたちのパーティーは人数不足で大変なんだゾ。ネイピアさんがいれば回復役が増えてミャーコは楽になるし、モミーナのお父さんもミャーコの兄者も探しやすくなって助かるんだゾ。にゃふふん」


 ネイピアが大きくため息をついた。


「ミャーコ殿。簡単に言ってくれますが……私には殿下をお守りするという重大な務めがあります。他にも仕事がありますし、それらを放り出すわけにはいきません」

「にゃむーん。それじゃ、魔龍を倒したらミャーコから王女殿下にお願いするんだゾ。ネイピアさんに武者修行をさせてくださいって」

「なっ……!?」


 ネイピアの顔が、たちまち怒りで真っ赤になる。


「駄目ですっ! 絶対に駄―目っ! 言うに事欠いて、なんて無礼なことを……断じて許しませんっ! 王族への直訴は重罪ですよ!」

「ちえー。いい考えだと思ったんだけどナー」

「『ちえー』じゃありません! まったく、あなたって子は……!」


 チンタローとモミーナは、出会った時よりもずっと表情豊かになったネイピアの様子をしばらく眺めた後、再び顔を見合わせて微笑んだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 チンタローたちが再び歩き出してからしばらくすると、木々に覆われた小山が視界に迫ってきた。

 やがて林道は行き止まりとなり、煉瓦レンガで補強されたトンネル――鉱山の入り口が目の前に現れた。

 鉱山の入口は苔と蔦に覆われ、一切の光を拒絶するような暗闇を擁していた。


「ここが鉱山の入り口か。拍子抜けするくらいに、何もなかったなぁ」

「拍子抜けしてはいけません、チンタロー殿。それに、鉱山への入り口はここだけではありませんよ」

「どれどれ……ミャーコがちょっと見てみるんだゾ」


 ミャーコが歩み出て、トンネルの周囲を観察し始める。


「この入り口は違うみたいなんだゾ。人が通った気配がない……人の匂いもしないんだゾ」

「別の入り口を探しましょう。万が一の事態に備えて、二人ずつで――」

「ちょっと待って。ネイピアさん、あの……」

「どうしました、チンタロー殿。もじもじして実に気持ち悪いです」


 チンタローは内股になり、申し訳なさそうに右手を挙げた。


「これから魔龍の住処に向かうと思うと緊張して……小便したくなっちゃった。その辺りで済ませてくるから」

「……仕方ありませんね。早く済ませてください」

「ごめん! それは無理!」


 チンタローはそそくさと木陰へ駆け込んでいった。


「チンタローのおしっこはとにかく長いんだゾ。十分くらいかかるんじゃないかナー」

「えぇぇ……」


 ネイピアはチンタローの背中を困惑の表情で見送った。


「あぁ~たまらねぇぜ。チョー気持ちいい……! 綺麗なトイレでの小便も気持ちいいけど、外での小便も開放的で気持ちいい……心がぴょんぴょんするなぁ~」


 たまたま見つけた大きな丸太に放尿しながら、チンタローは開放的な立小便の快感に打ち震えた。

 枝を落とし、皮を剥いだ白木の表面が小便に濡れて色が変わるのが面白くなり、チンタローは少しずつ横に歩いて三メートノレ近い丸太の端から端まで、小便をかけていった。

 この丸太は俺が制した――。

 ささやかな征服感に浸りながら放尿を終えズボンを上げた後、チンタローはあることに気づいた。


「みんな! こっちへ来てくれ!」

「遅いですよ、チンタロー殿。どうしました?」

「いいから早く! 見せたいものがあるんだ」

「あっ、はい……!?」


 再び木陰に駆け込むチンタローを三人が追った。


「……って、チンタロー殿! なんてものを見せるんです! 喧嘩を売ってるんですか!」


 ネイピアが激怒し、両手で長剣を構えた。

 チンタローが手で示したものは小便をかけられて湯気を立てる丸太だった。


「いやいやいや……そうじゃなくて! 俺が小便した丸太をよく見て欲しいんだけど――」

「誰が見るものですか! 自身の放尿した跡を女性に見せつけて喜ぶとは……どんな趣味ですか! ロシュッツスキー殿に劣らぬ変態ですね、あなたは! 見直して損しました!」

「ひぇぇぇっ! 待って! 殺さないで!」

「あわわわ……ネイピアさん! ちょっと待ってくださいよぅ~!」

「やめるんだゾ!」


 斬りかからんばかりのネイピアの肩をモミーナとミャーコが慌てて掴んだ。


「あのあの……そういうことじゃなくて。その丸太……枝が落とされて綺麗に加工されてます。周りには枝や木の皮も落ちてますし……きっとこれは、魔龍に操られた人たちが仕事をした跡ですよぅ」

「そうなんだゾ。チンタローはバカだけど変態じゃないんだゾ」

「うん、そうだよ! 俺、変態じゃないもん!」

「『莫迦』は否定しないのですね……」


 ネイピアは渋々といった表情で湯気を立てる丸太に目を向けた。


「確かに……これで、先ほどの仮説が証明されたということになりますね」


 ネイピアが顔を上げた。

 視線の先――五百メートノレほど離れたところに、トンネルがあった。

 入口は真新しい木材で補強され、明らかに人の手が入った形跡があった。

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