遺言
「夢を奪われた自分に自衛隊の給養員という職場は最適なものであり、自分のやりたい事を表現出来る場所へと、変化して行った。俺は振り返ってみれば、自衛隊での経験があったからこそ、山島田正宗はここにいるわけで、嫁も子供も授かる事が出来たと思う。この前ル・ジャポネ・フィアゼで結婚披露宴をした時は、父さんと少し和解出来たのも束の間。もう死ぬなんて、勝手過ぎるよ。なぁ、死ぬ前に聞かせてくれよ!何で父さんは俺をル・ジャポネ・フィアゼで働かせてくれなかったんだ?」
長い語り口で伝わったか分からないが、元海は精一杯の力で答えた。
「自分と同じ様な苦労を味会わせたくなかったんだ。だが、今となっては後悔している。」
「そりゃあ、ご最もな答えだけどさ、納得出来ねぇよ、やっぱり。」
正宗は、父の言葉に大粒の涙を流した。父に分からぬように。声を押し殺して泣くのは大変だった。もう、この世に父が居られる時間はほとんどない。そう分かっていても、正宗は溢れる父への想いを抑える事が出来なかった。
「やっと、分かり合えると想った矢先に死んじまうなんて、神様も親父も都合が良すぎるんだよ!俺の夢は小さい頃から、親父の後を継いで、立派な料理人になることだったのに、自分が苦労をしたからって、勝手に息子の夢を奪うなよ。休みの日とかにTVで、親父やル・ジャポネ・フィアゼの事が出る度に、何とも言えない切ない気持ちになる俺の気持ちを考えてくれよ‼」
すると、突然それを聞いていた元海が死ぬ間際とは思えない力強い目力で、正宗を見つめ語りかけて来たのである。
「ル・ジャポネ・フィアゼに入りたいならこれを持っていけ。」
元海は白い封筒を正宗に渡した。そこには、正宗がル・ジャポネ・フィアゼのオーナーシェフとして腕をふるえるようサポートをして欲しいとスタッフに協力を要請する旨の内容が元海直筆で書かれていた。
「正宗、いいか。お前が私をどう思おうと構わない。だが、ル・ジャポネ・フィアゼを悪く言う事は許さん。そこには100人以上のスタッフが毎日汗を流している。それにル・ジャポネ・フィアゼは、俺の宝だ。遠回りだったかも知れないが、やりたい事がル・ジャポネ・フィアゼにあるなら、自分に嘘をつくのはもうやめろ。私の死後はもうやかましいジジイが居なくなって、お前の天下だな。さて、今日はもうしゃべりすぎたな。」
父元海は、死に際とは思えないような滑らかな会話をして、それが終わると、いよいよ意識が無くなって行った。山島田元海という西洋料理人の最期の時が近づこうとしていた。
その時を同じくして、この病院の産婦人科では、美奈子が若杉1曹に見守られながら、新たな二つの生命が誕生しようとしていた。




