父への臨終の言葉
父、危篤の知らせを受けた時、正宗は美奈子の事が心配になったが、それよりも優先順位をつけるならば、父の方であった。
美奈子も病院に行くと言い張ったが、何かあってはいけないと正宗は家に居るように指示した。そもそも、病院にいるはずの美奈子がなぜ家に居るのかを説明せねばなるまい。
簡単に説明すると、一時帰宅していた。担当の産婦人科医の見立てでは、まだ赤ん坊達は生まれてこないだろうというものであった。正宗も久しぶりに、戻ってきた腹のパンパンになった妻とゆっくり出来ると思っていたところでの、危篤連絡であった。
その正宗を見送った後、彼の不安は的中してしまう。何と、美奈子が5分としない内に産気付いてきてしてしまうのであった。やがて、陣痛が始まり、いよいよこれは不味いことになってきた。
彼女は混濁する意識の中で、救急車ではなく若杉仁一等海曹にあらかじめ連絡しておいた。若杉1曹は、横須賀基地から駆け付け、直ぐに救急車を手配した。二人の海上自衛官を乗せた救急車は受け入れ体制の整っている病院を探しとある病院に向かった。
それは何の悪戯か、正宗の父元海の入院していた病院だった。そんな事になっているとは露知らず正宗は、臨終の父と対面していた。主治医の口からは、最早やれる事はなく、本人も延命は望んでいない事を伝えられた。正宗以外に元海の死に立ち会う人間がいなかったのは、さびしい事であった。
「今更、父さんなんて呼ぶ気はないぜ。親父。親父の最期を見るために、ここにいるんだが、もう言えなくなる前に言っておくね。」
「俺は小さい頃からプロの西洋料理人である親父に憧れて誇りに思って来た。母さんが、早くに死んでからは、男手一つで俺を育て上げてくれた。本当にその事には頭が上がらない。そんな尊敬する父さんのように成りたくて、高卒後はル・ジャポネ・フィアゼで働けるとずっと思って来た。だが、そこから、俺と父さんのすれ違いは始まっていた。父さんは、俺を自分の店に入れる事を許してぐれなかった。ろくすっぽ何の勉強も就活もしていなかった為に、自分の未来像を奪われた俺にとって、最終的に辿り着いたのは、自衛隊であった。自衛隊に行く直前。俺は父さんの魂である、包丁とフライパンを二度と使えぬように破壊した。それを見た親父は、(金輪際お前なんかとは縁を切る。)と、絶縁宣言されてしまい、悪戯に時だけが、流れた。俺はやり場のない怒りを職務に励む事で転化して行った。」




