秘伝伝授
正宗と美奈子の二組の双子は、男の子が元治、女の子が海美、と名付けられた。どちらの子も、祖父の故元海の文字を使っている。
二男二女の系四人の子供の父となった正宗は忌引きからわずか一週間で公務に復帰する。ベビーシッターを雇い、昼間は公務に専念出来るようにした。
小さい子どもが四人もいると、想像以上にハードなものであった。夜眠りについたかと思えば、オムツやミルクの為に大声で泣き叫ぶので、退院していない美奈子の分も、正宗が見なくてはならなかった。
「じゃあお願いします。」
ベビーシッターに朝8:00に四人を預け自宅を出ると、正宗は横須賀基地に8:30に到着し、9:00の課業開始にはいつも余裕を持って着隊する。
「山島田3尉?お前育休2ヶ月取るんじゃなかったのか?」
「そのつもりだったんですけど、子供が増えたり、親父が死んだりして、働かない訳にはいかなくなったんですよ。」
「でも、まだ寺倉(美奈子)3曹は入院中なんだろ?子供の世話とか大丈夫なのか?」
「昼間はベビーシッターを雇っているので問題ないです。その代わり夜は地獄ですけどね。」
「一歳になる長男の雄大と長女の空雪は、行動範囲も広くなり、要注意です。次男の元治は食いしん坊で、ミルクが飲みたいと二時間おきに泣きます。次女の海美は、あんまり泣かない優等生です。」
「自衛官も家庭に戻ればパパ、ママか。」
家庭内が落ち着いた頃の事だった。正宗がいよいよ第2の人生に向けて行動を開始した。どんな仕事でもそうだが、いきなり辞めますと言って引き継ぎもなしに、さっさと辞めてしまうのは非常識である。その引き継ぎの手始めが、愛弟子の若杉仁1曹への教授であった。
「若杉1曹、ちょっと良いか?話があるんだ。」
「なんですか?この前の礼ならいいですよ。」
「まぁ、話を最後まで聞いてくれ。」
「何だか珍しいですね。」
「実は今年いっぱいで、自衛官を辞めようと思ってな。」
「大夫、急ですね。」
「そうでもねぇさ。回り道に20年かけるなんて、まともな人間のする事じゃねぇさ。」
「よく分かりませんけど。」
「まぁ、それは良いとして、引き継ぎをしなくちゃならんのだが、後釜は若杉1曹しかいないんだ。」
「マサさん、以外に人望無いからな。」
「何か聞こえたが、スルーしてやる。」
「で、引き継ぎって何やるんですか?」
「お前に伝えたい事は二つだけだ。トマトチキンカレーのレシピの伝授と日本海軍の給養員としての心構えだ。」
「それって、マサさんの全てじゃないですか?そんな大事な事を俺に伝授してくれるなんて光栄です。」
「俺が辞めてうみゆきの飯が不味くなったとは言われたくないからな。」
こうして、二人の伝達式ならぬ秘伝伝授が始まった。




