仏料理人としてのスタートライン
退院してからの正宗は、より一層自分の体調管理を徹底するようになった。そして、家族ともしっかりコミュニケーションをとることで、精神のバランスをとり、父親としての役割も同時にとれる様になった。
そんな正宗の変化を真っ先に感じていたのが、美奈子であった。まだまだオーナーシェフとしては、見習いである。そんな夫を内助の功で支え続けていたのは、彼女であり、自分の仕事(育児に家事)を一心不乱にやった。
本当は、社会に出て貢献したいという気持ちもあったが、その欲求は黙殺した。何故ならば家を守る人がいなくなってしまうからである。
美奈子は、たまに遊びに来る若杉海曹長に愚痴を漏らした事もある。二人の関係は友人であり、正宗も公認の仲間である。美奈子の愚痴に付き合いながら、若杉海曹長も新しいうみゆきはこうでああで、という具合に新しい上司に対する不満を愚痴っていた。
皆、新しい環境の中で様々な葛藤を抱えながら何とかやり過ごしている。そんな状況だった。毎日目の前の事をやるので精一杯という具合で、とても未来の事を考える余裕はなかった。
それでも時は刻々と流れ進んでいく。4人の子供は日に日に大きくなる。レストランには、客が途切れる事はない。父親に似て良い味を出すね、と客から言われる事も多くなったが、それは本来の意味ではなく、父親にはまだ遠く及んでいないから励みなさい。という事だと大田村副支配人から言われた時は落ち込みそうになった。
海軍では、評判の良い調理人でも所詮それは、軍隊の飯、兵糧作りが上手いというだけの事である。レストランのシェフというのは、客に納得の行く、金を払う価値のある一品を提供するという事である。ミスは許されない。そういう意味では、体調を管理するという事は客に迷惑をかけない事でもある。
それを理解した正宗はようやくスタートラインにたった所と言える。ただ、海軍時代の経験が役に立っていない訳ではない。料理の基礎基本はしっかりしていたため、仏料理を受け入れる下地は出来ていた。
経験を積んで人は大きくなって行く。それは、オーナーシェフでも雑用でも変わらない。




