山島田元海ル・ジャポネ・フィアゼオーナーシェフ死す
確実に弱くなって行く元海の脈と呼吸は、素人目の正宗にも分かるものであった。死が目前に迫っている事は分かっていたが、それを受け入れる準備が出来ていなかった。そんな父に正宗は最期の言葉をかけた。
「早く死ねよ。バカ野郎。」
その言葉には親孝行出来なくてすまないという気持ちと、父への感謝の気持ちが裏にはあった。それは、正宗の不器用な愛情表現と捉えて問題ないだろう。
すると、医師がそこに表れ瞳孔のチェックなど、一通りの身体チェックを行った。医療ドラマでやる目にペンライトを使う"あれ"である。時計は深夜2:30であった。
「午前2:30御臨終です。」
それを聞いていたのは、正宗一人であった。別に父の人望が、無かった訳では決してない。皆ル・ジャポネ・フィアゼのスタッフや取引先で働く人など、数えたらきりがない。これは、元海の望みだった。
待合室で、肩を落とす正宗に一本のTELが入る。それは若杉1曹からのTELだった。「マサさん、嬉しいニュースですよ!ついに美奈子3曹が双子を出産されましたよ!」
「そうか、で、どこの病院だよ?」
「丸ノ内東記念病院ですよ!早く来て下さい。」
「何ぃ!?俺もそこにいる。親父がさっき死んだんだ。」
「そんな偶然あるんですね?じゃあ産婦人科の302号室で待ってますから。」
「おい、若杉1曹、双子が産まれたのは何時頃だったか覚えているか?」
「確か午前2:30頃だったはずです。」
「そうか。美奈子は無事か?」
「はい、メチャクチャ元気です。」
正宗は、父の死亡手続きを済ませると、悲しみに暮れる間もなく、歩いて5分もかからない産婦人科病棟に向かった。父元海の死亡時刻とわが子の出産時刻が同じとは、流石に寒気がしたが、正宗は悲しみから幸せに気持ちが上手く切り替わらないでいた。だから、美奈子に一声かける事もせず、わが子を抱く事もせず帰宅した。
「今日は色々あったな。任務よりもメンタルが余程疲れた。早く眠るか。」
一日で、人の生死を同時に体験するなどそうはない。正宗は悲しみの中で、父の通夜・告別式を喪主として、勤めあげた。滞りなくその大役を済ませ、父元海を荼毘に伏せた。
丸ノ内東記念病院の産婦人科に入院中の美奈子と双子の赤ん坊は、まだ入院していた。
自分の死後の間際のほんの一瞬ではあったが、父と子はようやく分かり合えた様に見えた。父に言われた言葉である、自分に嘘をつくのはやめろ!という言葉に正宗はある想いを胸に秘めていた。父から託された書状を握りしめて。




