第二十話『二十キロをつっ走れ! (中編)』
「諸君、くれぐれもよろしく頼む。討伐を成功させ、全員無事で戻って来てくれ。勇士たちに勝利の栄光あれ!」
「勇士たちに、勝利の栄光あれ!」
ベンピァック要塞司令官・ベンジォ大佐と要塞の将兵から温かく送り出され、チンタローたちは魔龍の勢力圏へと向かった。
三日分の食糧や雨具に寝具などを詰めた鞄を背負いながら、チンタローはベンジォ大佐と将兵たちの期待に満ちた表情を思い出していた。
ベンピァック要塞だけでなく、立ち寄った場所の全てでチンタローたちは温かく迎えられた。
チンタローが胸に佩用する国防大臣特命の徽章に目を向けると、後ろを歩くネイピアが口を開いた。
「皆さん、あなた方を心から信頼しています。インモーハミダス卿の目に間違いはないはずだ、と」
「うん……そうだね、きっと。頑張らなくっちゃ」
チンタローはこれまでに出会った将兵や民間人の顔を思い出した。
期待と信頼を込めたその表情を思うと、自然と気が引き締まる。
チンタローがそっと腰の聖剣に手を触れると、それを待っていたかのようにネイピアが再び口を開いた。
「チンタロー殿。もう少し歩けば、人目につかない場所に出ます。そこで打ち合わせも兼ねて、私と手合わせをしましょう」
「手合わせ……」
「そうです。魔龍との戦いの前に、あなたの実力を見ておく必要がありますから」
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草原に木剣の刃がぶつかり合う音が鳴り響く。
モミーナやタケヤたちが見守る中、チンタローはネイピアと手合わせをしていた。
チンタローが繰り出す斬撃をネイピアは全て紙一重でさばいていた。
動きの一つ一つに、全く無駄がなかった。
「それが、冒険の旅であなたが得た剣技ですか。まあまあの太刀筋ですね。ですが足りない……足りません」
汗まみれのチンタローとは対照的に、ネイピアは汗一つかかずに言った。
「あなたに足りないもの。それは……情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ! そして何よりも……速さが足りない!」
ネイピアはチンタローの木剣を下からすくい上げるように打ち払った。
力強い太刀筋ながらもチンタローの手には殆ど衝撃がなく、木剣の束は手からするりと抜け、木剣は空高く舞い上がった。
「はい、ここまでです」
丸腰となったチンタローに木剣の切っ先を突きつけると、ネイピアは小さくうなずいた。
「あなたの剣には色々と気になるところがあります。次は聖なる剣で素振りをしてもらいましょう」
「素振り……?」
「そうです、素振りは基本。剣によって力加減も変わってきます。今のうちに聖なる剣の扱いに慣れてもらいます」
チンタローは青く輝く聖剣を鞘から抜き放つと、正眼に構えて上段の素振りを始めた。
「せいっ! せいっ! せいっ!」
「そこまで。チンタロー殿、少し聞きたいことが」
チンタローの素振りが百回を超えたあたりで、ネイピアが制止した。
「あなたの振り方は両刃の剣に適していないようです。どちらかといえば片刃の剣……反りのある刀の振り方ですね」
「そうかな……」
「自覚がないのですか? そういえば、チンタロー殿。あなたは王宮に入った時、剣を帯びていませんでしたが……普段はどうしているのです?」
「えーと……持ち歩いてなかったよ。少し前に駄目にしちゃって、新しい剣を買う暇がなかったから」
ネイピアが眉をひそめた。
「戦闘中に武器が壊れることは珍しくないでしょう。ですが、買い直しもせず丸腰で歩くなど、論外です。暇がなかったなど理由になりませんよ」
「うん……そうなんだけど……俺が持ってても、あんまり意味がないから……」
「なっ……!?」
ネイピアは絶句し、立ち合いを見守るモミーナに視線を送った。
「えっ……あのあの……チンタローさんは、その……冒険の方針を、私たちに……なんていうか……」
「チンタローは戦闘ではあんまり役に立たないんだゾ。だからミャーコたちのマネージャーみたいなことをしてるんだゾ」
モミーナが口ごもっていると、ミャーコがばっさり言い切った。
ネイピアはチンタローを一瞥すると、小さくため息をついた。
チンタローたちのやり取りを前に何か思い出したのか、タケヤもため息をついた。
「あっ……サーセン。最初に言うべきだったね」
「……いいえ。私こそ、あなた方のパーティーの運営方針を最初に聞いておくべきでした。わかりました。私たちで戦闘を進め、最後はチンタロー殿が魔龍にとどめを刺すように戦術を組み立てましょう」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
対魔龍戦の打ち合わせを終え、チンタローたちは要塞から離れて魔龍の本拠地へと向かった。
しばらく歩くうちに、チンタローは黒い霧が周囲に立ち込めていることに気づいた。
それと同時に背筋が寒くなり、全身から冷や汗が吹き出す。
例えようのない嫌悪感と重圧感に襲われ、チンタローは思わず身体を震わせた。
「……これって、もしかして……!」
「どうやら、魔龍の勢力圏に入ったみたいなんだゾ。この徽章がなかったら……倒れてるかも知れないんだゾ」
ミャーコが苦しげに頭を押さえながら応えた。
「にゃっ……頭が……! せっかく治ったのに……」
「ケモニャンコ殿、大丈夫ですか。一旦、引き返しますか」
そう言ってミャーコを気遣うネイピアも他のメンバーも一様に顔色は青ざめ、表情を硬くしていた。
マッスロンは辛うじて笑顔だったが、眉がぴくぴくと痙攣していた。
「大丈夫。苦しいのはみんな同じなんだゾ。少しでも先に進んで魔龍の住処を探した方がいいんだゾ。治療もいらない、魔力は大事に使わないといけないから……」
ややあって、ドエームがうなずいた。
「そうですね。ミャーコさんの言う通りです。可能な限り魔力は温存し、不測の事態に備えましょう」
「……チッ、しょうがねーな」
タケヤがため息をついて頭をかいた。
「おい、チンタロー。魔龍を倒せるのはお前が持ってる剣だけだ。お前が倒れでもしたら話にならねー。できる限りお前のことは守ってやるけど、軽率な行動はすんなよ。『ガンガンいこうぜ』は駄目だ。『命を大事に』だかんな」
「うん……わかったよ」
チンタローが控えめな声で応えると、頭痛に苦しんでいたはずのミャーコがチンタローを押しのけてタケヤをにらみつけた。
「おい、赤いの! 昨日『リーダーはお前だ』ってチンタローに言ってたくせに、偉そうなんだゾ!」
「お、おい。ミャーコ。俺は別に気にしてないからさ……」
そう言うチンタローを押しのけて、タケヤがミャーコをにらみつける。
「あぁ!? るっせー! お前こそ、ガキのくせに生意気なんだよ!」
「むー! ミャーコはガキじゃないんだゾ! おとなのれいでぃなんだゾ!」
「バァァーカ! 大人の女は自分のことを『おとなのれいでぃ~(笑)』なんて言わね~よ、バァァァーカ! バァァァァーカ!」
「ムッカーーーー! バカって言う奴がバカなんだゾ! バァァァァァーッカ! バァァァァァァーッカ!」
タケヤとミャーコの低レベルな口論は十分ほど続いた。
チンタローたちはその間、武器の手入れや装備の確認などをして時間を潰した。
おろおろしていたモミーナも、そのうち刀の手入れを始めた。
ネイピアはそんな光景を前にしばし戸惑っていたが、やがて地図を取り出して眺め始めた。
「はぁっ……はぁっ……きょ、今日はこれくらいで勘弁してやらぁ……!」
「はぁっ……はぁっ……こ、こっちの台詞なんだゾ……!」
ひとしきり罵り合って満足したタケヤとミャーコが同じタイミングで水筒の水を一口飲んだのを見計らって、チンタローはようやく口を開いた。
「それじゃ、行こうか。みんな、命を大事に行動しよう」
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前衛にモミーナとネイピア、タケヤ。その後ろを歩くチンタローの左右をマッスロンとミャーコが守り、後衛にヤーラシュカとドエームが就く十字の陣形でチンタローたちは進んだ。
二時間ほど歩くと、民家や商店が見えてきた。
国境付近の小さな街にしては建物が立派で、往時は豊かな暮らしをしていることが伺えたが、街には人気がなく、霧が立ち込めていることもあり陰鬱な雰囲気だった。
「ここは名もない街ですが、かつては鉱山の労働者で賑わい、災害が起きる前はベンピァック要塞の将兵もよく訪れる街だったそうです。今では、ご覧の通りですが」
ネイピアは寂しそうに言うと、傾いた道路標識を手で直そうとした。
標識には「ベンピァック要塞まで十四キロメートノレ」と書かれていた。
「ちょ、待てよ!」
突然、タケヤが鋭い声を発した。
ネイピアが伸ばした手を引っ込める。
「侍従騎士さん、迂闊に触んなって。罠があるかも知れねーんだからよ」
「……っ! 罠……!?」
「ああ。魔物には人間並みの知能を持ってる奴だっている。同じことを小鬼の住処でやれば、矢だの石だのが飛んでくるぞ」
タケヤは徐に左の籠手を外し、ネイピアに手の甲を見せた。
「この稼業を始めた頃……木の枝を払ってゴブリンの毒矢を受けた痕だ。ドエームがすぐ治療してくれたからよかったものの、処置が遅けりゃ毒が回って腕を切り落とすところだった」
タケヤの手の甲には、紫に変色した矢傷の痕があった。
「魔物との戦いで命を落とす冒険者は大勢いるが、罠や事故で命を落とす冒険者も大勢いる。あんたの剣と魔法の腕は信頼してるが、あんたは冒険者じゃねー。ここでの行動は俺たちの判断に従ってもらう。いいな」
「……わかりました。あなたの言う通りです」
ネイピアは静かに後ずさり、標識から離れた。
「タケヤ。この街を調べてみないか。魔龍の手掛かりがあるかも知れないし、人が取り残されてるかも知れない」
チンタローが呼びかけると、タケヤが周囲を見渡してからうなずいた。
「そうだな、その辺の家や店を調べてみるか。侍従騎士さん、立入の許可をもらえないか。手荒な真似はしねーからさ」
「かまいません。この街は今、軍の管理下にありますので」
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タケヤとドエームは家々を回って玄関の扉を調べた。
二人ともそれぞれの扉に耳をつけると、軽く拳で叩いては音を聴く。
チンタローたちは、少し離れてその様子を見ていた。
「チンタロー殿。ラムーキン殿とロシュッツスキー殿は何をしているのです?」
「扉の内側に何か仕掛けられてないか、確かめてるんだよ」
「なるほど。戦闘ばかりが冒険者に必要な技能ではないということですね」
やがて、主だった家や店の玄関を調べ終わったタケヤとドエームが戻って来た。
「とりあえず鍵のかかってない扉を調べたが、罠は仕掛けられてないみたいだな。ドエームの方はどうだ?」
「私の調べた家も同じです。扉を開けた瞬間に矢が飛んでくる、なんてことはなさそうです。手分けして家の中を調べてみましょう」
「お、そうだな」
タケヤが鉄の籠手をはめた手を叩いた。ガシャン、と重い音が辺りに響き渡る。
「それじゃ……行動は二人一組で、危険を感じたらここに戻ってくること。いいな」
「むー。なんだかんだ言って赤いのが仕切ってるみたいで、面白くないんだゾ」
「ンだとぉ!?」
「おいミャーコ。経験ではタケヤたちの方がずっと上なんだから、文句言うなって。喧嘩は駄目」
「ちえー。わかったんだゾー」
ミャーコは口を尖らせながら、モミーナの手を引いた。
「モミーナ。一緒に向こうの家を見てみるんだゾ」
「あっ、はい。行きましょう、ミャーコちゃん」
それを見たタケヤはヤーラシュカと、ドエームはマッスロンと連れ立って歩き出した。
残されたチンタローとネイピアは顔を見合わせると、どちらともなくうなずいた。
「では、私たちはそこの商店を見てみましょうか」
「うん。お互いに気をつけて行動しよう」
チンタローとネイピアが足を踏み入れた商店は食品や酒に雑貨などを取り扱う、田舎の街にしては大きな店だった。
店内は荒らされた様子もなく、棚や倉庫の商品は整然と並べられたままだった。
二人が店の奥にあるパン焼き窯に向かうと、竈から炭化した薪と灰がこぼれ落ちていた。
「ネイピアさん! これ……」
「はい。まだ新しい炭です。ここ数日以内に竈を使ったようですね。誰かがここで生活しているのかも知れません」
「それじゃ、取り残された人たちが……? それにしても、何のために……」
チンタローが首を傾げるのと同時に、外からウザいほど爽やかな声が聞こえてきた。
「はっはっはっ! おーい! みんな、こっちへ来てくれ!」
「マッスロンの声だ。ネイピアさん、向こうへ行ってみよう。ここのこともみんなに教えないと」
「はい。ところで、マッチョナー殿はいちいち笑ってからでないと話せないのですか?」
「えーと……ちょっとウザいだろうけど、大目に見てやってよ。マッスロンの笑顔には何度も助けられたんだ。本当にいいヤツなんだよ」
「……わかりました。あなたがそう言うのでしたら」
ドエームとマッスロンが調べていたのは宿屋だった。
マッスロンに招かれてチンタローたちが二階の客室へ向かうと、二列に並んだ八つのベッドに男たちが横たわっていた。
男たちはそれぞれエプロンや大工仕事の作業服を身に着け、仰向けになって静かに寝息を立てていた。
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魔龍の勢力圏に残された人々――。彼らの身に何が起こったのか?
次回にご期待ください!




