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第十九話『二十キロをつっ走れ! (前編)』

「はぇ~、すっごい大きい……何だ、あれ?」


 何度か馬車を乗り継ぎ、一昼夜をかけてアナルニア西部・ベンピァックへと入ったチンタローたちの視界に白く巨大な円筒形の建造物が現れた。


「本当ですねぇ。すごく……大きいですよぅ」


 チンタローとモミーナは馬車の窓から身を乗り出して、高さ五十メートノレ、直径二十メートノレはあるそれを眺めた。


「国境監視用に建てられた監視塔です。ここはクソシテネーレ軍の動きを監視する要塞です」


 ネイピアが落ち着き払って言った。

 チンタローは魔龍対策会議で話に上った『国境地帯の要塞化』という言葉を思い出した。


一昨日おとといの会議で話に出てきた、あれですか?」

「はい、それです。国防省が中心となって進めている国土防衛計画の要。それが国境地帯の要塞化です」


 チンタローは目の前に迫ってくる監視塔の威容に目を見張った。

 森の向こうにそびえ立つ白い巨塔が、白い軍服を纏ったインモーハミダスの巨躯と重なって見えた。

 壁面の全周囲に小さな窓と矢狭間やはざまが張り巡らされ、屋上には腕木通信テレグラフ用の大きな腕木が配置されている上、物資を運び入れる為のクレーンやロープウェイまで備わっていた。

 要塞として高い機能を有していることが、素人目にもわかった。


「これを、インモーハミダスさんが……」

「……さん?」


 ネイピアが訝し気に聞き返した。


「あっ、いえいえ! インモーハミダス閣下が!」

「……なるほど。インモーハミダス卿は、あなたのことをいたくお気に入りのようですね」

「あっ、えぇと。その……」


 ネイピアが小さくため息をついた。


「ところで、チンタロー殿。王都をつ時、王女殿下に何事かささやいていましたね」

「えっ……!?」

「気づかないと思いましたか。打ち合わせにないことは控えるように言ったはずですよ」


 チンタローは恐る恐る振り返り、ネイピアを見た。

 ネイピアは、ただ真剣な目つきでチンタローを見つめていた。

 責めるような口調とは裏腹に、敵意や侮蔑の色はなかった。

 チンタローはその眼差しに既視感を覚えた。


「ごめんなさい、ネイピアさん」


 ネイピアが再びため息をついた。


「もう済んだことです。それに、私としては不本意ですが……王女殿下はお喜びのようでした。よって、これ以上は追及しません。その代わり、今後そうしたことは控えてください」

「はい……」


 二人のやり取りを緊張の面持ちで見守っていたモミーナは、事が大きくならずにホッと大きすぎる胸を撫で下ろした。


「さて。皆さん、そろそろ降りる準備をしてください。要塞の司令官に到着の報告をしたら、魔龍の勢力圏に入ります。その先は馬が入れないので、徒歩で進むことになりますが……ケモニャンコ殿。どうしました? 気分が悪そうですね」


 ミャーコの様子がおかしいことにネイピアが気づいた。

 普段はうるさいほど元気なミャーコがすっかり無口になっていた。


「うーん……大丈夫なんだゾ。ちょっと頭が痛いだけで……ミャーコ、馬車はあんまり得意じゃないから」


 ミャーコの隣にいたモミーナが、優しくミャーコの肩を抱いた。


「ミャーコちゃん、あと少しの辛抱ですよぅ。もうすぐ降りられますからね」

「うん……みんな、心配かけてゴメンなんだゾ」

「気にするなって。後でドエームに治してもらおう」


 ふと、ネイピアが両膝に手を置き、頭を下げた。


「ネイピアさん? ど、どうしたんですか?」

「今回の旅程を決めたのは私です。ケモニャンコ殿が馬車に弱いということを知らず、あなた方に十分な相談もなく行ってしまいました。お詫びします」


 思いもよらぬネイピアの言動にチンタローたちは言葉を失ったが――。


「ネイピアさん、顔を上げて。謝ることないんだゾ」


 ミャーコが明るい声で言った。


「ケモニャンコ殿……」


 ネイピアがゆっくりと顔を上げると、ミャーコはにっこりと笑った。


「その、『ケモニャンコ殿』っていうの、できればやめて欲しいんだゾ。ネイピアさんは年上なんだし、もっと気軽に呼んで欲しいんだゾ」

「あのあの……、わ、私も。『パイデッカー殿』ではなく、できれば名前で呼んでもらえませんか?」


 ミャーコに続いてモミーナがそう言うと、ネイピアはしばし考え込んだ後、二人の目を見た。


「……わかりました。ミャーコ殿、モミーナ殿。これからはそう呼ばせてもらいます」

「むーん。ミャーコ、『殿』はいらないんだけどナー」

「あまり馴れ馴れしいのは好みません。そこは我慢してください」

「ふふっ。これからもよろしくお願いします、ネイピアさんっ」


 モミーナが嬉しそうに微笑むと、ネイピアは恥ずかしそうに顔を伏せた。

 チンタローは隣に座るネイピアの横顔を見て、胸が熱くなった。


 魔龍討伐が成功する保証は全くない。

 しかし、このメンバーで魔龍討伐に臨んだことを後悔することは、決してないだろう。

 心からそう思った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ケーデント・ノイターイ・ノイターイ……汝の内に眠る力に、我は訴えるものなり。悪しきものは汝を助く力に変わり、汝を助く力はその身に溢れ、新たな力を呼び起こさん」


 ドエームが呪文を唱えながら両手を合わせると、ミャーコの頭部に仄かな光が灯る。

 ミャーコが頭痛の治療を受けている間、チンタロー・モミーナ・ネイピアは要塞の司令官と面会していた。

 要塞を守る将兵の顔は緊張に満ち、物々しい雰囲気だったが、結界の効果で悪臭は最小限に抑えられていた。


「よくぞ参られた。私がベンピァック要塞の司令官、トート=ベンジォ陸軍大佐だ」


 司令官は五十歳前後と思われる、物腰柔らかな男だった。

 国境警備隊の将校も『ベンジォ』という苗字だったことをチンタローたちが思い出すと、司令官――ベンジォ大佐はそのことに気づいたように、表情を和らげた。


「ペンペコとの国境検問所には、私の甥が勤務しているんだよ」

「ベンジォ大尉のご親戚でいらっしゃるのですねぇ。ベンジォ大尉には、大変お世話になりましたぁ」

「本当です。おかげで助かりました」


 モミーナとチンタローが頭を下げると、ベンジォ大佐は大きくうなずいた。


「パイデッカー殿のお父上……叉衛門殿のことは甥がよく語っていたよ。諸君らの役に立てたことを、甥は喜んでいることだろう。さて……本題に入るとしよう」


 ベンジォ大佐が表情を引き締めた。


「魔龍が出現し、今も本拠地にしていると思われる廃鉱山は、ここから二十キロ先にある。そのうち十八キロは魔龍の勢力圏にあり、馬車も使えない。持ち込める物資の量を考えると、行動できる日数には限界がある。もし、魔龍の捜索中に食料が尽きたような場合は、要塞まで戻って補給を行ってくれ。くれぐれも無理な行動はしないようにしてくれ」

「わかりました。その時は、よろしくお願いします」


 チンタローが力強くうなずくと、ベンジォ大佐が微笑んだ。


「無論、魔龍を倒した場合もここへ戻って来てくれ。ここの設備なら、腕木通信テレグラフですぐに連絡を送ることができる。吉報は一刻も早く、王都へ知らせたいからね。将兵の負担も減る」

「負担……ですか」

「ああ。聞き及んでいることと思うが、クソシテネーレとの戦争も現実味を帯びてきた。クソシテネーレと魔龍……二つの脅威と向き合う状況は、この要塞だけでなく、多くのアナルニア将兵にとって大きな負担となっている。過剰な緊張が続くことは好ましくないからね」


 ベンジォ大佐の落ち着いた言動にチンタローが感心していると、司令官室に一人の将校が入ってきた。


「失礼します。司令官、少しだけよろしいでしょうか」

「どうした?」

「最寄りの村で複数の行方不明者がいることが、つい先ほど判明しました。魔龍の勢力圏に取り残されている可能性があります」

「なんだと!?」


 ベンジォ大佐の表情が一瞬で険しいものに変わった。


「加えて、国内にいた他国からの冒険者がかなりの数、行方不明になっていることがわかりました。おそらく、こちらも魔龍の勢力圏に取り残されているものと思われます」

「なんということだ……」


 チンタローは言葉を失った。

 魔龍の勢力圏に取り残された人々が生存しているとは考えにくい。

 しかし、それでも――。


「モミーナ、ネイピアさん」


 モミーナ・ネイピアと顔を見合わせるチンタローの姿に気づいたベンジォ大佐が、ハッとして振り返った。


「余計な話を聞かせてすまなかったね。諸君らの任務はあくまで魔龍討伐だ。今の話は聞かなかったことにしてくれないか」


 国民に一人の死者も出さぬこと――。

 ウォシュレがこの災害において閣僚に指示したという言葉を、チンタローは振り切ることができなかった。

 チンタローはベンジォ大佐の言葉に耳を貸さず、モミーナとネイピアに語りかけた。


「俺たちの任務は魔龍討伐で、行方不明者を探すことじゃない。でも……国民に一人の死者も出さないように王女様が仰ってる以上、今の話は無視できない。魔龍討伐の間、もし行方不明者が生きて見つかったら、可能な限り助けたいと思う。二人の意見を聞かせてくれないか」


 ややあって、モミーナが大きくうなずいた。


「私は……チンタローさんに賛成です。任務に支障をきたさない範囲であれば」

「ありがとう、モミーナ。ネイピアさんは……?」


 ネイピアがかかとを合わせて直立不動の姿勢を取った。


「我々の任務は魔龍討伐です。他のことに時間を割くべきではありません。ですが、私とて王女殿下のお言葉は忘れていません。魔龍の捜索中、または討伐の後に行方不明者が見つかった場合は時間が許す場合においてのみ、一時的な救護措置を行うこととしましょう」

「ありがとう、ネイピアさん」

「礼を言われる覚えはありません。ところでチンタロー殿、いつから私に気安い口を利くようになったのです?」

「あっ……」


 チンタローは、丁寧語を使わずにネイピアと話していたことにようやく気付いた。


「ごめんなさい」

「まあ、いいでしょう。丁寧な言葉を使い慣れていないのであれば、私に対してはそれでかまいません。円滑なコミュニケーションが第一ですから」

「あ、ありがとう……」


 促すようにネイピアが咳払いをした。


「えーと……ベンジォ大佐。そういうわけで、魔龍捜索の間と魔龍を討伐した後で行方不明者が見つかったら、可能であればその場で救護を行います。ですが、勢力圏の外まで連れて行くことはできないと思います。見つけた場所を後で教えますので、行方不明者を保護することをお願いできませんか」


 ベンジォ大佐は瞳を伏せてしばし考え込んでいたが、やがてチンタローの目を見た。

 軍人に相応しい、鋭い目つきだった。


「我々が魔龍の勢力圏に入ることはできない。諸君らが魔龍を倒したとしても、勢力圏に入れるという保証はない。我々としても、可能であればという条件付きだが……どうか、よろしく頼む。いや、武運を祈る」


 言い終わると、ベンジォ大佐はかかとを合わせて姿勢を正した。


「ありがとうございます。行ってきます」


 チンタローは、まっすぐベンジォ大佐の目を見て応えた。

☆ 読者の皆様へ ☆


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魔龍の勢力圏を進むチンタローたち。


そこでは、思いがけぬことがチンタローたちを待ち受けていたのでした。


次回にご期待ください!

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