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第十八話『故郷は……』

 チンタローたちが王都ケツァーナを発って三時間余りが経った。

 陽は高く昇り、暗雲の向こうにぼんやりと姿を見せていた。

 チンタローたちは馬車の乗り換えと昼食の為、軍の宿駅に隣接した演習場に立ち寄った。

 演習場を管理する将校は快くチンタローたちを迎え入れた。


「あれ……あんまり臭くない。ギリギリ問題ないレベルっていうか……鼻が麻痺してきたのかな?」

「本当ですねぇ~」


 チンタローとモミーナは鼻を鳴らしながら、不思議そうに顔を見合わせた。


「いいえ。これは試験的に導入された結界の効果です」

「結界?」

「政府としても、この現状に手をこまぬいているわけではありません。軍の魔法研究本部では魔龍の排泄物から魔力の解析が進められています」

「大規模魔法や魔力災害の対策は、まず魔力の解析から始まるんだゾ。魔力の性質がどんなものかわかれば、それと正反対の性質の魔力をぶつけることでその力を相殺できるんだゾ。火を水で消すみたいに」


 難しそうな顔をしていたチンタローとモミ-ナが、ミャーコの解説に「なるほど」とうなずく。


「魔力の性質は使役者それぞれで違ってくるし、魔物が使う魔法となると人間が使うことを前提としてないから、解析するのはすごーく大変なんだゾ。国を覆うだけ強大な魔力となると、解析するだけで半年はかかると思うんだけどナー」

「ケモニャンコ殿の言う通りです。災害が発生してすぐの段階で、インモーハミダス卿が検体の収集と魔力の解析を指示したことが功を奏しました。完全ではありませんが解析が進められた結果、これを打ち消す魔力が確立しつつあります」


 ネイピアが演習場の入り口にある高さ十五メートノレほどの国旗掲揚台を手で示した。


「あのように、柱や塔など高さのあるものに魔力を込めて魔法陣を形作るように配置すれば、その中には結界が出来上がります。これにより、演習場内部は外からの魔力の影響をある程度抑えているわけです」

「ふむふむ、なるほど」


 魔法に明るくないチンタローとモミーナは、興味深く説明を聞いた。

 ネイピアの説明はチンタローにもわかりやすく丁寧だった。ミャーコとの会話も不思議と息が合っている。

 チンタローたちは馬車の中でネイピアに何かと話を振ったが、ネイピアはその都度、律儀に受け答えをしていた。

 少なくとも、チンタローたちとの行動を嫌がっている様子はなかった。


「さて……話はここまでにして、食事を受け取りに行きましょう」

「はい。おーい、みんなー! お昼もらいに行こうぜ!」

「おー……」


 呼ばれてタケヤら下衆・クリムゾンのメンバーがやって来たが、いつも笑顔のマッスロン以外はどこか元気がなさそうだった。


「どうしたんだよ? なんか気分悪そうだな。車に酔ったとか」

「チッ……何でもねーよ」


 ミャーコが意地の悪い笑みを浮かべた。


「ははーん。わかったんだゾ。きっと、チンタローがリーダーみたいだから気に入らないんだゾ」

「なっ……!」


 図星を突かれたタケヤが顔を真っ赤にする。


「えーと……タケヤ。俺は別にリーダーってわけじゃないし、その……」

「ちょ、待てよ。あのなぁ、チンタロー」


 タケヤがため息をつきながら頭をかいた。


「無責任なこと言ってんじゃねーよ。聖なる剣を使えるのはお前だけだ。それにだ、揃って投獄されるところだった俺たちがここまでこぎ着けたのは、お前のチンコ……いや、お前がいたからだろーが。このクエストのリーダーはお前だ。俺たちを引っ張ってきた自覚くらい持てよ」

「う、うん……ごめん、わかった」

「チッ……謝んなって」


 タケヤは恥ずかしそうに顔を逸らすと、それ以上口を利こうとはしなかった。

 いつも自分勝手なタケヤから感謝と信頼に近い言葉が聞けたことがあまりに意外で、チンタローはどう受け止めたらよいかわからなかった。

 ドエームとヤーラシュカが諦めたような、ホッとしたような顔をする横で、マッスロンは嬉しそうに笑っていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 食事を受け取りに行った食堂は演習場の奥にあった。

 周囲には仮設住宅がいくつもあり、軍服を洗濯する住民や馬具の手入れをする住民の姿が見られた。

 住民たちの表情は一様に明るく、ここでの暮らしが悪いものでないことを伝えていた。


 演習場と聞いて野外の炊事場を想像していたチンタローは、食堂の清潔さに驚いた。

 仮設住宅同様に木造の簡素な建物だが、厨房と食事スペースは隔てられ、料理はカウンターで受け取って席に持って行くセルフサービスになっており、合理性と衛生面での工夫が見られた。

 昼時だが、チンタローたちへの配慮かテーブルに着く将兵や避難民はいない。

 チンタローたちはトレイを手にすると、料理を受け取りにカウンターへと向かった。


「冒険者さん。お腹いっぱい食べてね、おかわりもあるから」


 カウンターに立つ中年女性が塩漬け牛肉と根菜のスープを器に満たして差し出した。


「どうも。あー、おいしそう」


 おいしそうに湯気を立てるスープを受け取って、ようやくチンタローは目の前の調理員が兵士でないことに気づいた。

 食堂を見渡すと、他の従業員も軍服を着ていない。

 チンタローの視線で察したのか、調理員の女性が顔を綻ばせる。


「ここで働いてるのはみんな、被災地からの避難民なのよ」

「避難民?」

「そうよ。住む場所だけじゃなく、仕事も軍が用意してくれたの。食事作りに製パンや家づくり、洗濯に武具の手入れなんかもね。インモーハミダス様には感謝してもし足りないわ」


 屈託のない笑顔からは、インモーハミダスへの深い感謝と敬意が伝わってくる。


「最初はテントに住んで、兵隊さんに炊き出しをもらってたの。勿論、それだけでもありがたかったんだけど、住む場所は清潔な方がいいってことで、軍のお金で仮設住宅や食堂を建てることになったのよ。その時に作業員や調理員の募集があってね。みんな家を追われて落ち込んでたんだけど、おかげで元気を取り戻してね。私は食堂をやってたから、こうして調理員として働いてるってわけ」

「俺はパン屋をやってたから、ここでもパンを焼いてるんだ。演習場が一つの街になったみたいで楽しいよ。インモーハミダス様が国防大臣で本当によかったなぁ」


 隣のパンコーナーで大きな黒パンを切っていたパン職人が、山積みのパンの横から顔を出して笑った。

 チンタローはインモーハミダスの人望と政治手腕の高さを知り、尊敬を新たにした。


「なるほど。避難生活中でも仕事があって、お金が稼げるのは助かりますよね」

「そうそう。さすがインモーハミダス様、目の付け所が違う。強いだけじゃない」


 パンコーナーに来たチンタローのトレイに厚切りの黒パンを乗せながら、パン職人が感心しきった様子で言った。


「強い……確かに」


 チンタローはインモーハミダスの軍服を飾る無数の勲章と、軍服の上からでも見て取れる筋骨隆々とした身体つきを思い出した。


「インモーハミダス様はアナルニア最強の剣士だからね。王立軍学校入学以来、剣術で勝てた剣士は一人もいないって話だ。少尉に任官してすぐ、千人から成る武装集団をたった一人で壊滅させた話を知らない国民はいないよ。そして、兵を率いれば常勝無敗。国王様がお元気なら、インモーハミダス様と力を合わせて魔龍も倒せただろうよ」

「たった一人で千人を!? 本当に、すごい人なんですね……そういえば、国王様も若い頃は国内随一の剣士だったって聞きましたけど」


 パン職人が「その言葉を待っていた」と言わんばかりに何度もうなずいた。


「そうそう。国王様は『剣聖』オーベンデール王の再来といわれた名君さ。勿論、強いってだけじゃない。威厳があって諸侯からは尊敬されてるし、俺たち国民にも優しい。周りの国でも国王様を尊敬してる上に、その強さを恐れてるって話だ」


 興が乗ってきたのかパン職人はパンを切りながら、なおも話を続けた。


「西方大戦では国王様が近衛部隊を率いて出陣しただけで、国境まで迫った南部同盟軍が戦わずに逃げ出したんだぜ。それが今じゃ……とはいえ、国王様もお歳だからなぁ。王女様も頑張ってるけど、国王様がまだお元気だったらなぁ、と思うと」


 何気ない言葉がチンタローの胸をえぐった。

 悪意のない言葉だとわかっていた。それでも、王宮の中庭で見たウォシュレの涙を思うと、悲しさと怒りが込み上げてきた。

 名君として讃えられる父と比べられるウォシュレは、その父に助けを求めていた。

 しかし、その声は届かない。

 必死の努力も孤独も、国民にはわかってもらえない――。

 あの涙の理由わけを、ようやく理解できたように思えた。


「そこに加えて、クソシタール人との戦争なんて話も出てきた。クソシタール人は本当に恩知らずだよ。国王様に独立を許してもらっておきながら、アナルニアに盾突くなんて。恩を仇で返しやがってさ」


 閣議室でも聞いた、クソシタール人への罵倒。

 人の好さそうなパン職人が平気でこんな言葉を口にするあたり、クソシタール人に対する国民感情が相当に悪いことがわかる。

 インモーハミダス――閣僚で唯一のクソシタール人の言った通りだ。


「あの。皆さんが尊敬してるインモーハミダスさ……閣下も、クソシタール人なんですよね。だったら、そんな言い方はちょっと」


 チンタローがたまりかねて窘めると、パン職人が目を丸くした。


「インモーハミダス様は特別さ。みんな、そう思ってる。『クソシタール人がみんな、インモーハミダス様のような人ならいいのに』ってね。まったく、クソシタール人ときたら。辺境伯様が乱心したのも、きっと奴らの扱いに困って――」

「ちょっと、やめなよ!」


 隣の女性が柄杓ひしゃくを置いて、大きな声で制止した。

 スープを受け取っていたミャーコがびっくりして、尻尾を逆立てる。


「なんだよ、大きな声出したりして。ん……?」


 パン職人はミャーコの後ろでトレイを持つネイピアの姿に気づいた。

 その黒い髪と軍服を見た途端に、顔が青ざめる。


「じ……侍従騎士様!? 申し訳ありません! 決して、あなた様のことを言ったわけでは……国王様と、王女様にも失礼なことを……どうか、お許しください!」

「いいえ。私は気にしていません。国王陛下と王女殿下に関する発言もありましたが、処罰するほどではありません」


 ネイピアは眉一つ動かさずに言った。


「いいえ! 本当に失礼なことを。まさか、侍従騎士様がク――」

「もし、申し訳ないと思うのでしたら配膳を急いでください。我々は先を急ぎます」

「はい、ただ今!」


 カウンターと厨房にいた従業員がそれまでとは打って変わって、慌ただしく働きだした。

 チンタローは、ハインセッツ公が閣議室で見せた言動の理由がようやく、わかった。

 ネイピアはインモーハミダス同様、クソシタール人――。

 黒い髪、そして後ろ髪の一房だけを伸ばして三つ編みにした髪型はクソシタール人の証なのだろう。


 ネイピアに対してよそよそしく、時にその様子を見張っているようだったハインセッツ公。

 そんな二人のやり取りをどこか冷ややかに見ていた、シリーゲムッシル以外の閣僚。

 チンタローはここに来て初めて、アナルニアが持つ負の部分を垣間見た思いがした。


 この『いい国』にも自分の知らない、よくない何かがあるのでは――。

 漠然と、そんな思いを抱いた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「誤解なきように言っておきます。私の出身はクソシテネーレではありません。生まれも育ちもアナルニアです」


 昼食を済ませて代わりの馬車に乗ってからしばらくして、ネイピアが独り言のように言った。


「そう……なんですか」

「はい」


 チンタローとモミーナ、ミャーコは無言で顔を見合わせた。

 チンタローはアナルニアの国情を知らない。

 クソシテネーレ共和国とクソシタール人のことも知らない。

 アナルニア生まれのネイピアが何故、クソシタール人とわかる髪型をしているのかもわからない。だが――。


「あの……ネイピアさん。うまく言えないんですけど」

「何です?」


 ネイピアはチンタローの目を見ようとしなかった。


「ネイピアさんは、すごく努力して侍従騎士になったんですよね。この国のことはよくわかりませんけど、そのことは俺にもわかります。本当に、すごいと思います」


 ネイピアがハッとして振り返った。

 視線の先に、チンタローたちの笑顔があった。


「ありがとう……ございます」


 そう言ってネイピアは恥ずかしそうに目を伏せた。

 それは、チンタローたちが初めて聞いた感謝の言葉だった。

☆ 読者の皆様へ ☆


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


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目的地ベンピァックに辿り着いたチンタローたち。


遂に魔龍の勢力圏へと足を踏み入れますが、そこでチンタローたちを待っていたのは……。


次回にご期待ください!

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