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第十三話『ウンコ魔龍抹殺計画』

「アナルニア万歳! 万々歳!」


 万雷の拍手と歓声が、不意に止んだ。

 頭を下げたままのチンタローの鼻腔に心地よい香りが流れてきた。

 フローラルの香り――。

 アナルニア国境へ足を踏み入れた時、口から出まかせで言った言葉を思い出した。


「チンタロー。ズボンを上げてください。剣はネイピアに」


 フローラルブーケの香りを纏った王女――ウォシュレがチンタローの前にいた。

 チンタローは剣をネイピアにそっと渡すと、静かにズボンを上げた。緊張で手が震えたが、チンコを挟んだりしないよう細心の注意を払って。

 ズボンを上げ、顔を上げたチンタローにウォシュレが微笑みかけた。


「チンタロー。この後、魔龍災害対策本部で会議があります。あなた方三人にはオブザーバーとして出席してもらいます。状況について関係閣僚から説明がありますので、質問や要望などあれば、遠慮なく言ってください」

「はっ……はい!」


 ウォシュレは一歩下がると、傍らのネイピアに頷いてみせた。

 ネイピアがうやうやしく頭を下げ、チンタローの前に歩み出た。


「ネイピアさん……?」

「チンタロー殿。王女殿下の名代みょうだいとして、私も魔龍討伐に同行します」

「えっ!?」

「チンタロー、モミーナ、ミャーコ。下衆・クリムゾン。見ていてください」


 ウォシュレはそう言って、ネイピアが差し出した剣を手に取ると静かに鞘から抜き放った。


「聖なる剣が……!」


 チンタローたちは息を呑んだ。

 ウォシュレが手にした剣――アナルニア王家に伝わる聖なる剣の刃が、ゆらゆらと青い光を放っていた。


「このわたくしもオーベンデールの血を引く一人。本来であれば、伝説の魔龍を倒すのはアナルニア王族の役目です」


 やがて、ウォシュレは静かに剣を鞘に納めた。剣の心得があることを窺わせる手つきだった。


「しかしながら、女の私では力が不十分なようです。加えて、摂政にして宰相たる私が他の政務を投げ出すわけにはいきません。そこで、腹心たるネイピアを同行させることとしました」


 ネイピアが胸元に手を当ててチンタローたちに頭を下げた。


「どうぞよろしくお願いいたします」

「あっ、はい。こちらこそ……!」


 チンタローが頭を下げると、モミーナたちも慌てて頭を下げる。


「……きっと、お目付け役ですわ。タケヤが『戦力は一人でも多い方がいい』なんて言うから」

「るっせーな。お前だって『そうですわぁー』とか言ってただろーが」

「むきー。私、そんな頭の悪そうな話し方じゃありませんわ!」


 頭を下げたまま、ヤーラシュカとタケヤが小声でささやき合った。


「ネイピアの実力は私が保証します。必ずや、あなた方の力となってくれることでしょう。それでは、この後のことは対策本部で。インモーハミダス、シリーゲムッシル。頼みましたよ」


 ウォシュレの後ろに控えていた、白い軍服の男と眼鏡の男が揃って歩み出た。

 並んで立つと、体格の違いが一層、際立つ。


「承知つかまつりました、殿下」


 重厚な声を発したのは軍服の男だった。

 巨躯と威厳溢れる風貌に違わぬ、力強い声と口調。足取りから指先の動き、口の開き方。その全てに一分の隙もなかった。


「私は国防大臣にして陸軍上級大将、ソラーヌ=インモーハミダス。諸君の活躍に心から期待している。軍としても、でき得る限りの支援を行わせてもらう所存だ。よろしく頼む」

「は、はい! よろしくお願いします!」


 チンタローは自然と踵を合わせ、背筋を伸ばしていた。


「私はティモ=シリーゲムッシル。外務大臣だ。このたびは……」


 続いて眼鏡の男――シリーゲムッシルが控えめな声で挨拶をしたが、インモーハミダスの存在感が強すぎて最初の言葉以外まったく耳に入ってこない。

 インモーハミダスの風貌と無数の勲章に歴戦の軌跡を見て取ったチンタローは、自然と敬意を抱いていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ウンコ魔龍を倒す三勇士を連れて来ましたよ」


 シリーゲムッシルは広い閣議室を見回しながら、居並ぶ閣僚たちに呼びかけた。


「ウンコ魔龍を倒す三勇士?」


 部屋の奥――上座で円卓に向かう五十代半ばと思しき紺色の礼服の男が、いぶかしげに眉をひそめた。


「輝けるチンコの持ち主、チンタロー」

「あ……えっと、よろしくお願いします」

「二刀流の剣士、モミーナ=パイデッカー」

「あのあの……がんばります。よろしくお願いします」

「炎や風など、自然の力を操る魔法使い、ミャーコ=ケモニャンコ」

「よっす、どうも~っ」


 円卓には謁見の間では見なかった十人の閣僚がいたが、チンタローたちに応える者はなかった。

 チンタローたち三人とネイピア、インモーハミダスとシリーゲムッシル。

 閣議室を訪れた六人をあまり歓迎する雰囲気ではない。

 強そうには見えないチンタローの姿に、おどおどしたモミーナの態度に、ミャーコのくだけた挨拶に、チンタローたちを迎えた閣僚全員が怪訝そうな表情を浮かべていた。

 インモーハミダスには劣るものの、誰もがたくましい身体つきだった。


「……ふうむ」


 紺色の礼服の男が、小さくため息をついた。

 カールした金髪を長く伸ばし、口髭と顎髭を美しく整えた美丈夫びじょうふ――。その、いかにも気位の高そうな貴族然とした態度は、チンタローにとって好ましいものとは思えなかった。

 イケオジ――イケメンおじさんにして、イケすかないおじさん。

 そんなことをチンタローが考えていると、イケオジこと礼服の男がおもむろに立ち上がった。

 至る所に美しい刺繍が施された礼服は、着るのが勿体ないと思えるほどの見事な仕立てだった。

 それを見事に着こなす姿からも、身分の高さが窺えた。


「よくぞ参られた、勇士たちよ。私は内務大臣にしてハインセッツ公爵、トワレー=ハバカーリー。本会議では議長を務めている。私のことはハインセッツ公と呼んでもらおう」


 イケオジ――ハインセッツ公は少し表情を和らげると、他の閣僚に視線を送った。

 ハインセッツ公が態度を和らげたからか、他の閣僚も警戒を解いて自己紹介を始めた。

 全員がハインセッツ公同様、大臣としての肩書と爵位をセットで語った。

 全員が伯爵以上の爵位を持つ高位の貴族だった。

 長い名前に加えて肩書と爵位まで語られたので、チンタローはハインセッツ公以外の名前を覚えられなかった。


「あの……ネイピアさん。質問、いいですか?」


 閣僚の自己紹介が終わったところで、チンタローがネイピアに耳打ちした。


「何です?」

「オブザーバーって、何をすればいいんですか?」

「おとなしく座っていればいいんです。席はこちらへ。余計なことは言わないでくださいね」

「あ、はい……」


 チンタローたちは席に着くと、言われた通りおとなしく話を聞いた。

 まず、関係閣僚から国内の現状が語られた。

 魔龍のウンコによる国土の汚染は日を追って深刻さを増しており、せっかく整備の進んでいた下水道の処理能力を超え、河川や地下水にも汚染が及んでいた。

 国内最大の穀倉地帯に住み着いた魔龍はひたすら食っちゃ寝の生活を送っているらしく、人や家畜を襲ったという報告は届いていない。


 この災害による死者は出ていないというが、畑や倉庫を襲っては作物や食糧を食べ尽くし、ワイナリーやブルワリーを襲っては酒樽を空にするという魔龍の乱行らんぎょうは『暴飲暴食』がそのまま魔物になったようで恐ろしい。

 また、魔龍の姿が判然としないという事実もチンタローの恐怖を煽った。

 聞けば、現地へ調査に入れたのは災害の発生直後だけ。

 その後は汚染地域が瞬く間に拡大した為、望遠鏡で観測できる距離からも魔龍の姿を捉えることはできないという。


 被害の状況と生態がアナルニア王国公式の歴史書『アナルニア年代記』の記述と一致することから、出現した魔物は伝説の魔龍と断定されたが、アナルニア年代記にも魔龍の姿について詳細な記述はないらしく、『とにかく強く恐ろしい』という印象だけがチンタローの中で増幅していった。

 緊張の為か尿意も高まっていったがトイレに行ける雰囲気ではなかった為、チンタローは必死に肛門括約筋を締めて我慢した。


 やがて、各大臣による一通りの説明が終わったところでハインセッツ公が口を開いた。


「諸君。殿下の仰せられた通り、国民に一人の死者も出さぬことが第一である。皆には全力でウンコ魔龍討伐の支援にあたってもらいたい」

「はっ!」


 居並ぶ閣僚が示し合わせたかのように声を発した。

 ハインセッツ公は大きくうなずくと、インモーハミダスに目を向けた。


「ところで、インモーハミダス卿。クソシテネーレ軍の動きはどうか」

「現在のところ兵力の移動などは認められませんが、国境では引き続き警戒を厳にしております。万一、国境線を侵すようなことがあれば、直ちに撃退する準備が整っております」

「当然だ。国防省が中心となって推し進めた国土防衛計画、そして国境地帯の要塞化。少なからぬ予算が投じられているのだからな」

「はっ」


 インモーハミダスが頭を下げるのを見計らって、シリーゲムッシルが立ち上がった。


卒爾そつじながら申し上げます。以前から申し上げている通り、外務省としては不測の事態を防ぐ為にもクソシテネーレ共和国と交渉の機会を――」

「また、その話か。いい加減にしたまえ」


 ハインセッツ公が顔をしかめて一蹴した。


「しかし――」

「シリーゲムッシル卿、何度も言った通りだ。向こうが頭を下げてくるのが道理。こちらから交渉を持ちかけるということは、おそれ多くも国王陛下に」


 ハインセッツ公は言葉を区切り、シリーゲムッシルの目を見据えた。

 シリーゲムッシルはそれだけで怯んでしまった。


「これ以上は言わせるな。僭越せんえつな振る舞いは慎みたまえ」

「……申し訳ありません」


 シリーゲムッシルは、うつむいたまま席に着いた。


「万が一、クソシテネーレから先制攻撃を受けるようなことがあれば、アナルニアは大陸中の笑いものだ。先手を打って攻め込むことも選択肢に入れねばならん。ましてや、交渉など以ての外」

「お待ちください。それだけは……!」


 シリーゲムッシルが再び立ち上がり、身を乗り出した。


「シリーゲムッシル卿、落ち着かれよ。恩知らずのクソシタール人に譲歩して、何の利があるというのです?」

「左様。陛下のご慈悲を恩とも思わぬれ者共めが」

「シリーゲムッシル卿。畏れ多くも陛下が下賜された鉱山が、独立後どうなったかお忘れのようですな。クソシタール人に我らの常識は通用しませんぞ」


 居並ぶ閣僚が口々にシリーゲムッシルをたしなめたが、その態度と口調にはシリーゲムッシルと隣国への侮蔑が露骨に表れていた。

 チンタローは完全に蚊帳の外で議論を見ていたが、次第にシリーゲムッシルが気の毒に思えてきた。

 横目でインモーハミダスの様子を窺うと、インモーハミダスは目の前のやり取りを無言で見守っていた。


 この雰囲気ではトイレに行きたいなどと言い出せないので、インモーハミダスかハインセッツ公がこの場を収めてくれないものかと期待したが、二人にそうした様子はない。

 ふと、チンタローはハインセッツ公が、自身の後ろに立つネイピアを見ていることに気づいた。

 何か言いたいことでもあるのか。

 そう思ったが、ハインセッツ公が口を開く気配はない。


 ネイピアもまた、視線には気づいているはずなのに口を開こうとはしなかった。

 ただ、閣議室の壁に飾られたアナルニア王国全図を無言で見つめていた。

☆ 読者の皆様へ ☆


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


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侍従騎士ネイピアが仲間に加わり、これから何が起きるのか?


それでは、次回にご期待ください!

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