ねこ
その日は雨が降っていました。
塾が終わり帰路を急ぎます。
傘をさしながら水たまりを踏まないように、視線を下に向けて歩いていたときのことです。
「うわぁ……」
目の前に猫の死骸です。
その猫の頭部はぺちゃんこにつぶれていました。
「いやなもの見ちゃったなぁ」と、死骸を横目に家へと帰りました。
「ただいま」
「おかえり。夕飯の用意をしとくから、早く手を洗ってきなさい」
「はーい」
蛇口をひねり手を洗っていると、なんだか泥臭いにおいがします。そのにおいのせいで、先ほどの猫の死骸を思い出してしまいました。
石鹸のいい香りが歯が立たないほど、泥臭いにおいは強烈でした。
「もう寝るね」
「明日の準備、ちゃんとした?」
「してるよ」
「はいはい。おやすみ」
電気を消して布団に入りました。やっぱりなかなか寝つけません。どうも目をつぶるとあの猫の死骸が脳裏をよぎるのです。
どのくらい経ったでしょうか。
ニャァ――ッ!
家の外から猫の声がします。
眠気が吹き飛んでしまうほどの大きな鳴き声でした。
ウ――ッ……
ニャァ――ッ!
「もう何よ、こんな時間に……」
ベッドから起き上がると、カーテンを開けて、その声がする辺りを確認しました。
うっすらと夜の闇を照らす街灯だけで、特に変わった様子はありません。
「もう猫ちゃんも、どっかいっちゃったのかな」と、納得して再び布団の中へと潜り込みました。
うっつら、うっつらと眠たくなってきました。
そのときです。
ニャァ――ッ!
「ひッ!」
びっくりして目が覚めてしまいました。
ドクン、ドクンと、心臓の鼓動が速くなっています。
「おかしい……おかしい……」
その声は外からではなく、部屋の中から聞こえてきたのです。
おそるおそる電気をつけました。
パチン……
声の出どころを、部屋中くまなく捜しました。
しかし、結局突き止めることができず、腑に落ちませんでした。
「なんだったんだろう……」
掛け時計を見上げると、深夜2時を回っています。
このまま寝てもよかったのですが、一杯水を飲みたくなりました。
廊下の電気をつけて、階段を下りようとしたときです。
階段の下に何かがいます。
一階の廊下の電気は消えていたので、すぐには気がつきませんでしたが、目を凝らして見ると、それが何なのかわかりました。
あの猫です。
頭部はつぶれてしまっていて、新聞を両手でぐちゃぐちゃっとしたような感じです。
ごくりッと、唾をのみ込みました。
ニャァ――――――――ッ!
その猫は奇声を発すると、ぐちゃぐちゃになった頭部を左右に揺らしながら、タッタッタッと階段を駆け上がってきました。